193話―敵の敵は味方?
「ああ、やっぱりそうか。どうせお前たちの仕業だろうと思っていたが……呆れて物も言えん」
「あの、一回殴っていいですかね?」
ゾダンの物言いに、リリンは盛大にため息をつきアゼルは苛立ちを募らせる。とんでもないことをしでかしてくれたものだと、全員の心境が一致した。
一方、激しい敵意を向けられてもなおゾダンは平然としている。兜で顔は見えないが、へらへら笑っているのだろう。どこまでもマイペースだ。
「だいぶ前にお前らが壊滅させた組織……ガルファランの牙あったろ? その残党がな、リリンから抜き取った記憶を見て今回の計画を思い付いて実行したんだが」
「待て、記憶を抜き取った? リリン、お前何をされたんだ?」
「あ、いや、それはその……」
ゾダンの言葉を遮り、フェルゼは妹を詰問する。どうやら、リリンは牙の手先に殺され、記憶を奪われたことを姉に話していないらしい。
眉を吊り上げるフェルゼに、リリンはどうにかしてシラを切ろうとする。そんな二人を他所に、アゼルはゾダンと話を行う。
「それで、何でまたぼくたちに協力なんて話になるんです?」
「そりゃ簡単な話だ。残党のヤツが建てた計画がしくじった。オレたちは鎖のケモノを制御出来なかったんだよ」
アゼルの問いに、ゾダンはそう答える。当初の目論見では、ケモノをコントロールしてフリグラの里を襲うつもりでいた。
だが、ゾダンたちの力と技術をもってしてもケモノを支配することは不可能だったのだ。牢獄を破り、ケモノは逃げ出した。
それは、この大地に生きる全ての者たちにとっての凶報に他ならない。
「あのケモノは、霊体を直接殺せる。野放しにしてたら、オレらの存続が危うい。だから、根絶やしにしなきゃならねえのよ」
「そんなの、ただの自業自得じゃないですか。あんな大量のケモノをどうこうするなんて、無理な」
「あ? ちょっと待て。オレたちが連れて帰ったのは一頭だけだぞ? 一体何を言ってやがる?」
「え? 嘘を言わないでください。フリグラの里に、二十体くらい獅子頭のケモノが襲撃してきたんです。お前たちのせいでしょう?」
ここに来て、二人の認識に齟齬が生まれた。リリンを問い詰めていたフェルゼは一旦説教をやめ、ゾダンに声をかける。
「おい、貴様。まさかとは思うが、ケモノを連れ出す時に生身の人間を街に入れたのか?」
「いや、入ったのは霊体化した奴らだけだ。ま、二十人くらいやられて死んだから、死体を湖にポイっと」
「大バカ者め、それが原因だ! 水底に沈めたとはいえ、鎖の苗床の力は健在なのだぞ! 生死を問わず生身の生物を投げ込んだら、すぐケモノになるわ!」
「えー、さすがのあたしもそれはドン引き~。ありえなーい」
フェルゼは激昂し、ゾダンに向かって太い炎の槍を叩き込む。本当に、闇霊たちはとんでもないことをしでかしてくれたようだ。
メレェーナも呆れ返り、とんでもないアホを見る目をゾダンに向ける。
「おー、そりゃ知らんかったわ。なるほど、不思議には思ってたんだ。里に潜り込ませた密偵が変な報告するとは……あ、やべ」
「……呆れて物も言えん。アゼル、これ以降のやり取りは全部任せた。私はもうこいつの相手をしたくない」
「わ、分かりました」
一旦消し炭にされた後、何事もなかったかのように復活したゾダンは思わず口を滑らせる。精神の疲労がかさんだフェルゼは、ふて寝をしてしまった。
それだけ、ゾダンたちがやらかしたことが腹立たしかったのだろう。正直、アゼルも同じ思いだった。
「本当に、何をしているのやら……。正直言って、協力とかいらないんでもっかい吹っ飛ばされてから帰ってください」
「お、いいのか~? オレの協力があれば、山脈の踏破なんてめんどくせぇことしないで済むぜ? 時間はかけたくないだろ、お前らもよ」
協力を拒むアゼルに、ゾダンはそう声をかける。彼には、何やら強力なカードがあるようだ。そうでなければ、ここで引き下がっているだろう。
