212話―南への招待状
導きのベルを鳴らしてから数日後、アゼルたちは里を離れ帝都へ帰還することにした。エルダたちは里に残り、魔導都市再興の準備をするという。
リリンは自分も残るべきかと悩んでいたが、封印の巫女の代表としてアゼルの側にいてあげてほしいとエルダに言われ、共に帝都へ帰ることになった。
「メリムルさん、お世話になりました。またいつか、里に遊びに来ますね」
「うむ。いつでも来るがいい。ワシらは皆、お主たちを歓迎するでな」
トーナメントの優勝賞品である、大きなドクロのカップを抱えたアゼルは別れの言葉を述べる。見送りには、メリムルとエルダ、ポルベレフが来ていた。
「アゼルくん。リリンのこと、よろしくお願いね。この娘、しっかりしているようで抜けてるところがあるから」
「ちょ、エルダ様! あまりアゼルに変なことを吹き込まないでください!」
「あらあら、すっかりお姉さん風を吹かせちゃって。ふふ、可愛いわ」
「全くもう……」
師匠にからかわれ、リリンはタジタジだ。そんな二人を見て微笑んでいるアゼルの頭上に、鮮やかな虹がかかる。
彼らの門出に幸あれと、ポルベレフがちょっとした演出をしたようだ。
「ボーイ、ワタシの力が必要になったらいつでも呼んでくれたま~えよ。このポルベレフ、いつでもどこでも駆けつけマッスル!」
「ありがとう、ポルベレフ。音の出る生ゴミからはもう卒業ですね。里の皆と、仲良く過ごしてください。それじゃ、さようなら」
別れの挨拶を済ませ、アゼルたちはフリグラの谷を去る。数日かけて、一行はアークティカ帝国の首都、リクトセイルに戻ってきた。
相変わらず活気に満ちた街並みを見て、アゼルは何だか嬉しい気持ちになる。廃墟と化したメリトヘリヴンを見てきたからであろうか。
「あー、ひっさびさに帰ってきたなー。なんだか、数年くらい離れてたような気分だぜ」
「そうですわね、シャスティ先輩。お父様たち、元気にしているでしょうか」
「一度、顔を見せに行くのもいいかもしれませんね。とりあえず、まずはギルドに行きましょう」
懐かしさに浸りつつ、一行は冒険者ギルド本部へ足を運ぶ。中に入ると、大勢の冒険者でごった返していた。
本部故に普段から賑わっているのはいつものことだが、今日はやや異質な熱気に包まれている。よく見ると、他国のギルドの関係者も来ているようだ。
「ほう、これはこれは。ずいぶんと賑わっているな。余が初めて来た時より、人が多いように見える」
「そうですね……何かあったんでしょうか? 向こうにいる人たち、服装からしてこの国の人じゃなさそうですし」
アーシアの呟きを聞いたアゼルは、キョロキョロ周囲を見渡す。ゆったりした白いローブとターバンを身に付けた男たちに気付き、首を傾げる。
以前、創命教会の一件でエルプトラ首長国へ行った時に同じような服を着た人たちを大勢見ていた。何故アークティカに、と疑問に思っていると……。
「あ、アゼルさん! 戻っていらしたのですね。ちょうどよかった」
「こんにちは、お姉さん。ちょうどよかったとは、どういうことです?」
「実はですね、アゼルさんが戻ってきたら伝えたいことがあるとグランドマスターがおっしゃっておりまして。さ、こちらへどうぞ」
アゼルを見つけた受付嬢がやって来て、そんなことを口にする。伝えたいこととは何だろう、と考えつつアゼルは仲間を連れ上の階へ案内される。
「失礼します、グランドマスター。アゼルさんがお帰りになられたので、お連れしました」
「おお、そうかそうか。ご苦労だったね」
「こんにちは、メルシルさん。お久しぶりです」
グランドマスターの執務室に通され、アゼルはメルシルに挨拶をする。一行を快く出迎え、メルシルは楽しそうに笑う。
「お帰り、アゼルくん。フリグラの里でのこと、妹から聞いたよ。いろいろ大変だったみたいだね」
「妹? なんだ、おっさん妹がいたのか。ってか、誰のことだ?」
「ああ、メリムルさ。あれは私の妹なんだよ。驚いたかい?」
シャスティが首を傾げると、とんでもない答えが返ってきた。まさか二人が兄妹だったなどとは思いもよらず、アゼルたちは仰天する。
「えええ!? 確かに、なんとなく名前が似てるなぁとは思いましたけど……」
「これは驚きですわね。まさか、お二人が兄妹……にしては、歳が離れているような」
