181話―第二の炎を求めて
凍骨の炎片を受け継ぐための戦いから、十日が経過した。突如としてジェリドの宮殿がフォルドビア山に現れたことが、帝国じゅうに知れ渡る。
人々は伝説の王の帰還に沸き立ち、一時は山とその一帯をジェリドの領地として割譲しては、という話も持ち上がり混乱も起きた。
「はあ、ようやく騒動も収まりましたね。あちこち渡り歩いて疲れました……」
「お疲れさん、アゼル。この十日、よく頑張ったよ。褒美に膝枕してやるよ、ほら」
「ありがとうございます、シャスティお姉ちゃん」
アゼルはジェリドに代わって混乱を納めるため奔走する羽目になり、疲れ果ててしまっていた。が、アゼルの働きで割譲の話は白紙に戻り、平穏が帰ってきた……と思われたが。
「それにしても、リリンお姉ちゃん……一向に帰って来ませんね。一体、どうしたんでしょう……」
「だなぁ。アンジェリカは帰ってきたけど、あいつだけ戻って来ないってのもな。あいつに限って、何か問題起きたってこたぁなさそうだし……」
十日が経ってなお、リリンが帰って来ないのだ。全てが終わった翌日に帰ってきたアンジェリカに、リリンの行方を尋ねてはみたが……。
「それが、わたくしにも分かりませんの。帝国じゅうを逃げ回っていたあの豚……こほん、ラズモンドを捕まえるところまでは一緒でしたが、気が付いたら姿を消していまして……」
アンジェリカ曰く、リリンが突如煙のように消えてしまったらしい。状況を照らし合わせてみると、ちょうど宮殿が地上に移った後だということが分かった。
アゼルの晴れ舞台を見られなかったことを激しく落ち込むアンジェリカを脇に起きつつ。困り顔でアゼルは考える。リリンはどこに行ったのか、と。
「一体、どこに行っちゃったんでしょう……。もしかして、ぼくたちの知らない間に、闇霊に襲われてたりして」
「あー、それはあり得るかもな。でも、あのリリンだぜ? そう簡単にゃ負けねえだろ。でも、守護霊の指輪にも反応がないってのはちっと気になるな」
「ええ。守護霊として連絡を取ることも出来ないような状態にいるのでしょうか……」
宮殿のテラスにて、アゼルとシャスティはリリンがどこに行ってしまったのかとりとめのない話をする。しかし、心配ばかりしていても仕方がない。
アゼルには、まだやらなければならないことが残っている。炎の欠片は、一つだけではない。残る五つのうち、四つを手に入れねばならないのだ。
「ここにいたか、アゼル。ジェリド殿が貴殿を呼んでいた、玉座の間に行くといい」
「あ、アーシアさん。分かりました、行ってきます」
「うむ。何やら、大事な話だそうだ。次に求める炎の欠片の、手がかりかもしれんな」
「だといいんですけどね」
一旦リリンのことは頭の片隅に置いておき、アゼルは玉座の間へ向かう。その途中、中廊下から一階の大ホールが見える。
ジェリドへの謁見をしようと世界中から集まってきた人々の対応をしているスケルトンたちを横目に、アゼルは廊下を進む。
「失礼します、ジェリド様。ぼくをお呼びですか?」
「ああ、よく来たなアゼル。さ、ここへ」
宮殿の三階にある玉座の間に入ると、早速ジェリドに呼ばれる。アゼルがとてとて歩いていくと、小さなハンドベルが手渡された。
「これは?」
「それは、導きのベルというものだ。遥か昔……まだ私が地下に潜る前、ギャリオンから渡された。炎の欠片を新たな世代に継がせた時……次の王の元への導にせよ、と」
「つまり、これを鳴らせば……」
「そうだ。ギャリオンが持つ炎片以外の四つのうち、次に得るべき炎の持ち主への道を示してくれる。私から凍骨の炎片を継いだ今こそ、ベルを鳴らすべき時というわけだ」
ゴタゴタが落ち着いた今、次なる旅路へ出立する準備を整える必要がある。だが、目標が分からなければ準備もおぼつかない。
そこで、このベルの出番ということなのだろう。アゼルは早速、導きのベルを鳴らしてみた。チリンチリンという涼しげな音色が、玉座の間に響く。
「……何も起きませんね」
「ここでは、な。だが、この大地のどこかで、新たな道しるべが生まれていることだろう」
首を傾げるアゼルに、ジェリドはそう答える。彼の言う通り、大地の片隅ですでに生まれていた。新たなる炎片への道を示す者たちが。
◇―――――――――――――――――――――◇
