182話―歓楽と暗雲
「う゛う゛う゛~……アゼルさまの勇姿、この目で見たかったですわぁ……」
「いつまでめそめそしてんだよ。終わっちまったモンはしゃーねえだろうに」
アゼルが導きのベルを鳴らした翌日。アンジェリカはいまだに、多大な精神的ショックから回復出来ずにいた。
頭から布団をひっ被り、お布団ツムリ虫になった状態で未練がましく泣いている。それだけ、炎片の継承を見られなかったことが悔しいのだろう。
「ですが、悔しいものは悔しいのですわ! こうなったら、この悲しみをどこかにぶつけて……」
「あのー、アンジェリカさんいますか?」
「ええ、わたくしはここにいましてよ。アゼルさま」
「切り替えはえーなお前……」
シャスティを相手にグズグズ泣いていたアンジェリカだが、部屋の外からアゼルの声がした途端シャキッとし始める。
「あ、よかった。実は、ぼく宛にこんなものが届きまして」
「招待状、ですの? しかもこの封……操骨派ネクロマンサーの組織のものですわね?」
「はい。操骨派ネクロマンサーのコミュニティ、『ザーズ・パーティー』から来たんです。年に一度行われる、豊骨祭への招待状が」
ザーズ・パーティー。ネクロマンサーの三つの派閥のうち、最大勢力たる操骨派に属する者たちが作り上げた共同体だ。
組織に所属する者たちの憩いや情報交換、必要物質調達の場となる『黒骨館』の運営をしたり、各国首脳や冒険者ギルドとの仲立ちを行っている。
「ほー、そういや前にリリンから聞いたな。一回だけ黒骨なんちゃらに一緒に行ったって」
「ええ。その黒骨館のオーナーから、祭の来賓として是非来てほしいと。本来、豊骨祭の開催はまだ先なんですが……」
「ああ、なるほど。ジェリド王復活に合わせて、開催日時を早めたということですわね?」
「はい、そういうことです」
操骨派のネクロマンサーたちは、年に一度黒骨館の本館に集まり、屍術師の祖たるジェリドを讃える祭を行っている。
本来ならば、豊骨祭は冬に行われるのだが今回は特例らしい。
「豊骨祭には、二人一組で参加するのが習わしなんですが……ラズモンドの件で頑張ってくれましたし、よかったら一緒に行きませんか? アンジェリカさん」
「!?!!!?!???!?!」
「いや、驚きすぎだろお前。顎外れかかってるじゃねえか」
予想外の嬉しい誘いに、アンジェリカは驚きで目も口もあんぐり開けて固まってしまう。あまりにも可笑しな顔をしていたため、アゼルは吹いてしまった。
「もちろんですわ! 断る理由など微塵もございませんことよ! いつでも出発出来るようにパーフェクトアンジェリカになってきますわ!」
「え、ちょ!? アンジェリカさん、どこに……ああ、行っちゃった」
「ヘタな子どもより子どもしてるよなあいつ。まあ、見てて飽きねえからいいけど。それよりアゼル、いいのか? 呑気に祭なんかに参加しててよ」
マッハで部屋を飛び出し、いずこかへすっ飛んで行ったアンジェリカを見送りながらアゼルはそう呟く。一方のシャスティは、アゼルに問いかける。
「新しい道しるべの手がかりを探すのに役立つかもと思いまして。豊骨祭は大地じゅうのネクロマンサーが集まりますから、もしかしたら……」
「そこに次の炎片に繋がる鍵になるヤツが来るかも、ってことか。ま、アタシとしてもいいと思うぜ? 少しくらい羽根伸ばしてもバチは当たらねえだろ」
ベルを鳴らしたはいいものの、肝心の道しるべが分からない。闇雲に探し回るよりは、人の集まる場所で探してみようということなのだ。
ラ・グーの部下や闇霊の一味も撃破し、しばらくは平穏が続くだろうと考えたシャスティは賛成の意を示す。
「いや~祭かぁ。楽しそ……って、ちょい待った。さっき二人一組で参加、って言ったよな?」
「はい。そうですよ?」
「つーと、アタシらはどうなる?」
「……お留守番になります」
その言葉を聞いた瞬間、シャスティの顔が崩れる。とても言葉では言い表せない形相で、アゼルにすがりつく。
お祭り→お酒がいっぱいある→飲み放題だぜヒャッホウ!と考えていたのだろう。
「そりゃねえだろうよぉ~。なぁ~、なんとかしてアタシらも連れてってくれよ! な!? な!?」
