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206話―姫と巫女の覚醒

「アゼル、だいじょ……! お前、足が……」


「気にしないでください、リリンお姉ちゃん。これも全て、ぼくたちの勝利のためですから」


「……くっ、分かった。だが、全部終わったらお説教だぞ、アゼル」


 片足を失ったアゼルをおんぶし、フェルゼはリリンと合流する。アゼルの姿を見てショックを受けるリリンだったが、すぐに気を取り直す。


 苗床との戦いはまだ続いている。ここでしくじってしまえば、全てがムダになってしまう。そうならないためにも、全力を尽くさなければならない。


「アゼル、私とリリンは何をすればいい?」


「苗床に取り込まれた炎が上に昇っていくまで、時間を稼いでください。おそらく、奴の本当のコアである縛姫の炎片は胸の中にあるはずなので」


 アゼルはそう言うと、苗床を見上げる。彼の目にだけは、炎がゆっくりと相手の体内を昇っていくのが見えた。


 今はまだ、確実に縛姫の炎片を乗っ取ることは出来ない。より確実性を上げるために、真のコアに近付ける必要がある。


「時間稼ぎか。分かった、私と姉さんに任せてくれ」


「炎が苗床の胸に到達したら、合図します。そうしたら、ぼくの左手を握ってください。凍骨の炎片を介して、二人の意思を……」


『またくだらぬ相談か? ククク、どれだけ策を巡らそうとも我を倒すことなど不可能。いい加減諦めるのだな!』


 溜飲が下がった苗床は、余裕たっぷりに言い放った後腕を振り下ろす。地面に拳が叩き付けられるのと同時に、衝撃波がアゼルたちを襲う。


「リリン、来るぞ! 上に跳べ!」


「分かった!」


 フェルゼとリリンは鞭を伸ばし、壁から垂れ下がる鎖に巻き付ける。素早く鞭を収縮させ、衝撃波から逃れつつ反撃を叩き込む。


「今度はこっちの番だ! サンダラル・アロー!」


『フン、効かぬわこんなもの。千年前の屈辱、もう一度味わう覚悟はでき……ん? なんだ、一瞬腹が……まあいい』


 少しずつ体内を炎が昇っていくことに違和感を覚えた苗床だが、気のせいだと一笑に付した。今はとにかく、アゼルたちを滅するのが先だと。


 だが、後にその判断が過りであったことを思い知ることとなる。決着へのカウントダウンは、とうに始まっているのだ。


「リリン、私は奴の背中に回り込む。お前は正面から攻撃を続けろ!」


「了解だ、姉さん。さて……そろそろ、あいつにも起きてもらわねばな。いい加減、グースカ寝るのも終わりだメレェーナ!」


「んにゃ……にょわー!?」


 単独で動けないアゼルの代わりに、リリンは雷の矢を放ちメレェーナを吊り下げている鎖を切断する。地面に落っこちたメレェーナは、情けない声と共に目覚めた。


「寝坊助め、やっと起きたか。詳しいことは後だ、時間稼ぎを手伝え!」


「あひゅ……はいはい、よく分かんないけどぱーっと暴れればいーんだね! おっまかせー!」


『チッ、全員解放されたか。まあいい、この程度の余興は認めてやろう。最後に勝つのは我なのだからな』


 パタパタ翼を羽ばたかせ、上空から大量のキャンディをバラ撒くメレェーナを見ながら苗床はそう呟く。そして、口を広げ大きく息を吸い込む。


『羽虫は地に落としてやらねばなァ! スパイラル・ルスト……』


「させないよーん! そーれ、ミズアメトリモチ! あっつあつのネバネバだぞ~!」


『ぐ、むうっ!?』


 メレェーナは片方のブーツを脱ぎ、中から大量の水飴を発射した。ネバネバベタベタした水飴は、苗床の口に纏わり付きブレスを封じる。


