203話―深淵にくゆる揺りかご
ゾダンと人頭馬のケモノが戦っている頃、アゼルたちはエルダの研究所へ侵入することに成功した。かつての古巣へ舞い戻ったリリンたちは、感慨深げだ。
本来ならば、来訪者を出迎えるために作られた広いエントランスは、床も壁も天井も全て鎖に覆われている。全て、苗床の伸ばした根なのだ。
「……ようやく、帰ってきたな。ここまで、長かった……あまりにも……」
「ああ、そうだなリリン。だが、まだ油断するな。気を抜くのは、鎖の苗床を滅ぼし皆を救ってからだ。アゼル、メレェーナ、あともう少し頑張ってくれ」
「ええ、むしろここからが正念場ですよ! さあ、先にすす……どうやら、出迎えが来たみたいですね」
エントランスから奥へ進もうとする四人の元に、地響きをあげながら何かが近付いてくる。アゼルたちが身構えると、壁を破壊し一体のケモノが現れた。
カバのような姿をしたケモノは、でっぷりとした脚を踏みしめアゼルたちを威嚇する。あまりの重量に、床に亀裂が走っていた。
「ブルル……こんなところまで侵入してくるとは、侮れぬ奴らだ。人頭馬のケモノめ、使えないものだな」
「獅子にサイ、ケンタウロスにその他大勢ときて今度はカバか。苗床め、ムダにバリエーションを増やすなど……腹立たしい」
「カバ、ですか。これは油断出来ませんね……」
鈍重そうな外見に騙されず、アゼルは仲間たち以上に警戒を強める。まだグリニオたちの仲間だった頃、草原地帯にあるダンジョンにてカバの魔物と戦ったことがあった。
「みんな、気を付けてください。相手は太っているから動きが鈍い……と思うかもしれませんが、カバはああ見えてかなり機敏に走れますから」
「む……にわかには信じがたいが、アゼルが言うならそうなのだろう。分かった、気を付ける」
「なーにをこそこそと……皆仲良く、ペッチャンコにしてやるわー!」
アゼルが警告をした直後、カバ頭のケモノは走り出した。初速こそのんびりしたものだったが、一気に速度を上げ突っ込んでくる。
「わわわわ、来たよアゼルくん!」
「纏まっていたら一度にやられます、散開です!」
「分かった!」
全員が別々の方向に逃げれば、少なくとも三人は突進が直撃せずに済む。リリンたちが左右と上に逃げるなか、アゼルは一人踏み留まる。
カバ頭のケモノを迎え撃つつもりだ。
「アゼル、何故逃げない!? ケモノが来ているぞ!」
「バカな奴め、オイラの突進を真正面から受け止めるつもりか! なら、このまま踏み潰してやる!」
「そうはいきません。苗床との戦いに備えて、ウォーミングアップさせてもらいますよ。チェンジ、重骸装モード!」
覇骸装を変化させ、地を踏みしめアゼルは不動の構えを取る。右腕に装着した盾を身体の前に突き出し、いつでも迎撃出来るよう力を込めた。
「食らえ! ヒッポタックル!」
「ムダです! ふん……ぬあっ!」
全体重を込めて放たれたカバ頭のケモノの突進を、アゼルは受け止めてみせた。衝撃によって床に亀裂が広がり、嫌な音が鳴る。
ケモノが体勢を整える前にと、リリンたちは総攻撃を叩き込む。
「今だ! サンダラル・アロー!」
「フラムシパル・ハンマー!」
「いっくよー、キャンディメテオー!」
「ぐもおおぁぁー!?」
雷の矢と炎の鉄鎚、カラフルなキャンディの流星が降り注ぎカバ頭のケモノに直撃する。巨体が勢いよく吹き飛び、壁にぶつかり倒れ込んだ。
ケモノにトドメを刺すべく、アゼルは跳躍する。ヘイルブリンガーを構え、身体を縦に回転させ得物を振り下ろした。
「これで終わりです! 戦技、フルムーンアックス!」
「グボ、がぁっ!」
胴体を真っ二つにされたカバ頭のケモノは、その場に崩れ落ち沈黙する。これでもう、自分たちの邪魔をすることはないだろう。
そう判断したアゼルは、リリンたちと共に先へ進もうとするが……。
「先には、いかせねぇ……ママに手出しは、させねぇぞぉ! スーパーヒッポドローップ!」
「! まずい、走るぞアゼル! こいつ、床を砕くつもりだ!」
かろうじて息があったカバ頭のケモノは、両断された下半身の鎖をバラバラにして上半身を巻き取る。身体を上に持ち上げ、勢いよく床に叩き付けた。
結果、床に広がっていた亀裂がエントランス全体に広がり、崩落が始まる。フェルゼが叫んだものの一歩遅く、アゼルたちはぽっかり開いた穴に落ちていく。
