207話―呪縛の終焉
渾身の力を込めた一撃により両断された縛姫の炎片から、こびりついていた聖油が剥がれ落ちていく。それと同時に、苗床を構成する鎖が塵へ変わる。
『ぐ……あああ……嫌だ、我は……我は、まだ死にたくない……滅びたくない……! こんな、ところで……』
「もう終わりです、鎖の苗床。お前はここで滅びるのです。それが運命なのだから」
両の手を失った苗床は、虚しく腕を天に伸ばし慟哭する。だが、崩壊は止まらない。両手首のコアが弾け、ニアとエルダが解放される。
「あひゃっ! いてて、お尻ぶつけちゃった……」
「ニア、アゼルくん、そこは危険です! 早く避難を!」
「ひゃー、ぶらぶらー!」
「わっ!」
エルダは魔法の鞭を二つ作り出し、片方を伸ばしてニアとアゼルを巻き取り、もう片方を壁に突き刺して素早く移動する。
無事リリンたちとの合流を果たしている間に、苗床の腕が根元から千切れ落下した。エルダたちに続いて、ジェルマとシーラも解放される。
「よっと! シーラ、ここにいると巻き込まれる。走れるか?」
「バカにしないでくれる? 千年くらい閉じ込められてたくらいで走れなくなるわけ……あるかも」
「仕方ない奴だ。ほら、おぶってやる。行くぞ」
「……うん。べ、別に嬉しくなんてないんだからね! ジェルマ姐さんにおんぶしてもらったって……」
ツンデレな態度を見せるシーラをおぶり、ジェルマはリリンたちの元へ走っていく。千年間コアに閉じ込められていたとは思えないほど、軽快に。
『ぬうう……逃がすものか! せめて、残る二人は道連れにしてくれるわ!』
「あら、大変よオルキス。私たち、道連れにされるんだって」
「滑稽ね、エスリー。私たちは転移の魔法が使えるんだもの、ほら。逃げればいいんだわ」
『待て、貴様らぁぁぁぁぁ!!』
最後に残った双子の巫女を道連れにしようと目論む苗床だったが、あっさりと失敗してしまう。エルダは魔法陣を展開し、大規模な転移魔法を発動する。
「ここはじき崩れ、苗床と共に消滅するでしょう。巫女たちよ、復活したてでしんどいと思いますがここが正念場です! 脱出しますよ! さあ、魔力を!」
「はい!」
姫の言葉に合わせ、七人の巫女たちは魔力を放出しエルダをサポートする。すでに身体のほとんどが崩れた苗床は、まだ諦めていない。
天を仰ぎ、大きく息を吸い込んで叫び声をあげる。
『全ての我が子たちよ、揺りかごへ来るのだ! この者らを押し潰してしまえ!』
「あわわわ、まずいよアゼルくん! ケモノたちが来たらまたピンチだよ!」
「その心配はねぇよ、オレが全部仕留めといてやったからな」
メレェーナが慌てふためいていると、どこからともなくゾダンが姿を現す。鎧と兜は傷だらけになっており、激しい戦いがあったことを示していた。
「ゾダン! その傷……本当にケモノたちを全滅させたんですね」
「まぁな。感謝しろよ? オレほどの手練れだからこそ出来たんだからな。おめぇもだいぶボロボロになってんなぁ、おい」
「うるさいですね、音の出る生ゴミさん?」
アゼルとゾダンは、互いに軽口を叩く。これまでのような険悪な雰囲気ではなく、互いの功績を認め合ったが故のものだ。
一方、全ての目論見を打ち砕かれた苗床は絶望の底に沈む。もはや、まともに形を維持出来ているのは頭部しかない。
『バカな……バカ、な……こんな、最期など……迎える、はず……が……』
「鎖の苗床よ。私たちからの最初で最後の贈り物を授けましょう。かつて、あなたから授かった『絶望』をね」
『ぜつ、ぼう……これが、絶望なのか……』
「ええ。ああ、忘れるところでした。返してもらいますね、縛姫の炎片を。では……永遠にさようなら、鎖の苗床よ」
エルダは片手を伸ばし、宙を漂う縛姫の炎片を手元に呼び寄せる。全ての準備が整い、転移魔法が発動しアゼルたちは地上へと帰還していった。
絶望という沼に沈んでいく苗床を残して。
『嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁ!! 我を置いて行くなぁぁぁぁぁ!!』
苗床の願いを聞き届ける者は、どこにもいない。己の住処たる揺りかごと共に、大いなる災いをもたらした鎖の苗床は無へと還った。
もう二度と――よみがえることはない。水底の都は、永い時を経て……呪縛から解き放たれたのだ。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……戻って来ましたね、地上に。皆、ちゃんといますね?」
「はい、皆いま……あれ? ゾダンがいない?」
研究所の前にある広場へと戻ってきたアゼルたち。苗床が滅び、子どもたる鎖のケモノたちも姿を消していた。
一緒に戻ってきたはずのゾダンの姿が見えないことに首を傾げていたアゼルは、脇腹にメモが張り付けられていることに気付く。
「アゼル、なんだそれは?」
「ゾダンの書き置きですね。なになに……オレはこのまま帰る、後の始末は全部任せた……ですって。最後の最後で……全くもう」
「空気の読めん奴だ。まあいい、あいつがいても邪魔なだけだしな」
どうやら、後の始末を全部アゼルたちに押し付けてさっさと帰ってしまったらしい。最後までフリーダムなゾダンに、皆呆れてしまう。
「まあ、いいだろうそんなことは。えーっと、アゼルといったかな? 私はジェルマ、エルダ様の一番弟子だ。巫女を代表して、お礼を言わせてほしい。ありがとう、君のおかけで私たちは……」
「パ~~~~ッッッッショ~~~~ン!」
「!? こ、この声はまさか……」
ジェルマがお礼の言葉を言おうとしたその時、アゼルが今一番聞きたくない……というより、二度と聞くことはないと思っていた声が響く。
エルダたちが驚いていると、どこからともなくポルベレフの絵筆がすっ飛んでくる。物凄い勢いで、くるくる回転しながら。
「おいアゼル、あの絵筆は……」
「音の出る生ゴミの持ってたやつですね。何でここに……というか、さっきの声はどこから……いや、まさか」
「んんんんん~、まさかまさかの予想通りィィィ~~~~!! ワタシ、大々的にィ……ふっ! か~つ!」
絵筆からにょきっと手足が生え、続いてムダにいい笑顔をしているポルベレフの頭が現れる。あっという間に、音の出る生ゴミが復活した。
フェルゼにおんぶされているアゼルは、とてつもなく嫌そうな顔をする。一方、エルダはポルベレフの正体に気付き警戒心をあらわにする。
「あなたは闇の眷属ね。何者です? 事と次第によっては、ここで滅しますよ」
「おぉ~う、なんともこれは見目麗しきお方! ワタシはポルベレフ、暗域一の芸術家! 名を知らぬ者はない孤高の画家であ~る! 名刺、持ってってちょうだ~い!」
「え? は、はあ……」
ポルベレフは懐から名刺を取り出し、アゼルたちの時同様エルダと巫女たちに手渡していく。ジェルマとシーラは、貰った瞬間ビリビリに破いて捨てたが。
「……何で生きてるんです? チリにしたのに」
「ん~ふっふ! ボーイ、ワタシの本体はこれ! この自慢の絵筆なのであ~る! これが無事な限りィ、ワタシは死にませ~ん!」
「ああなるほど。じゃあ今度はその絵筆をバッキバキにへし折ってからチリにしますね」
いつの間にか背中に背負っていた絵筆を見せつけ、ポルベレフは暑苦しく自慢する。それを見たアゼルはにっこり笑いながら、死刑宣告を下した。
すると、ポルベレフの雰囲気が変わる。ラ・グーの部下らしく、縛姫の炎片を奪おうとしているのだろう。ならば、反撃しなければならない。
「ぬうううおおおお~~~!!」
「皆さん、こいつはラ・グーの手下です! 気を付けてください、来ます!」
「……めんなさ~~~~い!! 降参するから、殺さないでちょうだ~~~~い!!」
「ずこーっ!!」
襲いかかると見せかけて、ポルベレフは完璧な動作で綺麗に土下座する。まさかの行動に、アゼルたちは盛大にずっこけるのであった。




