191話―新たな賽が投げられた
翌日の早朝。メリトヘリヴンに向かうためアゼルとリリン、シャスティは支度を整えた。見送りに来たシャスティたちと、別れの挨拶をする。
「それじゃあ、行ってきます。シャスティお姉ちゃん、アンジェリカさん。里のことは頼みます」
「おう! こっちは心配すんな、お前らは自分のやることやってこい!」
「全てわたくしたちにお任せくださいませ」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」
仲間と別れの挨拶を済ませ、里を出ようとするアゼルたち。が、その時。上空から、聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。
「ちょっとー! あたしのこと、いつまで忘れてるつもりー!? 勝手に置いてかれてショックなんですけどー!」
「あ、メレェーナさん。よくぼくたちのいる場所が分かりましたね?」
いつの間にか姿が見えなくなっていたメレェーナが、ここに来てようやくやって来たようだ。ぷんぷん怒る彼女に、アゼルはそう声をかける。
むくれっ面をしたメレェーナは、背中に生やした翼をパタパタさせながら答えた。
「気配を追えば楽だもーん。そ、れ、よ、り! あたしを置いてっちゃうのはどーいうりょーけんなのさ、アゼルくん!」
「あうあう……」
「いや、どういう了見も何も……お前ずっとどっか行ってたじゃねえか」
ぷりぷり怒りながらアゼルのほっぺをつまみ、むにむに引っ張るメレェーナにシャスティが呆れたように声をかける。
アゼルに豊骨祭の招待状が届く数日前から、実はメレェーナは姿を消していた。多忙だったこともあり、アゼルはそこまで気がまわらなかったのだ。
「そうですよ、どこに行ってたんですか? メレェーナさん」
「あー、そういやそうだったー。あたしねー、バリさんに呼ばれてグラン=ファルダに行ってたの。んで、正式に伴神辞めてきました! いぇーい」
逆に、これまでどこで何をしていたのか問われたメレェーナは、アゼルのほっぺから手を離しピースサインする。
とんでもない報告に、アゼルたちは目を丸くしてしまう。
「ちょ、いきなりとんでもないことを言わないでくださいませ! いいんですの? 大事なお仕事でしょうに」
「んー、いーのいーの。今さら元サヤに納まっても居心地悪いだけだし。これからもほーしかつどーはしなきゃだから、逆にちょーどいーのよ」
「そういうものなのでしょうか……」
何はともあれ、これでメレェーナは完全に自由になったようだ。これからも、アゼルたちの頼もしい……と言えるかは微妙だが、仲間として共に居られるだろう。
「なんだ、この珍妙な格好をした女は。リリン、こいつもお前の仲間なのか?」
「あー、まあ……そのなんだ。まあ、そういうことではあるな、うん」
「ほあっ!? リリンが二人いる!? 分身!? 分身したの!?」
「……リリン。説明」
「はい……」
それまで口を閉じていたフェルゼが呆れたように声を出すと、メレェーナは仰天する。そっちの方に目が行っていなかったようだ。
とんちんかんなことを口走る彼女に、リリンがこれまでの経緯を話して聞かせる。話を理解したメレェーナも、里でお留守番……。
「はーいはーいはーい! じゃああたしも行くー!」
……するわけがなかった。何をどう考えたのか、自ら同行を申し出たのだ。リリンはため息をつきながら、メレェーナへ説得を試みる。
「……私の話をちゃんと聞いていたか? 今回の敵は普通じゃない、対抗出来る力を持った者以外が着いてきても足手まといになるだけだ」
「力ならあるよ? あたしがファルダ神族だってこと、忘れてなーい?」
メレェーナはドヤ顔をしながらそう答える。彼女の言葉に、フェルゼの眉がピクリと動いた。
「そうか! 生命の炎は天上の女神より与えられたもの。その女神と同族であるならば」
「そーだよ。鎖のケモノだかなんだか知らないけど、あたしがボッコボコにしちゃうんだから! というわけで、早速しゅっぱーつ!」
「あ、ちょっと! 仕方ありませんね、行きましょう二人とも」
「本当に役に立てばいいのだがな……不安しかないぞ」
聖なる神の力をもってすれば、不浄なケモノを倒し無力化することは容易い。自身満々なメレェーナは、先頭に立って出発していった。
