189話―封印の巫女たち
突如姿を現したリリンを見た鎖のケモノたちに、ある変化が起こった。目に見えて狼狽し、後ずさって彼女から距離を取り出したのだ。
「グゥ、コヤツハ……」
「なんだ? こいつら、急におとなしくなったぞ?」
「恐れているのさ。『闇縛りの姫』エルダの弟子、封印の巫女の一人である私をな」
「封印の、巫女……!? 貴女が、あの!?」
リリンの呟きを聞いたラスカーは、驚きの声をあげる。そんな彼を気にも止めず、リリンはゆっくりとケモノたちに近付く。
巨大ケモノも含め、全員がリリンから離れようと後ろへ下がる。だが、少し下がれば断崖絶壁。橋を渡れば逃げられるが、リリンがそれを許すはずもない。
「かかってこい、ケモノども。一体残らず、封じてくれる。言っておくが、逃がすつもりは微塵もないぞ」
「グヌヌヌ……! 仕方ナイ、オ前タチカカレ!」
リリンは指を鳴らし、唯一の逃げ道である橋を結界で覆いケモノたちの退路を断つ。先ほどの魔法によって力が弱まり、空を飛ぶことも不可能。
故に、ケモノたちが取れる手段は一つのみ。目の前にいる者を殺し、押し通ることだけだ。巨大ケモノはまず先に、他の五体をリリンにけしかける。
「グルァァァァァ!!」
「愚かな。数でかかれば勝てるとでも? ムダなことだ! サンダラル・ウィップ!」
とびかかってきた二体のケモノを迎撃すべく、リリンは雷の魔力を宿した魔法の鞭を呼び出す。鞭をしならせ、二体同時に地に叩き落としてみせる。
ケモノたちの身体に、うっすらと鞭の痕が残る。頑丈な金属をも焼き焦がす、凄まじい雷熱が宿っているようだ。
「グガ、ルォォ……」
「マダヤレル! 行クゾオ前タチ!」
「リリンお姉ちゃん、危ない!」
悶え苦しむ仲間たちを叱咤しつつ、ケモノたちは前方と左右、頭上の四方向からリリンへ襲いかかる。それを見たアゼルは、加勢しようとするが……。
「大丈夫だ、アゼル。そこで見ていてくれ。私の本気を……な! ディバイン・フリッパー!」
「な、なんですの? 鞭が光って……」
封印の力を宿し、鞭が白い光に包まれる。それを見たケモノたちは慌てて止まろうとするも、既に遅かった。
縦横無尽に振るわれる鞭の直撃を食らい、ケモノたちはくぐもった悲鳴を出しながらもんどり打って倒れ込む。
「グゥ、オォア……カフッ!」
「これで終わりだ。さあ、元の姿へ戻るがいい」
「!? お、おい……ケモノどもが、ヒトの死体になっちまったぞ!?」
ケモノたちは力尽き、横たわったまま息耐えた。すると、溶けるように鎖が消え……驚くべきことに、人間の遺体へ変化したのだ。
ネクロマンサーたちが驚き困惑しているなか、リリンは巨大ケモノを見上げる。
「あとはお前だけだ、デカブツ。覚悟はいいか?」
「マダダ、マダ我ノ仲間タチガ」
「もういない。よく見てみろ。全員仕留められたぞ。姉さんの力でな」
「ナ、ナンダト!?」
巨大ケモノが後ろを振り向くと、凄まじい光景が広がっていた。遥か天空から谷全体に白い炎の槍が降り注ぎ、各所で暴れているケモノたちを貫いていた。
槍で貫かれたケモノたちは、リリンにやられた時のように死体へと変化していく。アゼルたちが空を見上げると、一人の女性が槍を降らせているのが見える。
「何故ダ……封印ノ巫女ハ、全滅シタノデハナカッタノカ……?」
「おあいにくさま、だな。滅びてはいないさ。私と姉さんには、成さねばならぬ使命がある。お前たち鎖のケモノの殲滅も、その一つだ」
「ヤ、ヤメロ! コッチニ来ルナ!」
リリンはもう一本鞭を呼び出し、両手に持ちながら距離を詰める。巨大ケモノは片腕を伸ばし、リリンを叩き潰そうと振り下ろす。
「ムダだと言ったはずだ! サンダラル・スライアス!」
「グオアアッ!」
二本の鞭が宙を舞い、ハサミのように巨大ケモノの腕の肘から先を綺麗に両断してみせた。結合が途絶え、ほどけた大量の鎖が地に落ちる。
「す、凄い……ぼくたちがあんなに苦労した鎖のケモノを、圧倒してる……」
「リリン先輩があんなに強かったなんて……わたくし、驚きを禁じ得ませんわ」
「ハッ! コウナレバ、策ヲ変エル他アルマイ!」
あっさりと形勢を逆転させ、ケモノたちを追い詰めたリリンを見てアゼルとアンジェリカはそんな呟きを漏らす。