 トリモチの名は伊達ではないようで、水飴を除去するのにかなりてこずっていた。これなら、しばらくは恐ろしいブレスは使えない。


『ぐむぐ、むぐあぁ~!!』


「いいぞ、よくやったメレェーナ! 後は……」


「アゼルからの合図を待つだけだ。あと少し、あと少しで……皆を救える!」


 めちゃくちゃに振り回される腕を避けつつ、フェルゼとリリンは攻撃を加える。苛立つ苗床は無理矢理ブレスを撃ち、水飴を腐食させていく。


(おのれ……下等な生物の分際で、我にここまでの屈辱を味わわせるなど! 許さぬ、許さぬぞ!)


――下等? おかしなことを言うのね。本当に下等なのは、あなただというのに――


 その時、苗床の脳内にこれまで沈黙していたエルダの声が響く。突然のことに一瞬苗床の動きが止まり、その隙にフェルゼが苗床の背中を穿った。


(ぐうっ! エルダ、貴様……今さら何の用だ? 我を煽りにでも来たか!?)


――ええ、半分はそうよ。残りの半分は……準備をしに来たの。全てを終わらせるために、ね――


(準備? 貴様、何を言っている?)


――あら、まだ気が付かないの。あなたの身体には、すでに凍骨の炎片の一部が入り込んでいる。もう、取り返しがつかないほどの深い場所にね――


 エルダの言葉で、ようやく苗床は己に起きている異変を完全に自覚した。だが、今さら気付いたところでもう遅い。


 すでに、炎は昇りきった。苗床の胸の奥に隠された本当のコア……聖油に覆われた縛姫の炎片の元へと到達したのだ。


「! フェルゼさん、リリンお姉ちゃん! 準備完了です!」


「分かった! リリン、こっちに来い!」


「ああ、今行く!」


 アゼルからの合図を受け、姉妹は合流するべく走り出す。だが、そう易々と合流させるほど苗床は甘くない。


『ぐぐ、むがぁ~!』


「まずい、鎖の壁が!」


 苗床は両手の指を分解し、分厚い鎖の壁にして合流を阻止せんとする。どんどん壁が構築され、二人を隔てていく。


「まずい、このままでは間に合わない!」


「だいじょーぶ、あたしに任せて! それっ、マシュマロトランポリン! 飛んでけー、ぽよよ~ん!」


「うおっ!?」


 焦るリリンの後ろから、大きなふわふわのマシュマロを持った勢いよくメレェーナが体当たりを放つ。マシュマロとは思えない弾力で、リリンは勢いよく吹っ飛ぶ。


「ギリギリ……通った!」


「やったぁ、だいせーこー!」


 リリンはメレェーナのおかげで、間一髪のタイミングで壁を通り抜けることが出来た。待ち構えていたフェルゼの胸に飛び込み、アゼルに頷く。


「アゼル、これで全員揃った。さあ、いつでもやれるぞ!」


「では、ぼくの手を! 二人の思念を、苗床の中に送り込み……炎の力で、各コアに伝播させます! 二人の想いが届けば、皆目を覚ますはず……!」


 フェルゼとリリンの手を握り、アゼルは目を閉じて精神を集中させる。己の中に流れ込んでくる二人の想いを、炎を介して苗床の中に送り込む。


「頼む……! みんな、目を覚ましてくれ! 私は……もう一度、みんなに会いたい。共に研究をして、くだらないことでケンカしたり笑いあったり……なんでもない日常を取り戻したいんだ!」


「苗床の力に負けないで! 大丈夫、皆は強い。だから……必ず目を覚ましてくれると信じてる!」


『ぐぐぐ、ぬぐぁ~!! ……ぐぬっ!?』


 苗床はアゼルたちの妨害をせんと、胴体から鎖を伸ばそうとする。だが、身体が動かない。まるで、何者かに身体を乗っ取られたかのように。


(何故だ!? 何故身体が動かせない!? まさか、これもあの小僧の仕業か!)