「わっ、わっ、分かりました、掛け合ってみますから! だからそんなにゆさぶらないでください~!」
宮殿の一室に、アゼルの声がこだました。
◇―――――――――――――――――――――◇
「報告致します、ラ・グー様。グリネチカ将軍の生命反応が消失しました。恐らく、戦死したかと」
「死んだか、奴め。ふん、所詮は称号を持たぬ女爵。期待したのが間違いだったか」
玉座にふんぞり返り、ラ・グーは部下からグリネチカが敗北したことを聞く。不機嫌そうに鼻を鳴らし、舌打ちをする。
「次の刺客、誰にしましょう?」
「ふむ……次か。さて、誰にするべきか。少なくとも、男爵や女爵レベルではもう通用すまい。だが、大魔公はまだ温存しておきたいが……おお、そうだ」
「如何なされましたか?」
「ちょうどいい者がいる。つい先日、例の大地……ギール=セレンドラクから送られた大地の民。アレを使おう。お前、着いてこい」
誰を刺客として送り込むか考えていたラ・グーは、いいアイデアを思い付いたらしく玉座から離れる。渡り廊下を通り、城の別棟へ向かう。
「確か、この牢に……おお、いたいた。確か、名を……グニグニと言ったか」
「ラ・グー様、グリニオです、グリニオ」
他の大地で捕らえた捕虜や奴隷を収容しておくための牢獄に、一人の男がいた。ボロ布を着せられ、焦点の合っていない目で虚空を見つめている。
男の名はグリニオ。かつてのアゼルの仲間であり、全ての始まりとなる事件を起こした者。グリネチカの部下を介し、ラズモンドの依頼で暗域へ送られたのだ。
「しかし、この者は役に立つのでしょうか? どこからどう見ても、ただの廃人ですが……」
「ククク、問題などない。我が邪眼の力を持ってすれば、退廃した精神を元に戻すことなど容易。だが、今のみすぼらしい姿では刺客と言うには頼りないな」
ぼーっとしながら、意味のない呟きを延々漏らし続けるグリニオを見てラ・グーは考え込む。少しして、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「よし、いいことを思い付いた。いっそのこと、この者を大魔公に改造してしまえばいい。そうすれば、いくらでも能力を盛れるからな」
「では、早速準備をして参ります」
「早急に行え。生まれ変わらせるのだ。この者を……我が刺客として相応しい姿に! ククク……フフ、クーッハッハッハハハ!!」
アゼルとグリニオ。もう二度と重なり合うことがなかったはずの二人の運命が、今……再び、交差しようとしていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「おーおー、だいぶ死んだな。あのケモノ、霊体化した闇霊をぶっ殺せるのか。こりゃいい発見だな」
その頃、ゾダンたちは丸一日をかけ水底の都から目的のモノを引き上げることに成功していた。多数のネクロマンサーを犠牲にして、だが。
ゾダンの目の前に、大きな水の塊が浮かんでいる。その中に、全身が鎖で構成された獅子のようなケモノが封じられていた。
「ノルマはクリアした。お前ら、帰るぞ。死んだ連中は湖に捨てとけ。余計な荷物は持ってけねえからな」
「かしこまりました、ゾダン様」
運良く生き残った者たちは、二十に及ぶ同胞の遺体をダムの中に放り投げ処理した。水の底に沈んでいくのを見届けた後、一行は霊山へ帰る。
だが……彼らは知らなかった。水底に沈められた都に宿る、恐ろしき魔力の存在を。鎖のケモノたちが、どうやって生まれるのかを。
「……グ、ギ、ガ。ガゴ、ガ」
水の中へ沈んでいく遺体に、どこからか現れた鎖が巻き付いていく。あっという間に遺体は鎖に包まれ、その姿を変えていった。
肉も、骨も、臓物も、血も。その全てが鎖へと置き換えられ……新たなる鎖のケモノたちが、生まれる。
「ギギ……ギュガア!」
力に満ちたケモノたちは水の中から飛び出し、錆び付いた金属が軋むような鳴き声をあげる。封印より逃れた彼らの目指す先は、ただ一つ。
人々が暮らす街だ。自分たち以外の命を絶やし、同胞へと作り替えるために。鎖のケモノは、大地を駈ける。
「ギキキィぃぃガァァァ!!」
ラ・グーとも、闇霊とも違う新たなる驚異が……水底の都から、解き放たれた。




