211話―開かれた道
祭が終わってから数日後。フリグラの里に、いつもの日常が帰ってくる。アゼルたちは、今後どう行動するのかを決めるためまだ里に滞在していた。
ジェリドとエルダ、二人の王からそれぞれの炎片を受け継いだ。王たちのリーダー、ギャリオンが待つ地へ至るためには残り三つの炎片を集めねばならない。
「失礼します、エルダさん」
「よく来てくれました、アゼルくん。さ、そこにかけてくださいね」
「はい、よいしょっと」
ある日、里長の屋敷を間借りしているエルダに呼ばれアゼルは彼女の部屋を訪れる。どうやら、炎片を継ぐ旅の助けとなる話があるようだ。
「さて、こうしてあなたを呼んだのは他でもありません。次の炎片へ至るために、次は私が道を示しましょう。さあ、これを」
「それは……導きのベル、ですね?」
「ええ。このベルを鳴らせば、あなたが進むべき新たな道が開けるはず。さあ、景気よくやっちゃってください」
エルダは懐から小さなハンドベルを取り出し、アゼルに手渡す。居ずまいを直し、アゼルはスナップを効かせてベルを鳴らした。
どこか郷愁の念を呼び覚まされる雅な音色が鳴り響き、部屋の中にこだまする。その時、アゼルの左腕が炎に包まれた。
アゼルが驚いていると、炎が手のひらに集束しハンドベルへ変化する。かつて、ジェリドから譲り受けた導きのベルであろう。
「びっくりした……いきなり炎が出るとは思いませんでした。それにしても……なんでもう一つベルが?」
「恐らく、二つのベルを共に鳴らさなければならないのでしょう。このベルについては、ギャリオンから詳細な話を聞かされませんでしたから」
「なるほど……確かに、何か起こったような感じもありませんでしたし。改めて、二つ鳴らしてみますね」
両手にベルを持ち、アゼルは改めて導きの調べを奏でる。二つのベルの音が共鳴するのと同時に、遥か南の方から強大な魔力の波動が放たれた。
驚いたアゼルたちは屋敷の外に出るが、少なくとも里には何の変化もない。どうやら、かなり離れた場所で何かが起きたようだ。
「エルダさん、今のは……」
「次の炎片への道が開かれたようですね。南……となると、次は……」
ぶつぶつと意味深な呟きを漏らしつつ、エルダは考え込んでしまう。こうなっては、しばらく何も聞けないことをアゼルはこの数日で学んでいた。
仕方ないので、ひとまずアゼルは宿へ帰ることにした。ひとまずリリンたちへ報告してから、改めて今後の計画を練ろう……と考えながら。
◇―――――――――――――――――――――◇
「おっ、オアシス発見! なあなあ、ちょっと休んでいこうぜ」
「そうね、水の補給や沐浴もしたいし。少し寄っていきましょ」
その頃、遥か南にある砂漠の国、エルプトラ首長国……の、南の果て。大陸を横断する大山脈のふもとにあるオアシスで、冒険者パーティーが休んでいた。
ギルドで請け負った依頼を終え、上々の戦果を得てゴキゲンな彼らは、冷たい水で火照った身体を癒している。
「ふー、やっぱり働いたあとの冷たい水は最高だな! これがエールやワインだったら、もっと良かったんだが」
「街に帰って報告済ませたら、パーッと派手にやり……ん? リーダー、ゾビア山脈の方が騒がしいっすね」
「本当だな。あんなヘンピなとこに入る物好きがいるの……んん!? ありゃワイバーンか? ゾビア山脈には生息してねえはずなのにおかしいな」
水を飲んで談笑していた冒険者たちは、山脈の異変に気が付き声をあげる。けたたましい鳴き声と共に、本当ならば存在しないはずの翼竜の群れが現れたのだ。
「全員集合! 気を付けろ、あのワイバーンどもがこっちに来るかもしれねえぞ」
「いや、その心配はなさそうっすよリーダー。あのワイバーンたち、山肌にブレスを……!? な、なんだぁぁ!? 山肌が崩れて……」
