222話―過去への旅立ち
「対消滅……!?」
「そうだ。神も、人も、魔も。何者も逃れることの叶わぬ絶対の法よ。天上に住まう者らが定めた、何とも面倒な掟さ」
そう言うと、アーシアはやれやれとかぶりを振る。彼女自身、これまでに何度か対消滅を起こした者たちを見てきたのだろう。
態度こそ飄々としているが、絶対に過去へは行かないという強い意思がそこにあった。リリンとメレェーナを見ながら、話を続ける。
「この掟があるが故に、過去や未来へ渡ろうとする者はほとんどいない。特に、超長命な神どもや我ら闇の眷属は特にな」
「確かに……過去や未来の自分とうっかり出会って消滅してしまうなど、考えたくもありませんわね」
「ああ。我ら三人は皆、程度の差こそあれ強大な魔力の持ち主。過去に飛べば、確実に……その時代の余たちが異変を察知してやって来るだろう」
アーシアの言う通り、自分と全く同じ魔力の波長を持つ者が突然現れれば誰だって訝しむ。その結果、本人同士が出会い対消滅……などという事態は避けたい。
「じゃあ、アーシアさんたち以外のメンバーで行けば解決ですね!」
「ええ、そうなのですが一つ問題があります。過去へ渡るための装置は、今ここにある二つしかありません」
「え? そうなんですか?」
「ああ。一度に大量の人物を送ると、最悪過去との時空間の繋がりが絶たれてしまい、二度と帰還出来なくなる。安全性を考慮すると、二人が限界なのだ」
どうやら、どうあっても全員で過去へ向かうことは出来ないようだ。使命を果たしに過去へ行けるのは、たった二人だけ。
というより、アゼルが行くのは確定事項なため実質選べるのは一人しかいない。リリン、メレェーナ、アーシア以外の誰かだ。
「さて、どうするよアゼル。当然、お前が過去に行くんだろ? なら、もう一人は」
「あたしが行きます!」
カイルがアゼルに声をかけたその時。そのまでずっと黙っていたリジールが、力強く叫んだ。その言葉に、リリンたちは鋭い視線を向ける。
「ほー。アタシらを差し置いてお前が行くってか? どんな利点があんだ、え?」
「あ、あたしなら……魔物に変身してアゼルを助けられる。それに……まだ、償いも終わってないから……。アゼルのために、あたしも頑張りたい。もっと、もっと」
シャスティに問われ、リジールはそう言い返す。しばらく睨み合いが続いたあと、シャスティはふっと笑みを浮かべる。
「いいぜ、アタシは。おめーの能力はこれまでにも見てるからな。勝手がわかんねえ場所に行くんだ、あんたの方が役に立つだろ」
「……へ?」
意外にも、あっさりとリジールの同行を認めた。シャスティの言うように、過去のファルガシールは未知の世界。
おまけに、ズィヴノによって暗域との繋がりが生まれているとなれば適任となる人材は限られてくる。リジールが行くのが、一番安全性が高いのだ。
「まあ、わたくしとしてもシャスティ先輩とそう意見は変わりませんわ。魔神との修行で闇の瘴気に耐性を得たといっても、過信出来るだけものではありませんから」
「よく話は分からぬが、俺が行くべきではないことだけは分かった! 他に適任がいるのなら、その者に任せるだけのことだ、うん」
アンジェリカとソルディオも、シャスティの意見に同意する。何が起こるか分からないが故に、技能の引き出しが多いのに越したことはない。
一方、リリンとカイルは渋い顔を浮かべていた。リジールのかつての所業が、心に引っ掛かっているのだろう。
「……リジール。シャスティやカイルたちを差し置いて過去に行くと言うのならば、ここで誓え。お前の命を投げだそうとも、アゼルを常に助けると」
「ちょ、リリンお姉ちゃ」
「誓う……いや、誓います。あたしの命が燃え尽きたとしても、必ずアゼルだけは帰還させてみせると」
「リジールさんまで……」
アゼルの意思とは関係なく、リリンとリジールの間でそんなやり取りが行われる。リリンからすれば、アゼルの安全が第一。
酷な言い方だが、アゼルさえ無事に帰ってきてくれればそれでいいのだ。相手がリジールならば、なおのこと。
「ま、オレもとやかく言える立場じゃあねえしな……。アゼルを無事帰してくれりゃあ、文句はねえ」
「もう、兄さんまで……。安心してください。ぼくとリジールさんの二人で、ちゃんと帰ってきますから」
自分の身を案じてくれるのは嬉しいが、だからといってリジールをないがしろにするのはよくないとアゼルはため息をつく。
