177話―目指す者と阻む者
「グルルルァァァァ!!」
「十時の方向からスケルトンが来ます! アーシアさん、注意を!」
「任せておきたまえ。ハッ!」
上層にてディアナとグリネチカの激闘が行われていることなど露知らず、アゼルたちは凍骨の迷宮の後半、第八階層の踏破を目指し突き進んでいた。
ジェリドの待つ墓所が近いというだけはあり、現れるスケルトンもこれまでとは格の違う者たちばかりだ。骨の竜やケルベロスたちが、容赦なく襲ってくる。
「うひゃー、いっぱい襲ってくるせいで忙し過ぎるよ! あたし過労死しちゃう!」
「安心しろ、そしたらアゼルが生き返らせてくれるから、よ!」
数メートル先も見えない暗闇の中から襲ってくるスケルトンの群れを退けつつ、アゼルたちは慎重に先へ進む。何しろ、迷宮深層の情報は一つもない。
どこが行き止まりでどこが先へ繋がっている道なのか、全て自分たちで調べ地図を作らなくてはならないのだ。とんでもない忙しさだが、これも試練だとアゼルは割り切る。
「ふう、今度の群れも退けましたね。少し休憩しましょうか」
「だな。にしても、本当に真っ暗だなぁここは。こんなとこにずっといたら、頭がおかしくなっちまいそうだ」
戦いが終わり、アゼルたちは一旦休憩することにした。安全そうな岩影に移動し、身体を休める。ミラーボールから溢れる光だけが、彼らの癒しだった。
「余はむしろ気が楽だがな。この程度の闇、暗域の深部ならさほど珍しくはない」
「ホント、気楽そうでいいよなーお前は。さっさと下まで降りきりたいぜ、ったく」
「あちこちさ迷ったおかげで地図は八割がた完成した。新手が来なければ、すぐに下に降りられよう」
体感で二時間ほど迷いに迷ったおかけで、第八階層の地図はほぼ完成していた。この作業をさらに六~七階層分もしなくてはいけないと思うと、アゼルは気が滅入ってしまう。
冒険者ギルドには、未知のダンジョンに出向き、地図の作成を行う仕事をメインにしている者たちがいる。改めて、彼らの凄さを実感していた。
「ふう……まだまだ先は長いですね。まあ、慎重に進んでいきましょうか」
「そーだね、あんまり気負い過ぎちゃうと大変だしね! というわけで、はいこれ。甘いものはのーみその栄養になるんだよ」
「ありがとうございます、メレェーナさん。うん、甘くて美味しいです」
メレェーナはポケットから一口サイズのチョコレートを取り出し、アゼルたちに配る。極限のストレスに晒されながらも迷宮を進んでいけるのは、彼女の配慮によるところも大きい。
休憩の度に振る舞われる甘いお菓子が、磨耗していく精神を癒してくれるのだ。
「おっ、待ってました! いやー、こんな甘いチョコなんて帝都じゃ高くて買えねえからな。助かるぜ。ウィスキーボンボンならもっとよかったんだけどな……」
「だーめ。あたしお酒苦手なんだもーん」
「ちぇー、仕方ねぇなあ」
和気あいあいとした雰囲気のなか、アゼルたちは疲れた心と身体を癒す。迷宮上層にて、何が起きているのかも知らずに。
◇―――――――――――――――――――――◇
「はあっ!」
「おっと、そんな攻撃当たらないよ!」
凍骨の迷宮、上層。ディアナとグリネチカの死闘は、まだ終わる気配を見せない。鉄鎚が空を裂き、不埒な侵入者を叩き潰さんと唸りをあげる。
対するグリネチカは、不思議な足捌きでするするとディアナの猛攻を避けていく。その姿はまるで、獲物を狩るためにうごめくムカデのようだ。
「お前もしつこいね、いい加減くたばりな! ウェザーレポート・コントロール……レイニーニードル!」
「くっ……戦技、アンホーリーフレイル!」
バックステップでディアナの攻撃範囲から離脱したグリネチカは、ムカデの口から雨雲を呼び出す。熱線を放っていた太陽玉が消え、雲が二人の頭上に移動して針のように鋭い雨を降らせる。
「この程度……打ち落とすのは容易い!」
「へえ、やるじゃないか。じゃ、どしゃ降りコースといこうかねぇ!」
フレイルへと変化させた鉄鎚を振り回し、頭上から降り注ぐ針の雨を防ぐディアナ。そんな彼女を嘲笑うかのように、グリネチカは雨の勢いを強める。
流石のディアナもこれは逃げた方が得だと判断し、雨雲の下から離脱しようとする。が、グリネチカの腕に巻き付くムカデが離れ、噛み付きで動きを妨害してきた。
「チッ、邪魔なムカデですね!」
「おやおや、酷い言い種だねぇ。アタシの可愛いペットをコケにするような奴は、仕置きしないとねぇ! ウェザーレポート・コントロール……サンダリオンボルス!」