「ありゃ……城門、なのか? ゾビア山脈に城があるなんて、そんな話聞いたことねえぞ」
パーティーリーダーは襲撃に備え、仲間を呼び寄せるもワイバーンたちは予想外の行動に出た。ワイバーンの群れは、山肌の一角に執拗に攻撃を加える。
黄金色に輝く電撃のブレスを浴び、山肌が崩れ落ちると……なんと、古びた石造りの城門が姿を現したのだ。冒険者たちは驚き、固まってしまう。
そんな彼らには一瞥もせず、用は済んだとばかりにワイバーンたちはどこかへ飛びさっていった。しばらくして、冒険者たちは我に返る。
「……ハッ! リーダー、これは凄い大発見っすよ! 新しいダンジョンを見つけた、ってギルドに報告すれば……」
「ああ、俺たちに探索一番乗りの権利が回ってくる。そこで手柄を立てりゃ、報酬ガッポガッポだ。よし、急いで街に帰って報告だ! お前ら行くぞぉ!」
「おおーー!!」
冒険者ギルドの規定では、それまで存在を知られていなかった未知のダンジョンが発見された場合、誰が発見したかによって対応が変わるのだ。
一般人やギルドの調査員だった場合は、上層部が選定した実力者にダンジョンの調査が依頼されることになる。が、冒険者が発見した場合は事情が変わる。
最初にダンジョンを発見した冒険者たちが、初期探索を行う権利を得られる。しかも、その探索で手に入った財宝は、丸々自分たちの物に出来るのだ。
「ひゃっほー! 急げ急げ、他の奴らに見つけられちまう前になー!」
「ちょっとー、今から水浴びしようと思ってたのに! もう全部脱いじゃったわよ、もう!」
一攫千金を夢見て、冒険者たちは街へ帰還する。だが、彼らは知らなかった。城門の向こう側に存在するものが何なのかを。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……ジークベルト。聞こえましたね? 導きのベルの調べが」
「はい、しかと。どうやら、ジェリド様とエルダ様から炎片を託された者が現れたようですね」
ゾビア山脈の反対側に、大きな都があった。都の中央にそびえる城の玉座の間に、二人の人物がいる。
「かつて我が主君、ギャリオン王がおっしゃられていた言葉は本当でしたね、女王陛下。我々の意思を継ぐ者が、ついに現れた……」
一人は、色褪せた青い鎧を着ている年老いた竜人の騎士。左腕は根元から存在せず、大きな肩当てが鎧に取り付けられている。
「ええ。本当に、喜ばしいものね。この時が来るのをどれだけ待ちわびていたか……」
もう一人は、満月を思わせる金色のドレスに身を包んだ女性だ。頭に戴くティアラには、『太陽王』ギャリオンの子孫の証たる陽光の紋章が刻まれている。
「山脈の反対側に、ワイバーンを放ちました。試練の城の封印を解き、継承者をこの地へと誘う。それが、我らの役目」
「そうね、ジークベルト。でも、炎を継ぐ者は試練を突破出来るのかしら」
「出来るでしょうとも。そうでなければ、二人の王が未来を託すはずもありますまい」
ひとしきり話をした後、女性は話題を変える。彼女たちからすると、こちらの話が本題のようだ。
「そう言えば、例の装置の具合はどうかしら?」
「ハッ、今のところ良好な状態を維持している、とのことです。定期的に行っている、今と過去を行き来する実験も順調だと報告を受けています」
「なら良かった。私たちには、神が定めた法を曲げてでも成し遂げねばならない悲願があるもの、ね」
ジークベルトの言葉を聞いた女王は、玉座から立ち上がり窓の方へ歩いていく。城の中庭を見下ろすと、三つの墓があるのが見えた。
「三百年前に命を散らした、暗滅の四騎士に属する三人……彼らの運命を、私たちが変える。そして……」
視線を下から上に向け、女王は呟く。
「失われてしまった暗滅の炎片を、取り戻すの」
現在と過去を舞台に、アゼルたちの新たなる冒険が始まろうとしていた。