メリトヘリヴンがどこにあるのか知らないため、まるで関係ない明後日の方向へ。アゼルたちは、慌ててメレェーナの後を追う。
リリンはもう既に心労で胃が痛みはじめていた。
「行っちまったな。本当に大丈夫なんだろうな、あいつ」
「ま、なんとかなるだろ。それより、オレたちも復興作業に戻ろうぜ」
「やれやれ、運否天賦にもほどがあるな……」
見送りを済ませたカイルたちは、里の中へと戻っていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「報告します、総帥。例のケモノは檻を破り、三十人ほどの同志を食い殺し外へ逃走しました」
「……やはり無謀であったか。鎖のケモノを使役する我らの計画、水泡に帰したようだな」
その頃、闇霊たちの総本山ではとんでもないことが起きていた。メリトヘリヴンかは連れ帰った獅子頭のケモノが、脱走したのだ。
「あのケモノは、霊体となった我々を直接殺害する力があります。もし数を増やし、攻めて来られたら……」
「苦戦は免れえぬな。さて、この計画を立案したのは貴殿だが……どう責任を取る? 牙の残党よ」
「うっ……」
玉座に座したまま、総帥は自身の隣に立っている男に鋭い視線を向ける。男は、かつてアゼルたちに滅ぼされた組織、『ガルファランの牙』の生き残りだ。
アゼルたちへの復讐のため霊体派のネクロマンサーたちに取り入り、以前奪ったリリンの記憶を元に今回の計画を立案した。ケモノの力を用い、復讐を果たさんと。
「こ、今回のことは私にとっても完全な計算外の出来事で……! まさか、こんなことになるとは夢にもっ!?」
「ったく。話にならねえな、死ね」
弁明しようとした男を、背後に現れたゾダンがなます切りにしてしまう。死体を蹴り飛ばした後、ゾダンは総帥の前でひざまずく。
「総帥殿。こうなっちまった以上は、こっちも動く必要があるかと。幸い、フリグラの谷に潜ませたスパイからケモノの情報が届いてる」
「ならば、我らも動かねばならぬ。あのケモノは、あらゆる生命の敵。我らとて例外ではない。油断すれば喰われる。忌まわしい鎖の牙にな」
「スパイからの報告によりゃ、あのケモノを殺せるヤツは三人いるってよ。例によって、あのガキどもだ」
「……仕方あるまい。今回は一時休戦だ。ケモノを根絶するまで、かの者らと連携せよ。ゾダン、此度の一件はお前に任せる。他の幹部どもには、逃亡したケモノを捜索させるでな」
「はいはい、任せておきな。やれやれ、めんどくせぇことになったもんだぜホント」
自分たち霊体派のポリシーを曲げてでも、鎖のケモノを駆逐しなければならない。事の重要性を理解してはいても、ゾダンはぼやかずにはいられなかった。
「ま、いいや。オレが協力してやるって言ったらどんな顔するか……クク、まぬけヅラを拝ませてもらうとするか」
そう呟き、ゾダンは姿を消した。アゼルとゾダン、これまで幾度となく争ってきた者たちによる禁断の同盟が結ばれようとしていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
アゼル一行や闇霊一味で大きな動きがあったのと同様に、ラ・グーの陣営でも動きがあった。大地へ派遣する第二の刺客が決まったのだ。
「ポルベレフ、次はお前に行ってもらう。我の計画はまだ途上。完成までの時を稼げ」
「承知致しました、ラ・グー様。グリネチカのような失態はいたしません。必ずや、生命の炎を奪い王どもを始末してご覧にいれましょう」
第二の刺客、ポルベレフは一礼しながらそう口にする。頭から足元までをすっぽり覆う絵の具まみれの極彩色の外套が、非常に目によろしくない。
単眼であるラ・グーはポルベレフをあまり直視したくないようで、微妙に目線が外れていた。が、当のポルベレフ自身は気にしていないようだ。
「お前の爵位は伯爵。今回の仕事を成功させれば、念願である大魔公への昇格となる。しっかりと働け、よいな?」
「お任せあれ。我が道を阻む者は全て、美しい美術品に変えてみせましょう!」
ポルベレフが再度一礼すると、背中に背負った大きな絵筆から絵の具が垂れる。床に落ちると同時に、美しい水晶のオブジェが出現した。
「ではゆけ、魔の芸術家ポルベレフよ!」
「ハッ、お任せを!」
アゼルたちを取り巻く情勢は、目まぐるしく変化していく。いい方にも、悪い方にも。その結末がどうなるのかは、誰にも分からない。




