183話―いざ、祭の地へ
翌日、意気揚々とアンジェリカが戻ってきた。パンパンに膨らんだ、大きな旅行カバンを持って。どうやら、気合いは十分なようだ。
宮殿の一室にて、二人は豊骨祭に向けての打ち合わせを行う。初めての二人きりのデートとあって、アンジェリカは燃えている。
「アゼルさま、ただいま戻りましたわ! 豊骨祭に向けて、万全の準備を整えてまいりましたわ!」
「わあ、おっきなかばん……だいぶ膨らんでますけど、何が入ってるんです?」
「ふふふふふ、それは秘密ですわ。殿方が知る必要のない、乙女の嗜みというものですわよ」
誇らしげにドヤ顔しながら、アンジェリカはそう答えた。あまり深く聞くのもヤボだろうと思い、アゼルはそれ以上問わない。
カバンの隙間からパンツらしき布が若干はみ出ていたが、それも見て見ぬふりをする。黒だった。
「それで、いつ出発しますの? わたくし、いつでも問題ありませんわよ」
「豊骨祭は五日後なので、明日には出発しようと思ってます。開催場所がかなり遠いところにありますからね」
「あら、そういえば肝心の開催場所を聞いていませんでしたわ。どこで祭が行われますの?」
「アークティカとイスタリアの国境にある、フリグラの谷と呼ばれる場所です。一回だけ行ったことがありますが、夜になると星が綺麗なんですよ」
アゼルは机の上に地図を広げ、目的地を指差す。見てみると、険しい山岳地帯の中心に大きな渓谷が広がっているようだ。
その渓谷こそ、毎年行われてきた豊骨祭の舞台なのだとアゼルは言う。だが、地図上で見る限り到底人の足では到達出来そうもない。
「ですがアゼルさま、この山々の標高が最低でも三千メートルはあると記されているのですが……」
「ああ、その点については問題ないですよ。ボーンバードに乗って向かうので」
「なら問題ありませんわね。大荷物を持って登山するのは大変ですもの」
和気あいあいと話をしていると、部屋の扉がノックされる。入室を促すと、リジールを連れたアーシアが顔を覗かせた。
こちらも何やら大荷物を持っており、里帰りにでも行きそうな雰囲気を漂わせている。どこに行くのかとアゼルが尋ねると……。
「実はだな。余の主から緊急招集令がかかったのだ。なんでも、余の同志プリマシウスの城に、盗人が入ったらしくてな」
「え、あのプリマシウスさんのところに?」
「ああ。宝物庫やら牢獄やらを荒らされたらしく、犯人の捜索と捕縛に協力してほしいとのことだ。すまないが、しばらく留守にするぞ」
「それは構いませんけど……リジールさんまで連れていく意味はあるんですか?」
「これでも余の部下だ。主君に顔見せはしなければならぬ。それが我ら闇の眷属の掟だからな」
やれやれとかぶりを振り、アーシアは肩を竦める。彼女もいろいろ大変そうだと、アゼルは心の中でふと思っていた。
「上手くいけば、十日ほどで戻って来られるだろう。では、行ってくる」
「い、いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けて」
手短に挨拶を済ませ、アーシアとリジールは部屋を去っていった。彼女らを見送る傍ら、アンジェリカは心の中でニヤリと笑う。
(せっかくのアゼルさまとのデート、邪魔が入らなさそうで一安心ですわ。シャスティ先輩はお留守番で、アーシアさんたちはたった今出発。もう、わたくしを止める者はいませんわ!)