その時、巨大ケモノは二人の存在を思い出し残った腕を伸ばした。アゼルたちを人質にし、リリンを妨害するつもりなのだ。
――が。
「薄汚いケモノよ。足掻いたとて無意味だ。忘れてはいないか? 遥か天の頂に、私がいることを」
「ガ、フッ」
「終わりだ。滅べ、ケモノよ」
天空より声が届くのと同時に、伸ばしかけた手がピタッと止まる。巨大な炎の槍が、ケモノの胸を貫いたのだ。
封印の炎が鎖を焼き、浄化していく。巨大ケモノは力を失い、ガクリと膝を突き……リリンに首をはねられ沈黙した。
フリグラの谷を襲ったケモノたちは、二人の巫女の手によって滅びた。多大な被害が出たが、アゼルが蘇生させれば問題はないだろう。
「ふっ、終わったか。全く、嫌な……おうふっ!?」
「凄い、凄いですよリリンお姉ちゃん! とってもかっこよかったです! ぼく、ビックリしちゃいました!」
ケモノを殲滅し、カッコつけていたリリンにアゼルが突撃する。不意を突かれた上に、みぞおちにクリーンヒットを貰ったリリンはその場に倒れ込む。
が、興奮が収まらないアゼルはそんなこともお構い無しにリリンにぎゅっと抱き着く。それだけ、この戦いに感動したのだろう。
「いつのまにこんな強くなったんですか!? とってもかっこよかったです! あのケモノたちを一気に……」
「あー、アゼル。一旦離れてやれ。こいつ、天国の方に逝きかけてらぁ」
「ふひ、ふへひ……アゼルに、カッコいいと、ふへ、ふへへ」
「……羨ましいですわ」
久しぶりのアゼルの温もりに、リリンの中の変なスイッチが入ってしまったようだ。イイ顔をしながら、ふひふひ呟いていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「二人とも、里を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう。主らがおらなんだら、この里は滅びておったわ」
「いえ、気にする必要はない。私とリリンは、成さねばならぬことをしたまでだからね」
アゼルの手で死者を蘇生させた後、ネクロマンサーたちによる里の復興が始まる。アゼルとリリン、フェルゼの三人は加わらず、里長の館に呼ばれた。
里を救ってくれた礼として、メリムルから歓待を受けているのだ。深々と頭を下げる里長に、フェルゼはそう告げる。
「しかし、驚いたのう。伝承ではエルダ姫の弟子……七人の巫女たちはこの大地を去ったと伝えられておったが、戻ってきておったとはの」
「ぼくとしては、リリンお姉ちゃんが巫女さんだったことが驚きですよ。それに、お姉さんまでいたなんて……」
危機が去り、ゆったりくつろぎながらメリムルとアゼルはそれぞれの感想を口にする。リリンはバツが悪そうに頬を掻きつつ、アゼルに答える。
「いや、済まなかった。いずれ話すつもりではいたんだが、その前にいろいろたて込んでしまってな……」
「いえ、いいんです。こうやってまた再か……あの、フェルゼさん? そんなジッとこっちを見てどうしたんです?」
「ん、ああいや。君のことはリリンから聞かされていてね。なるほど、可愛らしい顔立ちをしているなと思っていたところなのさ」
「ひゃっ!」
フェルゼは腕を伸ばし、アゼルを捕まえて自分の膝の上に座らせる。……リラックスした姿勢のままで。どうやら、かなり腕力があるようだ。
「うん、小さい子は素晴らしい。いつまでも抱いていたくなる」
「あっ、ズルいぞ姉さん! 勝手にアゼルを抱っこするなど……」
「たわけめ。これくらいの役得、味わってもよかろう。……さて、そろそろ本題に入ろうか。アゼル、君も気になっているだろう? あのケモノたちの正体を」
リリンは抗議するも、フェルゼの一言で黙らされてしまった。姉妹の間には、厳格な上下関係があるらしい。
アゼルのほっぺをむにむにしつつ、フェルゼはそう問いかける。
「確かに、気になりますね。あのケモノたち、これまで戦ってきた連中と比べても異質過ぎますし」
「……そうだな。リリン、外に仲間がいるだろう? 全員呼んでこい。ここからは、大切な話をする。炎片の継承にも関わる、大切な話をな」
「分かった、すぐに呼んでくる」
フェルゼの口から、語られることになる。里を襲ったケモノたちの正体と、彼女らの目的。そして、エルダが持つ『縛姫の炎片』について。