「今の音は……そうか、導きのベルが鳴ったか。アゼルは無事、凍骨の炎片を継いだようだな」
その頃、リリンは一人荒野をさすらっていた。大陸の北東の果て、獣すらもいない呪われた土地。とある目的のため、彼女はここに来た。
「さて、確かこの辺りに洞窟があったはずだが。千年も経てば、流石に地形も変わって……む、あったあった。よかった、これで約束を果たせそうだ」
ラズモンドを捕らえ、ボコボコに叩きのめして鬱憤を晴らしたリリンはアンジェリカを置いてこっそり姿を消した。
アンジェリカやアゼルたちには悪いとは思っていたが、彼女には彼女の事情がある。今は、この荒野である人物と落ち合うのがリリンの最優先事項なのだ。
「姉さん! 姉さん、いるか? 私だ、リリンだ! あの時の約束を果たすために、戻ってきたぞ!」
目当ての洞窟を見付けたリリンは、中に入り大声で叫ぶ。すると、暗闇の奥から三本の鎖が伸び襲いかかってくる。
雷の矢を放って手早く鎖を叩き落とすと、暗闇の中から布切れを引きずる音が近付いてくる。リリンが待っていると……。
「大きな声を出すんじゃないよ、バカ妹め。昨日はほとんど眠れてないんだ、頭に響くんだよ。まったく」
「済まない、フェルゼ姉さん。でも、そう言うわりには元気そうだ。よかったよかった」
暗闇の中から現れたのは、薄灰色のローブを着たリリンそっくりの顔をした女だった。切れ長の目と、ウェーブがかった赤い髪以外は非常に似ている。
女――フェルゼは、眠そうにあくびをした後リリンを手招きする。
「尾行られてないだろうね? 余計な連中を呼び込むと、後処理が面倒だから」
「大丈夫、全員撒いてきた。姉さん、実は」
「導きのベル、だろ? 聞こえたよ、私にもね。いよいよ、エルダ様を助け出す時が……来たんだ。待ちわびていたよ、この千年ずっと」
洞窟の奥に向かいながら、姉妹はそう語る。アゼルが凍骨の炎片を継いだ……その事実は、二人にとってまた違った意味を持つ。
「で、ちゃんとエルダ様を救うための手立ては見つけたんだろうね、リリン。まさかとは思うが、ずっと遊び呆けてたわけじゃないだろう?」
「もちろんさ、姉さん。切り札はある。とても小さくて勇敢な……私の救いが。彼が……アゼルがいれば、エルダ様を……皆を、救える」
「へえ、珍しい。あんたがエルダ様以外のヤツに入れ込むたぁね。んじゃ、私も期待しとこうかねぇ。そのアゼルってのにさ」
「ああ、期待しておいてくれ。何しろ、アゼルは凄い子だからな。彼は……」
その後、たっぷり三時間に渡ってリリンはフェルゼにアゼルの武勇伝を語って聞かせる。あまりの長さに、フェルゼは辟易してしまっていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ようやく着いたな。ここが……へぇ、あの伝説の魔法都市か。今じゃ水底、かつての栄華は見る影もないねぇ」
リリンとフェルゼのいる荒野から、東に三百キロメートルほど離れた山岳地帯。人跡未踏の山々に囲まれた窪地を、闇霊ゾダンが見下ろしていた。
「しっかし、総帥殿に頼まれて調査してみれば。本当にあったとはねぇ。いにしえの魔法都市……メリトヘリヴン。あの聖戦の四王が一人、『闇縛りの姫』エルダの本拠地」
広大な窪地はダムのように水で満たされ、底に遺跡群のようなものがあった。その遺跡に眠るモノを求めて、ゾダンは部下を率いやって来たのだ。
アゼルたちを抹殺するための、新たなる力を手に入れるために。千年の間、水の底に封じられていたモノを呼び覚ます。それが、目的だ。
「ゾダン様、これから如何しましょう」
「よーしお前ら、潜ってこい。一体でいい、伝承に語られてる『鎖のケモノ』を捕らえてこい。そいつを使って……ククク、あの目障りなガキどもを殺す」
「かしこまりました。では、行って参ります」
闇霊たちは魂を分離させ、霊体となり湖の中に飛び込む。その様子を見ながら、ゾダンは邪悪な笑みを浮かべる。
「クッククク。オレたちの追跡から逃れた程度で安心するなよ、リリン。お前とこの都市の関係はもう割れてるんだ。たっぷり苦しませてやるよ、お仲間共々な! クヒャハハハハハ!!」
アゼル、リリンとフェルゼ、そしてゾダン。それぞれの思いと謀略が交差するなか……次なる炎片を求めるための旅路が、始まろうとしていた。