「……どういうことです?」
「あの山脈を登りきるには、少なく見積もっても十日はかかる。だが、その間にも逃走中のケモノが戻ってこねえとも限らねえ。途中で襲われたら、お前らでも面倒だろ?」
「確かに、そうですけど……」
「だから、そうならねえための近道を用意してある。オレたちがメリトヘリヴンに到達するために作った、秘密の近道だ。そこを使わせてやるよ」
アゼルたちにとって、険しい山脈は最大の課題だ。麓まではボーンバードで行けても、そこから先は歩きになる。それに、あまり時間もかけられない。
霊体派の者たちが勝手に足を踏み入れてしまったせいで、街の封印が変容してしまっているかもしれない。ケモノの群れが解き放たれる、なんてことになれば目も当てられないことになる。
「アゼルくん、どーする?」
「……そうですね、とりあえず話を聞かせてください。出来るだけ手短に。あと、一発ぶん殴らせてください」
「いいぜ、プレゼンしてやる。オレたちは山脈を登るついでに、四ヶ所にワープゾーンを設置した。霊体派のネクロマンサーだけが使える、特別製のをな」
闇霊の特性を鑑みれば、麓から山頂まで霊体の状態で登り切るのは不可能。そこで彼らは、ショートカット出来るように細工をしたようだ。
「ああ、なるほど。それを私たちにも使わせてやる、ということか」
「ピンポーン、ご名答。それを使えば、十日どころか一日で山頂まで行けるぜ。もちろん、オレがいないとワープゾーンは起動出来ねえ。どうだ、オレを連れて行きたくなったろ?」
ゾダンの言葉に、アゼルはしばし考え込む。今は何よりも時間が惜しい。故に、彼は決断した。宿敵との同盟を組むことを。
「……分かりました。ゾダン、お前の協力を受けることにします。でも、これだけは覚えていてください。もし途中で裏切るようなことがあれば……」
「わぁーってる、わぁーってる。今回ばかりは、後ろから刺すようなマネはしねえよ。こっちの存続もかかってるからな、一時休戦ってやつだ」
「分かってるならそれでいいです。じゃあ、先に行っててください。道中ずっと一緒に居たくないので。あ、あともっかい消し炭にさせてください。しますね。パワールーン、シールドブレイカー!」
「おい、ちょ」
反省の色が全くないゾダンの態度と、彼ら一味のやらかしに怒りの臨界点を迎えたアゼルは問答無用で必殺の一撃を叩き込む。
直撃をモロに食らったゾダンは、遥か遠くへ吹っ飛んでいった。青空を煌めくお星さまになり、一足先にメリトヘリヴンへレッツゴーする。
「てめぇ、覚えてやがれよ! 今回の一件が片付いたら、八つ裂きにしてやらぁぁぁ!!」
空の彼方から、ゾダンの大声が響く。相手が飛んでいった方を見て、アゼルとメレェーナは……。
「あっかんべー!」
えんがちょした。
「終わったか、アゼル。君の決めたことに反対はせん。いざとなれば、あの愚物を肉壁にでもすればよいからな」
「だな、姉さん。さ、メリトヘリヴン目指して私たちも……」
「そ、の、ま、え、に。リリン、私に隠していることがあるよなぁ? 洗いざらい、全部話してもらおう。嫌とは……言わさんぞ?」
「ま、待ってくれ姉さん! ステイ、ステイし……アアアーーッ!」
説教再開。雲一つない青空に、リリンの悲鳴が響き渡った。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……感じる。この気配、封印の巫女どもか。今さらメリトヘリヴンで何をするつもりかは知らぬが、同胞の解放に利用出来そうだ」
その頃、フリグラの谷から北に二百キロメートルほど離れた密林の中に、オリジナルの獅子頭のケモノがいた。
野生の獣を手当たり次第に食い殺し、腹を満たしていたようだ。周囲に立ち込める鼻を突く濃い血の匂いのなか、ケモノは笑う。
「全ては、母なる苗床のために。この大地を、鎖で満たしてやろう。ククク……」
血で濡れた口を歪め、ケモノは野心に燃える。




