205話―勝利への対価
フェルゼを無事助け出し、戦力が増えた。二人ならば、苗床とも互角に渡り合える。空中に無数の炎の槍が現れ、一斉に放たれた。
「必ず、お前の息の根を止める! フラムシパル・スピア……レインシュート!」
『ミソッカスごときが何を偉そうに! 我の指を消し飛ばした程度でいい気になるなよ。チェーン・キャノン!』
苗床はもはや使い物にならなくなった左手を丸め、砲弾に変えて発射する。炎の槍と激突し、両者ともに消滅した。
槍が弾け、爆炎でアゼルたちの視界が塞がれるなか苗床の右手が襲いかかってくる。アゼルたちは風を切る音を頼りに攻撃を避け、体勢を整える。
「フェルゼさん、ここからどうしますか? 苗床は身体の各所に巫女さんたちが捕らえられているコアを配置していますよ」
「ああ、さっきからチラチラ見えている。厄介なものだ、本当に」
『何をごちゃごちゃと! 二人仲良く潰してくれるわァッ!』
左手を再生させている間、苗床は右腕を振り回し攻撃を行う。アゼルたちは攻撃を避けつつ、どうやって巫女たちを助け出すか相談する。
「巫女たちは今、苗床のエネルギー源として利用されている。深い昏睡状態に追い込まれている状況でコアを壊せば、そのまま死ぬだろう」
「それって、ぼくの死者蘇生は……」
「効くか効かぬかは五分五分といったところだろう。蘇生出来る確証がない以上は、安全策を採りたい。要するにだ、全員起こしてからコアを……壊す!」
炎の槍で苗床の腕を弾きつつ、フェルゼはそう答える。彼女の考察により、作戦は決まった。まずは、囚われている巫女たちを起こすこととなった。
「フェルゼさん、どうやって皆を起こすんです?」
「一つ、方法がある。分の悪い賭けだが……な。私が苗床の中に潜り込み、一気に大量の魔力を流し込んで姉弟子たちを叩き起こすのさ」
「そんな、無茶ですよ! 下手をすれば、フェルゼさんまで取り込まれてしまいます!」
「分かっている。だが、今の私にはそれ以外の方法がないのだ」
『さっきからごちゃごちゃうるさいぞ、羽虫どもめ! チェーン・イクスパンション!』
巫女たちを助け出すための方法を議論しあう二人を、苗床の腹から伸びる数十本の鎖が襲う。鎖は分裂しながら、アゼルたちを貫かんと加速してくる。
一旦議論を中断し、アゼルはヘイルブリンガーを呼び出し頭上に掲げる。斧を中心に冷気が渦巻き、アゼルの掛け声と共に解放された。
「ジオフリーズ!」
『むうっ、なんという吹雪……だが、我の鎖はこの程度では負けぬぞ!』
凄まじい冷気によって鎖が凍り付き、動きが少しずつ鈍っていく。いくつかは完全に動きを止められたものの、苗床はさらに鎖を伸ばす。
何としてでもアゼルたちを仕留めるつもりなのだ。だが、アゼルには相手の攻撃を止める以外にも狙いがあった。
「アゼル、まだ来るぞ!」
「大丈夫ですよ、フェルゼさん。頼もしい仲間が加勢してくれますから!」
「何を言って……」
次の瞬間、アゼルたちの頭上を雷の矢が通り過ぎ苗床に撃ち込まれる。フェルゼが振り向くと、鎖に巻かれたリリンが目を覚ましていた。
「あまりの寒さに目が覚めたぞ……。ここからは私も加勢する、ふんっ!」
「なるほど、そういうことか。しかし、今日の目覚ましは過激なものだな」
強烈な冷気を利用し、無理矢理ではあるがアゼルはリリンを目覚めさせることに成功した。が、メレェーナはまだ起きる気配がない。
とはいえ、苗床の相手もしなければならない以上彼女まで起こしている暇はないのだ。とりあえず、今は三人で戦うしかない。
『フン、巫女が揃い踏みか。ならば、こちらも相応しい姿にならねばな。よぉく見ておけ、貴様らが目にする最後の師の姿を』
「あれは……!」
鎖の苗床は再度姿を変える。腹と背に配備したコアを胸に移動させ、女性的な体型へと変貌していく。
アゼルは知らなかったが、苗床が新たに変化した姿は……リリンとフェルゼの師、闇縛りの姫エルダのものであった。
「苗床、貴様! エルダ様の姿になるとはどういうつもりだ!」
『クッククク、我からの情けだ。ここで貴様らは死ぬのだ、なれば……最愛の師の姿を、最期に見せてやろうと思ったまでよ』
「ふざけた真似を……!」
「落ち着け、リリン。冷静さを欠けば奴の思うツボだ。……まあ、私も許せないがな」
苗床の行動に怒りをあらわにするリリンを、フェルゼがたしなめる。とはいえ、彼女も内心怒りの炎が燃えていた。
『さあ、そろそろ遊びは終わりにするとしよう。全員仲良く死ぬがいい! ルスト・タイフーン!』
「これは……まずい! ガードルーン、イジスガーディアン!」