頭の中で邪な妄想を炸裂させながら、アンジェリカはデレデレした表情を浮かべる。道中であんなことやこんなことを……と考えていたが、そうは問屋が卸さない。
「あ、当日はジェリド様とラスカーさんも一緒に行くので、失礼のないようにしてくださいね?」
「!? わ、分かりましたわ……」
アゼルの一言に、アンジェリカは莫大なショックを受ける。考えてみれば、ジェリドを奉る祭に本人が出席しないわけがない。
さらに言えば、わざわざアゼルと別行動で会場に向かう必要性もないのである。彼らの目の前で狼藉を働けば、どんな末路を辿るかは明白。
アンジェリカの企みは、早速水泡に帰することとなったようだ。
「それじゃ、ぼくは荷物の準備をしてきますね。明日は早いので、五つの鐘が鳴る頃に起こしにきます。では、また明日」
「ええ、また明日ですわ……」
アゼルを見送った後、アンジェリカはがっくりと項垂れるのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
次の日の早朝、フリグラの谷へ向けて出発する時間になった。ファルドビア山のすそ、宮殿の入り口にアゼルたちが集まる。
「よっしゃ! いよいよ豊骨祭だな! くぅー、楽しみだなぁおい!」
「ちょっと待ってくださいませ、何故シャスティ先輩もいますの!? お留守番するのではなくて!?」
アゼルとアンジェリカ、ジェリドとラスカー。彼らに加えて、カイルとシャスティもいた。ツッコミを入れるアンジェリカに、シャスティが得意げに答える。
「あーん? ハッ、忘れたのかアンジェリカ。カイルだって操骨派のネクロマンサーなんだぜ? つまり、こいつにも」
「! なるほど、招待状が来ていると」
「まあ、な。今さらオレのツラ見せに行くわけにもいかねえし、パスしようと思ってたんだが……めっちゃ頼み込まれてな、連れてってくれって」
ゲッソリとやつれきったカイルは、盛大にため息をつく。霊体派に寝返っていた経緯を持つ彼は、その負い目から今回の祭に参加するつもりはなかった。
……のだが、どうしても祭に行きたいシャスティに四六時中付きまとわれ、自分をパートナーにして連れてってくれと頼み込まれたのだ。
「どこに行っても先回りされて! ひたすら土下座される気持ちが分かるか!? 精神が磨耗するわ!」
「どうどう、兄さん落ち着いて。ね? もう大丈夫ですから」
荒ぶるカイルをなだめるアゼルを横目に、シャスティは勝ち誇った顔をしている。ジェリドとラスカーの二人は、我関せずの態度を貫く。
「若いというのはいいものですな、ジェリド様。羨ましいものです」
「そうだな。まあ、少々元気すぎるような気もするがそれもまたいいものだ。さて、アゼル。そろそろ出発するとしよう」
「はい、分かりました。アンジェリカさん、すいませんがちょっと兄さんを黙らせてくれます?」
「かしこまりましたわ。フン!」
「おごっ!?」
いつまでも騒ぎ続けるカイルの脇腹に鉄拳がめり込み、強制的に黙らされる。アゼルは二体のボーンバードを呼び出し、出発の準備を整えた。
ボーンバードの首には、個体識別のため赤と青のスカーフが巻かれている。アゼルは、赤いスカーフが巻かれたボーンバードを指差す。
「三人ずつ別れて乗りましょう。こっちのボーンバードは、ジェリド様とラスカーさん。それと……」
「では、カイルさんを乗せておきましょう。一度、彼とはゆっくり話をしてみたかったのですよ。ジェリド様の子孫でありながら、蛮行をした感想を聞きたく思いましてね」
「そ、そうですか……」
ラスカーは気絶したカイルを担ぎ、ドスの利いた声でそう口にする。是非を問わない姿勢に異議を挟めず、アゼルは頷くことしか出来ない。
赤バードにジェリドたちが乗り込んだのを見届けた後、アンジェリカとシャスティを連れて青バードの背中に乗る。
「みんな、忘れ物はないですね? では、フリグラの谷へ行きますよ! しゅっぱつしんこー!」
「くあぁぁぁ!!」
アゼルの声に合わせて、二体のボーンバードは鳴き声をあげる。翼を羽ばたかせ、ゆっくりと上空へ飛び上がっていく。
楽しいお祭りに心を躍らせるアゼルたちだったが、この時彼らはまだ知らなかった。封印より解き放たれた鎖のケモノたちが、その牙を研いでいることを。