何はともあれ、過去へ行くメンツは決まった。後はもう、三百八十年前のファルガシール公国へと赴き歴史を変えるだけだ。
「決まったようだな。アゼルよ、これを」
「これは……薬?」
「この三百数十年、開発を進めた万能の霊薬だ。レミーたちがどんな理由で死んだのか、我々には分からない。もしかすれば、現地で病に侵されたのやもしれぬ」
アゼルに小さな茶色のビンと三通の封筒を手渡し、ジークベルトはそう口にする。かつて救えなかった仲間への、強い情熱が宿った瞳を輝かせながら。
「だとすれば、その霊薬が役に立つはず。その手紙には、レミーたちへのワシからの伝言が記されている。それを読んでもらえば、君たちを信用してくれるはずだ」
「そうだねー、いきなり『君たちを救いに未来から来たんだよ!』なんて言っても信じてもらえないだろうしねー」
封筒を見ながら、メレェーナはそう呟く。エイルリークはアゼルたちに時空間移動装置を手渡し、使い方を説明する。
「蓋を開くと、二つのボタンがあります。青いボタンが、過去……三百八十年前の王国と公国の国境へ飛ぶためのものです。赤いボタンは、現在へ帰還するためのものとなります」
「ふむふむ、なるほど」
「そちらのメーターは、過去に滞在出来る残り時間を現しています。不測の事態に陥った時に備え、一年分の猶予を持たせてあります」
「……だいぶ長居出来ますね。まあ、それくらいはあった方が安心ですが」
ショルダーバッグ型の装置の蓋を開けると、エイルリークの説明通りの仕掛けが施されていた。確認を終えたアゼルは、蓋を閉める。
「お気をつけください。装置は水の中でも作動するよう頑丈に作っていますが、壊れてしまえば二度とここには帰ってくることが出来ませんから」
「き、気を付けます……。では、ぼくたちはもう行きます。必ず、歴史を変えてくるので……待っていてくださいね! 行きますよ、リジールさん」
「うん! 任せてアゼル、あたしが必ず君を守るからね」
そう言葉を交わした後、二人は時空間移動装置を作動させ……時を越えた、遥かなる旅へ出た。目指すは、三百八十年前のファルガシール公国。
暗滅の騎士たちを助け出し、愛獄の竜ズィヴノを滅ぼし歴史を変える。途方もない目的を胸に、二人は光に包まれ消えた。
「……行ったようだな。これでもう、私たちに出来るのはアゼルたちの帰りを待つこ」
「ハアッ、ハアッ、ハアッ! 女王陛下、緊急事態です! 上空に次元の裂け目が出現し、ラ・グーの一味と思われる軍団が現れました!」
「……どうやら、私たちにも仕事が出来たようだな」
「ああ。奴め、自分の障害を一気に排除する機会を狙っていたようだ。まあ、都合がいい。返り討ちにしてやるとするか」
謁見の間に飛び込んできた騎士により、危機が知らされる。リリンとアーシアは、不敵な笑みを浮かべ歩き出す。
自分たちのなすべき務めを果たすために。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……着きましたね、リジールさん。ここが……三百八十年前のギール=セレンドラク……」
「嫌な魔力が漂ってきてる……気を付けて進もう、アゼル」
「ええ。いつどこで敵襲があるか分かりませんから。慎重に進みましょう」
時を越えたアゼルたちは、打ち捨てられた古い関所の中にいた。南側の出入り口から外に出ると、禍々しい魔力が満ち満ちていた。
どうやら、すでにズィヴノによる侵略が始まった後の時間軸に送られたようだ。襲撃を警戒しつつ、二人は真っ直ぐ南下し森の中に入る。
「うう……凄く気味の悪い植物がいっぱい……。夢に出てきそうです」
「たぶんこれも、暗域と繋がったのが原因だとおも……アゼル、下がって!」
森の中を進んでいた二人の元に、巨大な狼が現れた。唸り声をあげながら、侵入者たるアゼルたちを睨み付ける。
『貴様ら、何者だ? まだまともなようだが、何用でこの森に……ん? んんん?』
「わ! な、何ですか? そんなに匂いを嗅いで」
『奇妙な。お前からわらわの一族の匂いがする。これは一体どういうことだ?』
「一族の匂い? もしかして、あなたは……鎮守の、獣?」
巨大な狼、そして一族の匂いというフレーズ。二つがアゼルの中で結び付き、一つの憶測が生まれる。
『ほう、ヒューム族がわらわたちを知っておるとは。如何にもそうだ。わらわの名はルスタファ。この霊樹の森を守る鎮守の獣なり』
過去へ渡ったアゼルたちが最初に出会ったのは、霊獣ムルのご先祖様だった。




