209話―ただいまとおかえりと
来た時と同じ時間をかけて、アゼルたちはフリグラの谷にあるネクロマンサーの里へ帰還を果たした。長い冒険が終わり、仲間たちが出迎える。
カイルにシャスティ、アンジェリカ。そして里長メリムルとジェリドの五人がやって来た。他の者は、里の復興作業をしているようだ。
「帰ってきたか、アゼル! 無事……いや、ちょっと無事じゃなさそうだけど……帰ってきてくれてよかった」
「ただいま、兄さん。いろいろありましたけど、全部終わりました」
片足を失ったアゼルを見て、カイルは一瞬悔しそうに顔を歪める。だが、今さらだとすぐにいつもの笑顔になった。
エルダはボーンバードから降り、里を見渡す。千年ぶりに見た外界の景色を楽しんでいると、懐かしい声が聞こえてくる。
「久しいな、エルダ。そちらは相も変わらず美しいままだな。羨ましく思うぞ」
「あら、ジェリド。あなたもここにいたのね。千年経って、貫禄が出てきたんじゃないかしら?」
「だといいのだがね。お前の弟子から事情は聞いている。……大変だったな、この千年」
「……ええ、本当に。でも、もう大丈夫。あなたから炎の欠片を継いだ、勇気ある少年のおかげで全部……きゃっ!?」
二人がしんみり話をしていると、空気を読まない男が突っ込んできた。エルダを押し退け、ポルベレフが歓喜の声をあげる。
「おおおおお!! なんと素晴らしい景色! 雄大な自然、清らかな空気! これは是非とも絵画に……おうふっ!」
「空気を読め、この大たわけ! せっかくの雰囲気を台無しにしおって!」
アーシアの飛び蹴りを食らい、ポルベレフは崖の下に落っこちていった。突然のことに、シャスティたちは唖然としてしまう。
「……アゼルよ。今の男はなんじゃ?」
「えーっと、どこから話したらいいのやら……実はですね……」
「あーよいよい。長くなりそうなんじゃろ? なら、一度場所を変えようぞ。ワシの屋敷で、ゆっくり休みながら話しておくれ」
里の入り口で突っ立ったまま、というのもよろしくないためアゼルたちはメリムルの屋敷へ移動した。腰を落ち着けて、アゼルたちは一休みする。
里長の部屋にはアゼルとリリンを除いたいつもの仲間たち、そしてメリムルが集まる。メリトヘリヴンでの一部始終を、黙って聞いていた。
「なるほどのう、かようなことが……。では、もう二度と鎖のケモノが現れることはないのじゃな?」
「はい。苗床が滅びた以上、もう安心です。……ところでメリムルさん、さっきの話なんですが……」
「あのポルベレフとかいう闇の眷属じゃろ? 世話をしてほしいと言われてものう、そう簡単に首を縦には振れ……」
話題は変わり、ポルベレフについて意見を交わすことになった。流石のメリムルも、そうそう闇の眷属を受け入れることは出来ないようだ。
が、その時メリムルの側近が慌てて部屋に飛び込んできた。それも、かなり焦った様子で。
「里長、里長! 大変です、大変なことが起きたんです!」
「なんじゃ、騒々しい。ワシらは今だいーじな話をしとる最中なんじゃ、あまり騒ぎ」
「里の復興が、一瞬で終わっちゃいました!」
「……はあ?」
側近の言葉に、メリムルだけでなくアゼルたちも思わずそう口にしてしまう。メリトヘリヴンへ旅立つ前にアゼルが聞いた話では、復興には一ヶ月ほどかかるという目算がされていたのだ。
「いやいや、んなわけねえだろ。今だって、まだ半分も終わってなかったじゃねえか」
「それがですね、やたらテンションの高い男が絵を描き始めたら……なんと実体化して里を元に戻しちゃったんです! とにかく、一緒に来てください!」
どうやら、側近の話を聞くにポルベレフが何かをしたようだ。にわかには信じがたい話に、アゼルたちは自分の目で確かめることを決める。
側近に連れられて屋敷を出たアゼルたち。すると、彼らの目に驚きの光景が飛び込んできた。
「おーいおっさん、次は何を出すんだ?」
「ん~ふっふ、焦りなさるなセニョール。次は……崖を繋ぐ橋を描いてみせましょう! それでは皆さん、手拍子どうぞ! ハイ、ハイ、ハイハイハイ!」
「イエーイ!」
屋敷から少し下の方にある崖の上で、十人ちょっとのネクロマンサーたちがポルベレフを囲んでいる。手拍子をバックに、ポルベレフはキャンバスを向く。