「まあ、両親が歳をとってから生まれた娘だからね。……っと、そんなことは置いといて、だ。アゼルくん。実は君に指名依頼が来ているんだよ。それも、他国からね」
「他国から、ですか?」
「ああ。立ち話もなんだ、座っておくれ」
メルシルに勧められ、アゼルたちはソファに腰かける。席が足りなかったため、リジールは遠慮して後ろの方に移動する。
先ほど見かけたエルプトラからの一団と思わしき者たちと関係があるのだろうか、とぼんやり考えていると、詳細な話が始まった。
「実はだね。数日前にエルプトラ首長国の南の端にある山、ゾビア大山脈で新しいダンジョンが見つかったんだ」
「新しいダンジョン、ですか? それは凄いですね」
「ああ。で、最初に発見したのはとある冒険者のパーティーで、報告をした後すぐに調査員を連れて初期探索に出たんだが……」
そこまで聞いたところで、アゼルは嫌な予感を覚える。案の定、メルシルの口からアゼルが予想した通りの言葉が出てきた。
「……全滅したんだよ。その後、エルプトラの冒険者ギルドで精鋭を集めて再度調査をしたんだが、そっちもダメでね。他の国からも精鋭を呼ぼう、ということになったんだ」
「で、アークティカ代表としてアゼルを派遣しよう、ということなのだな?」
「流石はリリンくん。よく分かっている」
どうやら、再び砂漠の国へ赴くことになるようだ。やれやれとかぶりを振りつつも、未知のダンジョンを探索したいという欲求がアゼルの中で鎌首をもたげる。
なんだかんだ言って、アゼルは冒険をするのが大好きなのだ。頼もしい仲間たちもいれば、さらにいい。
「分かりました、そういうことならぼくたちに任せてください! それで、いつ出立すれば?」
「話が早くて助かるよ。実はもう、エルプトラからの使節団が来ていてね。彼らに話を通せば、明日にでも出発出来るよ」
「分かりました。じゃあ、今日一日で支度をしておきますね」
話が纏まり、アゼルたちはグランドマスターの執務室を後にする。その後、一旦それぞれ家族や知り合いの元に顔を出しておこうという話になった。
エルプトラに行くだけでも時間がかかり、そこから未知のダンジョンを探索する……となると、どれだけの期間滞在することになるか分からない。
なので、今のうちに元気な姿を見せて安心してもらおう、ということになったのだ。……とは言え、その必要があるのはシャスティとアンジェリカだけだが。
「んじゃ、明日ギルドの前で集合っつーことで。教会の奴ら、元気にしてっといいけどな」
「わたくしも一度、家に戻りますわ。お父様とお母様に、これまでの武勇伝を聞かせてきます」
「ああ、ゆっくりしてこい。必要な買い出しやら何やらは、こっちでやっとくから」
「わりいなリリン。んじゃよろしく」
シャスティたちと別れた後、アゼルたちは長旅に必要な物資を買いに街へ繰り出す。途中、広場に立ち寄ると掲示板に新聞が貼られていた。
「あ、見て見てアゼルくん。何か書いてあるよ?」
「ホントですね。えーとなになに、『元冒険者ギルド幹部、ラズモンド処刑される』……えっ、処刑されちゃったんですかあの人!?」
記事を読んだアゼルは、びっくり仰天してしまう。以前、凍骨の炎片を巡る旅を妨害しようとしてきたギルドの幹部がいた。
どうやら、闇霊と繋がっていたことを暴かれ、裁判の結果縛り首になったようだ。せいぜい牢屋に一生繋がれるくらいだろうと思っていたアゼルは、目を丸くする。
「ほう、あの腐れ豚は死んだのか。フン、いい気味だな。背信行為をするからこんな末路を迎えるんだ」
「……そう、ですね。グリニオも、一人残されて……ちょっとだけ、可哀想かも」
リリンの言葉に、リジールはうつむく。ラズモンドは、かつて自分やアゼルの仲間だった冒険者、グリニオの親でもある。
僅かではあるが、憐れみの感情を抱いたのだろう。本当に、僅かではあるが。
「ま、己の所属する組織に砂をかける者は大抵こういう最期を遂げるものだ。大地の民も、闇の眷属も変わりはない」
「ねーねー、もういこーよ。また楽しい旅が始まるんだし、おやついっぱい買わなきゃ!」
「いや、遠足じゃないんですから……」
わいわい騒ぎながら、アゼルたちは広場を後にして商店街へ向かう。――この時、彼らはまだ知らなかった。
暗域にて、ラ・グーの新たな陰謀が始まっていることを。その企ての中心に、グリニオがいることを。