――それだけではありません。苗床よ、私はこの千年……お前の体内で力を蓄えてきた。いつの日か、リリンたちが戻ってくるのを信じて。お前を押さえ込むための力を!――


(この……死に損ないが! どこまでも……我の、邪魔をするかぁぁぁぁぁ!!)


 アゼルとエルダ。二人の力によって、苗床は完全に封じ込まれる。鎖で構成された身体を、炎が循環しコアに熱を運ぶ。


 リリンとフェルゼ、二人の想いが溶け込んだ炎が、姉弟子たちを永遠の眠りから呼び覚ます。


「う……ここは、どこだ? あれは……リリンと、フェルゼ? そうだ、全て思い出したぞ! あいつら……よくやってくれたな」


 苗床の右肘のコアで眠る、エルダの一番弟子ジェルマがまぶたを開く。その顔には、笑みが広がっていた。


「あの娘たち……戻ってきてくれたわ、オルキス」


「ええ……よぉく見えるわ、エスリー。この日をどれだけ、待ちわびたかしら」


 胸部に収められた二つのコアの中にいた双子巫女、エスリーとオルキスは互いの顔を見て嬉しいそうに笑う。


「へぇ、やっと来たの。グズたちにしては……まあ、上出来ね。戻ってこないんじゃないかって、心配してたんだから……バカ」


 左肘のコアの中で、素直になれないシーラは悪態をつきながらもリリンたちの帰還を喜ぶ。


「わぁい! やったやった、リリンちゃんとフェルゼちゃんが戻ってきたぁ! 嬉しいな、嬉しいな!」


 右手首のコアの内部では、ニアが手足をパタパタさせて全身で喜びを表現している。そして……。


「……よく、やってくれましたね。リリン、フェルゼ。そして……凍骨の炎片を継ぐ少年アゼル」


 苗床の左手首、一際頑健な造りのコアの中にいたエルダが微笑みを浮かべる。今、闇縛りの姫とその弟子たる封印の巫女が――完全に、目覚めた。


『ぐぐ……ぷはぁ! バカな、こんなバカなことがあるわけがない! 我が、全てのケモノの母たるこの苗床が! こんな、こんな……』


「鎖の苗床よ、もう諦めなさい! 全部、ここで終わらせる! フェルゼさん、ぼくをおもいっきり上に投げて!」


「分かった、手を貸せリリン!」


「ああ! 行くぞ……てやああああ!!」


 リリンとフェルゼは力を合わせ、アゼルを苗床の胸に向かって放り投げる。アゼルはヘイルブリンガーを手元に呼び寄せ、ありったけの魔力を込める。


 それを見たエルダは、共に囚われている弟子たちに向かって念話で呼び掛けた。苗床の真のコア、縛姫の炎片を引きずり出せと。


『巫女たちよ! 持てる力を使い苗床の核を引きずり出すのです! 千年に渡る災いに、今こそ終止符を!』


『おおーー!!』


『ぐ、がああ……!! やめろ、やめろぉぉぉ!! 我の、心臓を……ぐ、うぐあああ!!』


 エスリーとオルキスが封じられているコアの間に亀裂が走り出し、油に覆われた物体が体外へ飛び出してくる。


 これこそが、鎖の苗床の心臓。聖油によって変貌してしまった、縛姫の炎片だ。アゼルは狙いをつけ、トドメの一撃を放った。


「これで終わりだ! パワールーン、シールドブレイカー!」


『ぐ……うぐあああああああ!!!」


 少年の叫びと、苗床の断末魔が鎖の揺りかごの中に響き渡った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 存在事態が有害極まりない奴だったが所詮、巫女達を取り込んで生かしてたのが最大の失敗よ(ʘᗩʘ’) 無事に5人目覚めて救えそうだし、またアゼルのお姉さん要員追加か?(・・)
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