「んんん~……そいそいそいそい、そぉい!」
「わ、はええな。こっからでもよく見えるぞ」
「あんな速さでちゃんと絵を描けているんですの? ……それにしても、みんなノリノリですわね」
「いいなー、あたしも混ざり……あ、見てアゼルくん、あれ!」
シャスティたちが三者三様の意見を呟いていると、ポルベレフの動きに変化が現れた。キャンバスから紙を剥がし、崖の方へ投げたのだ。
「さ~あ、ご覧あれ! 暗域一の芸術家、ポルベレフの妙技! ピクチャー・オン・ワールド!」
「なんと……橋が実体化しおったわ! なるほど、ああやって壊された建造物を戻したわけじゃな?」
ヒラヒラと飛んでいった紙に込められたポルベレフの魔力が弾け、ただの絵でしかなかった橋を実体化させる。
無数のスケルトンが組体操のように絡み合っているという、ネクロマンサーの里にピッタリなデザインをしていた。
「はえー……凄い。ただの音が出る生ゴミじゃなかったんですね……」
「ぷふっ! やめろよアゼル、そのワード聞くと笑っちまうだろ!」
シャスティにおんぶされたアゼルは、思わずそう口にする。近くにいたカイルが思わず吹き出し、それにつられて皆が笑う。
その時、アゼルたちの気配に感づいたポルベレフが跳躍し目の前に跳んでくる。メリムルの方を向き、丁寧にお辞儀をした。
「こほん。セニョリータ、自己紹介がまだでした。ワタシは」
「よいよい。アゼルから聞いておるわ。ポルベレフといったのう、感謝するぞ。ぬしのおかげで、あっという間に里が元通り……いや、それ以上に賑やかになったわ」
ポルベレフの言葉を遮り、メリムルはお礼の言葉を述べる。里を見渡すと、ケモノに壊された家屋だけでなく、残っていた建物も新しく生まれ変わっていた。
里に住むネクロマンサーたちの意見を聞き、ポルベレフが新しく実体化させたのだ。
「ここは人里離れた僻地じゃから、老朽化した家屋を立て替えようにもそうそう出来ん。復興も無事済んだわい。ありがとうのう」
「ん~ふふ、礼には及びませんぞセニョリータ。ワタシはこの里が気に入ったので~す! だからおねが~い! 何でもするからここにいさせてちょうだ~い!!」
誇らしげに胸を張った後、ポルベレフは深々と土下座する。どうやら、本心からフリグラの里を気に入ったようだ。
その様子を見たアゼルは、改めてメリムルに提案する。ポルベレフを、里の一員に加えてやってはくれないか、と。
「メリムルさん、どうでしょう。ここまでしてもらったわけですし、永住とはいかなくてもしばらく彼を住まわせてあげては?」
「ふむ。ま、これだけやってもらって追い出すというのは礼儀に反するのう。それに……里の者たちとも打ち解けておるようじゃしの」
少し考え込んだ後、メリムルはふむと頷く。彼女の中で、結論が出たらしい。
「ポルベレフ。復興をしてくれた礼じゃ。お主をこの里の一員として迎え入れてやろう。ただし! ぬしの素性が素性じゃから、この里より出ることは出来ぬ。それでもよいか?」
「おぅイエス、イエース! ノープロブレム! ありがとうセニョリータ!」
永住が認められたポルベレフは、喜びのあまり小躍りする。これにて、本当の意味で全ての問題が解決した。
「今日はめでたき日じゃ。よし、決めたぞ」
「何を決めたんですか? メリムルさん」
「ふふふ、それはもちろん……祭の再開じゃよ」
アゼルに問われたメリムルは、ニヤリと笑った後顔の前に小さな魔法陣を作り出す。大きく息を吸い込んだ後、大声を出した。
「聞けぃ、里の衆! 鎖のケモノの襲来で中断した豊骨祭を、明日再開する! 各々、準備をせい!」
メリムルが作り出した魔法陣には声を遠くまで響かせる効果があるようで、里のあちこちで歓声があがった。勿論、アゼルたちも大喜びする。
「お、やったなアゼル! 確か、トーナメントも途中だったよな。この際、優勝をかっさらっちまえよ!」
「ふふ、そうですね。明日になれば、魔神の血の力で足も治るでしょうし……大暴れしちゃいますよ!」
シャスティにそう言われ、アゼルは頷く。フリグラの里に、ようやく……本当の平和が戻ってきたのだ。