雨とムカデの両方を捌かねばならず、多忙を極めるディアナにさらなる追い討ちが襲いかかる。雨雲が黒く染まり、ゴロゴロと雷が鳴り始めたのだ。
「まずい……このままでは……!」
「さあ、そろそろ終わりにしようかねぇ! 身も心も、闇の稲妻で焼き焦がされな!」
激しい雨に加え、雷が降り注ぎディアナに直撃する。声をあげることも出来ず、その場に倒れ伏し動けなくなってしまう。
「ぐ、う……。私は、まだ……」
『ディアナ、ディアナよ。もうよい、それ以上は戦うな。よく頑張ってくれた、もう休め』
致命傷を受けてなお、立ち上がろうとするディアナ。そんな彼女の脳裏に、ジェリドの声が響く。ディアナの身を案じ、戦いを止めるよう語りかけてくる。
『ですが、このままでは……この者が、ジェリド様の墓所に』
『そうだな。私の持つ力に対抗するすべを持つ以上、厳しい戦いになるだろう。だが……希望はある。アゼルたちだ。彼らなら、必ず勝てる。私はそう信じている』
自分の力では、もはやグリネチカの侵攻を止めることは出来ない。そう考えたジェリドは、方針を切り替えた。アゼルたちにスケルトンをけしかけるのを止め、急ぎ自身の元に到達させる。
そして、己の力が満ちる迷宮の最下層……『凍骨の祭壇』にグリネチカを誘い込み、全員で力を合わせ撃破することを決めた。
『幸い、最後の試練は戦いではない。アゼルたちも力を消耗せずに我が元に到達出来る。だから……もうよいのだ。お前を失うわけにはいかぬ。分かってくれ、ディアナ』
『……分かりました。ですが、このままやられっぱなしというのは癪に障ります。なので……一矢報いるくらいは、よいでしょう?』
そう伝えると、ディアナは最後の力を振り絞り立ち上がる。アゼルたちが突破口を開けるようにと、最後まであがき続けることを選んだのだ。
「戦技、アンホーリーブラッド!」
「へえ、まだ立てるのかい。なら、今度こそ仕留めておかないとねぇ!」
「そうは……いきませんよ!」
ディアナは鉄鎚にトゲを生やし、己の腕に突き刺す。そして、トゲをへし折って手に持ち、再び天候を操作しようとするグリネチカの懐に飛び込む。
ムカデの妨害を受ける前に、相手の鎧の隙間にトゲを突き刺した。
「……っつ! このアマ、ムダなことを!」
「ぐっ、がはっ!」
腹に蹴りを叩き込まれ、ディアナは地面を転がる。グリネチカはトゲを引き抜き、トドメとばかりにディアナの背中に突き刺した後背を向けた。
「フン、余計な時間を使わされたよ。ま、いいさ。もう邪魔はいない。後は、ジェリドをぶっ殺すだけさ。クハハハハハハ!!」
高笑いしながら、グリネチカは迷宮の最下層を目指して歩き出す。しばらくして、ディアナは背中に刺さったトゲを抜いて投げ捨てる。
幸い、命を落とすことなくやり過ごせたようだ。地に倒れ付したまま、ディアナはニヤリと笑う。
「……バカみたいに笑えるのは今のうちだけですよ。あのトゲに仕込んだ私の血……その恐ろしさ、ここぞという時に味わいなさい。ふふふふふ」
反撃のための一矢は報いた。それを活かせるかは、アゼルたち次第だ。彼らの勝利を願いながら、ディアナは目を閉じた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「なんだ? いきなりスケルトンが湧かなくなったぞ。何がどうなってんだろうな」
「さあね。ま、良いことだろう。先に進む道を探すのに集中出来るからね」
ジェリドの方針転換により、アゼルたちの元にスケルトンが現れなくなった。違和感を覚え、カイルは首を傾げる。だが、障害がなくなるのは好都合。
今のうちにと、一行は地図を作成しつつ迷宮を下へと降りていく。数時間をかけて、彼らはついに第十四階層まで降りることに成功した。
「えーと、地図がいち、に、さん……おお、もしかしてもう十四階層まで来ちゃった!?」
「そのようですね。次の階層に、ジェリド様が……。なんだか、緊張してきちゃいました」
目的地まで、もう少し。そんなアゼルたちに、どこからか声がかけられる。それと同時に、彼らの前に人影が姿を現した。
「ようこそ、聖なる墓所へ。早速ですが、最後の試練を行いましょうか。我らが主も、あなた様方をお待ちですので」
現れたのは、黒いタキシードとシルクハットに身を包んだスケルトン。四骸鬼最後の一人による、試練が始まる。