「この下には、ママが作った空間が広がってるんだ! 一度落ちたら、もう……抜け、出せな……」
「わわわ、落ちるぅぅぅ!!」
「だいじょーぶ、あたしが掴まえたげる! それっ!」
自力で空を飛べないアゼルは、穴の中に落下しそうになる。が、間一髪のところでメレェーナに助けられ事なきを得た。
リリンとフェルゼの安否を確認しようと周囲を見渡すと、二人は魔力の鞭を伸ばして奥の通路の天井に突き刺し、落下を免れている。
「良かった、みんな無事ですね。それにしても、あんな荒業を使うとは……危ないところでした」
「結局、奴が自滅しただけで終わったな。さ、行こうか。この通路を進めば……」
『よくぞ来たな、不敬なる侵入者どもよ。我が子たちに代わって歓迎しよう。この鎖の苗床がな!』
敵を退け、改めて先へ進もうとした矢先新たな声が響く。それと同時に、穴の中から無数の鎖が伸びてきてアゼルたちを捕まえてしまう。
「苗床……貴様!」
『久しいなァ、封印の巫女の生き残りども。お前たちが帰ってくるのを、鎖をながぁーく伸ばして待っていたぞ? ククク、クハハハハ!!』
「このっ、みんなを離しなさい!」
邪悪な声色で語りかけてくる苗床に対し、アゼルは身体を激しく揺すって鎖から逃れようとしつつそう抗議する。
が、苗床は鎖を緩めず、むしろより締め付けを強くする。彼らを逃がすつもりは、全くないようだ。
『ククク、誰が逃がすものか。このまま貴様らを案内してやろう。人生の終着点……我が膝元へな! フハハハハハハ!!』
「うわああっ!?」
「いやあああ! おち、落ちるぅぅぅぅぅ!!」
鎖はアゼルたちを深淵に飲み込まんと、勢いよく降下を始める。深い深い闇の底へと連れ去られていくなか、アゼルたちは意識を失った。
◇―――――――――――――――――――――◇
「う、けほ……ここは、一体……? そうだ、みんなは……」
しばらくして、アゼルは目を覚ました。研究所の地下深くに連れ去られたようで、遥か頭上に小さな穴が見える。
リリンたちは無事かと周囲を見渡すも、他には誰もいない。皆別々の場所へ落とされたようで、近くに生き物の気配は全くなかった。
「困ったな……スケルトンも呼べないし、このままだとみんなの安否も……」
『知りたいか? だがその必要はない。お前はここで死ぬのだからな』
「え……うわっ!」
途方に暮れていたアゼルの元に、苗床の声が響く。その直後、目映い光が少年の視界を塗り潰す。咄嗟に目を瞑ったアゼルは、少ししてまぶたを開く。
「こ、これは……!」
『ようこそ、我が揺りかごへ。今宵、ここが貴様の墓場となる。光栄に思うがいい』
アゼルがいたのは、研究所の最下層。鎖の苗床によって作られた、広大な『揺りかご』だった。その中央に、鎖で出来た巨大な樹が鎮座している。
「あ、あの球体は……」
メリトヘリウンを襲った悲劇、その全ての元凶。――鎖の苗床だ。樹のあちこちに、灰色の球体が六つ埋め込まれていた。
おそらく、あの中にリリンとフェルゼの姉弟子たちとエルダが囚われているのだろう。アゼルは、近くに落ちていたヘイルブリンガーを手元に呼び戻す。
「鎖の苗床! リリンお姉ちゃんたちをどこにやった!」
『ククク、そう怒るな。奴らはほら、その壁だ』
アゼルが怒鳴ると、苗床は枝の一つを揺らしとある壁を指し示す。そこを見ると、鎖に巻かれたリリンたちが壁からぶら下げられていた。
ピクリとも動かないが、生命の気配はある。どうやら、気を失っているようだ。
『生命の炎の欠片を宿す者よ。まずは貴様からだ。貴様を食らい、炎片を取り込み……我はさらに力を増す。そして、この大地の覇者となるのだ!』
「そんなこと、させはしませんよ。お前を倒して、みんな助け出す。覚悟しなさい、鎖の苗床!」
『フハハハハ!! 小さく弱き者が吠えよるわ! すぐに思い知らせてやろう。貴様では我を倒せぬとな!』
苗床は醜悪な笑い声を発しながら、その姿を変えていく。鎖の大樹が不気味にうごめき、巨人の上半身へと変貌していく。
「絶対に、負けられない……! リリンお姉ちゃんやフェルゼさんの無念を晴らすためにも。この大地から鎖のケモノの脅威を消し去るためにも!」
ヘイルブリンガーの柄を握り締め、アゼルは闘志を燃やす。決戦が、始まる。