アゼルの攻撃で凍り付いた鎖を切り離し、苗床は腹部から新たに鎖を伸ばす。素早く鎖を束ね、大きな口を作り出し攻撃を放つ。
獅子頭のケモノが用いた、侵食のブレスが三人を襲う。アゼルは素早くバリアを展開し、壁に吊り下げられたメレェーナも含め攻撃から身を守る。
「助かった、アゼル。だが、この嵐がやまぬ限りはこちらから仕掛けられないな……」
「ええ、どうにかしてあの攻撃を止めな……うっ!」
どうやって危機を切り抜けるか思案していたアゼルを、再び異変が襲う。二つの炎片が共鳴し、アゼルの身体がさらに熱を帯びてきたのだ。
「アゼル、大丈夫か?」
「大丈夫です、リリンお姉ちゃん。どうやら、ぼくと苗床の体内にある炎片が共鳴しているみたいなんで……うわあっ!」
「アゼル!」
『捕まえたぞ、生意気な小僧め! 今度こそ貴様の手足を切り落としてくれるわ!』
苗床の伸ばした鎖がバリアを破壊し、アゼルを捕まえ引きずり出してしまう。逆さ吊りにされ、アゼルは身動きが取れなくなる。
「このっ、放せ!」
『放すものか。さあて、先ほどの続きだ。じっくりと時間をかけて、貴様の手足をもいでやる。仲間が苦しむ様子を観察するおまけ付きでな』
バリアが失われ、リリンたちは錆びの嵐に侵食されてしまった。苦しそうに咳き込みながら座り込む二人を、アゼルは見ていることしか出来ない。
ブレード状の鎖がゆっくりと近付いてくるなか、進退極まったアゼルは己の内に宿る炎片に語りかける。窮地を切り抜ける力を貸してくれ、と。
(凍骨の炎片よ、ぼくを新たな主と認めたなら……かつてのジェリド様のように、力を貸して!)
『ククク、もう諦めたか? なら、このまま貴様を……!? ぬおおっ!』
その願いが通じたのか、アゼルの左腕が青色の炎に包まれる。直後、揺りかご全域に輝く熱波が放出され錆びの嵐を消し去った。
「ぐ、げほ……なんだ? 急に身体が楽になったぞ?」
「嵐が鎮められた、か。これが炎片の力……」
「よかった、これで一安心ですね。次は……はあっ!」
窮地を脱したリリンとフェルゼを見て、アゼルはホッと胸を撫で下ろす。続いて、左腕を苗床の方へ伸ばしビーム状の熱波を放つ。
二つの炎片が共鳴している状況を利用して、苗床に干渉出来ないかと考えたのだ。熱波が苗床の腹に直撃し、口を構成する鎖を破壊する。
『ぐうああっ! くっ、貴様何をした!』
「とっても熱いでしょう? 今のは、リリンお姉ちゃんとフェルゼさん。二人の怒りを込めた攻撃です!」
『おのれ……!』
怯んだ隙に攻撃を食らい、苗床は思わずアゼルを解放してしまう。苗床の根元に落ちたアゼルは、リリンたちの元へ走ろうとするが……。
『逃がすものか! トラップファング!』
「しまった、足が!」
絶対にアゼルを逃がすまいと、苗床は根を変形させトラバサミを作り出す。アゼルの左の足首を挟み、動けないようにしてしまう。
「アゼル! 今助けるぞ!」
「リリン、苗床を引き付けろ! その間に私が救出に向かう!」
『ムダなことを。もう遅いわ、小僧が死ぬのをそこで見ていろ!』
リリンたちがアゼルを助けようとするも、それより早く苗床は再生させた左手を振り下ろす。その時、アゼルは……。
「ぼくはこんなところで死ねない。やっと、活路が見えてきたんだ。だから……勝利のためなら、手足の一本くらいくれてやりますよ!」
「待て、アゼル! 早まってはダメだ!」
「……うりゃあああ!!」
アゼルは腕のブレードを使い、左足の膝から下を切り落とした。左手から炎を勢いよく噴射し、反動でフェルゼの元へ飛び難を逃れる。
『クハハハハハ!! 愚かなものだ。自ら片足を捨てるとは! ここまでの愚物、我は初めて見たぞ!』
「アゼル……なんてことを。君が犠牲を払う必要などなかったのに!」
「いえ、いいんですフェルゼさん。全て……策があってのことですから」
治癒の魔法でアゼルの足を治療しつつ、フェルゼは悲しみの声をあげる。苗床も嘲笑するが、当のアゼルは逆に笑っていた。
フェルゼが訝しんでいると、取り残されたアゼルの足が青い炎へ代わり苗床の体内に潜り込んでいくのが見える。
「ぼくと鎖の苗床の炎片は今、共鳴した状態にあります。ぼくの身体の一部を炎に変えて潜り込ませれば……縛姫の炎片を、操れます」
「出来るのか、そんなことが」
「はい。確信があります。でも、少し時間がかかりそうです」
「なら、時間稼ぎは私たちに任せろ。君に支払わせてしまった犠牲に見合う働き……命に代えてもしてみせよう」
大きな代償を支払い、勝利への布石は打った。決着へのカウントダウンが、静かに刻まれていく。巫女たちの因縁に、ピリオドが打たれる時は――近い。




