159話―闇を迎え撃つ者たち
ゼリゴルを撃破し、無事元の世界に帰還したアゼルとリジール。すでに夜が明けているようで、木々の間から朝日が差し込んでいる。
「あれ? もう朝ですか。そんなに時間が経ってるなんて……」
「テントに、誰もいない……。みんなどこに……」
闇の領域の崩壊により弾き出されたからか、時間が歪んでしまっているようだ。テントはもぬけの空となっており、リリンたちの姿はない。
その時、複数の足音がアゼルたちの元に近付いてくる。音のする方を見ると、リリンたちが夜営をしていた広場に戻ってくるのが見えた。
「アゼル! よかった、探したんだぞ。いつの間にか姿が見えなくなっているから、何かあったのかと……」
「心配させてごめんなさい、リリンお姉ちゃん。実は……」
テントの中にアゼルがいなかったため、リリンたちは森に探しに行っていたようだ。安堵する彼女らに、アゼルは何があったのかを伝える。
「なるほど、闇霊の襲撃か。奴らめ、しつこいものだ。あれだけ数を減らされたというのに、まだいるとは」
「アタシらが異変に気付かずにぐーすか寝てたのも、襲ってきやがった奴の仕業ってことか。で……」
「は、はひ……」
「あんたは、役に立ったんだろうな?」
ジロッとリジールを睨みながら、シャスティはそう問いかける。アゼルと共に闇へと引きずり込まれ、何もしませんでしたでは許さないつもりのようだ。
が、肝心のリジールがパニックに陥ってしまい、まともに話が出来る状態ではなくなってしまう。代わりにアゼルが説明し、リジールの活躍を伝える。
「……というわけで、ぼくの代わりに頑張ってくれたんですよ」
「ふーん、ならまあいいや。……ん? ちょっと待て、アゼルの身体が濡れてるのって……」
「あ、忘れてた……。すいません、身体と服を洗ってきます」
全身涎まみれでべとべとなのを思い出し、アゼルは小川へ向かう。致し方ない事情があることはリリンたちも分かっていたが、少々呆れているようだ。
「お前な……いくら何でも口の中にしまうのはどうなんだ。リスじゃあるまいし」
「す、すみません……」
「そうですわ! これは由々しき事ですわ! 魔物の姿になっていたとはいえ、アゼルさまを口の中に入れるなどうらやま……こほん、けしからげぶぅ!」
「ええい、ベクトルの違う説教はやめろこの駄嬢が!」
暴走し始めたアンジェリカの脇腹に回し蹴りを叩き込みつつ、リリンはため息をつく。吹っ飛ばされたアンジェリカは倒れたまま身悶え、メレェーナに木の枝でつつかれていた。
「わー、メキョッっていったねー。大丈夫? 生きてる? 返事しないと、木の枝を鼻の穴につっこむぞー、うりうり」
「かふ……あうあうあ……」
「ぶっはっはっはっはっ! 相変わらずおもしれぇな、全く!」
リリンたちのやり取りを見て、シャスティは爆笑する。リジールはどうしていいのか分からず、とりあえず愛想笑いしておくことにした。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふう、これでべとべとは取れましたね。やっと綺麗になりました」
リリンたちがドタバタしている間、アゼルは広場の近くにある小川で身体と服を洗っていた。冷たく澄んだ清流が、火照った身体を心地よく冷やす。
せっかくなので全身を丁寧に洗っていると、頭上から声をかけられた。
「やあ、水浴びかい? まあ、大変な目に合ってたからね。心行くまでするといい」
「!? あ、アーシアさん!? どこ行ってたんですか!?」
上を見ると、木の枝にアーシアが腰掛けていた。右手にはヒモがくくりつけられた大きなズタ袋を持ち、みの虫のようにブラブラさせている。
ズタ袋を地面に落とした後、アーシアも地面に降り立つ。クスクス笑いながらブーツを脱ぎ、川辺にある岩に座って足を小川に浸す。
「いやね、昨夜は大変だったろう? その始末を着けに、ね」
「始末……ですか? それって……」
「ああ。闇霊と言ったか、そいつを狩りに行っていた。ほら、この中に」
若干血が滲んでいるズタ袋を見て、何が入っているのかアゼルは悟った。突如ゼリゴルが消滅したのも、アーシアが本体を見つけトドメを刺してくれたからだろう。
「ありがとうございます、アーシアさん。助かりました」
「気にすることはない。助け合うのは当然のことだからね。……ん? アゼル、そこにいるスケルトンは貴殿のかい?」
「え?」
川から上がり、身体を拭いていたアゼルはアーシアが指差す方向を見る。そこには、一体のスケルトンがぽつんと立っていた。
「いつの間にスケルトンが……」
『アゼル様、お久しぶりです、ディアナです。お元気そうで嬉しく思います』
不思議そうに首を傾げていると、突如スケルトンが喋り始めた。かつて共に戦った、聖なる女騎士の声で。驚きつつも、アゼルは嬉しそうに言葉を返す。
「ディアナさん!? お久しぶりです、そちらも元気ですか?」
『はい。アゼル様への試練の準備で少々疲れていますが……たった今いいものを見れたので疲れも癒えました」
「……?」
ディアナの言葉の意味が理解出来ていないようで、アゼルは不思議そうに首を傾げる。一方、アーシアは理解したようで頷いて同意していた。
『さて、早速ですが本題に入ります。服を着ながらでいいので、お聞きください』
「はい、分かりました」
『……つい先日、強大な闇の反応を捉えました。ジェリド様曰く、ラ・グーのしもべで間違いないとのことです』
その報告に、アゼルたちの間に緊張が走る。いつか来るだろうとは思っていたが、すでに侵入を果たしていたことを知り驚いてしまう。
「ほう、ついにか。余の探知をも潜り抜けるとは、ラ・グーもムダな知恵を回すものだな」
「ディアナさん、敵は今どこに?」
『今はまだ、アゼル様たちからは遠く離れた場所にいます。旧神聖アルトメリク教国内にて凶行に及ぼうとしていたのを、ジェリド様のスケルトンが阻止したところです』
ディアナはさらに詳しい報告を行う。現在入り込んでいるのは、幹部と思われる眷属一体だけとのことらしい。ジェリドの操るスケルトンに撃退された後は、行方をくらましたのだと言う。
『ある程度の手傷は負わせましたが、相手は最低でも大魔公クラスの実力者。すぐに傷を癒し、また攻撃を開始するでしょう。軍勢と合流されれば、スケルトンだけでは止めきれません』
「なるほど……。ディアナさん、ぼくから提案があるのですが」
幸い、事に及ぶ前に撃退されたようだが状況は切迫している。今は単独でも、近いうちにラ・グーの軍団も現れるだろう。そうなれば、敵から遠い場所にいるアゼルたちでは迎撃が間に合わない。
『なんでしょう、アゼル様』
「いっそ、敵の軍団も凍骨の迷宮に誘い込んでしまいましょう。少なくとも、無関係な人たちに被害が出ることはありませんし……それに、迷宮の中ならぼくたちもおもいっきり暴れられますし」
アゼルの提案……それは、敵の誘い込みだった。凍骨の迷宮のほとんどの階層を踏破済みのアゼルとリジールがいれば、地の利を取れる。
それに何より、迷宮内であれば周辺の被害を気にせずに好きなだけ暴れることが可能だ。上手くいけば、楽にラ・グーの軍団を壊滅させることが出来るだろう。
『……なるほど。それは盲点でした。確かに、そうすれば罪無き者たちを守りつつ、敵の殲滅も楽に行えます。何しろ、迷宮には多くの罠がありますからね』
「ほう、これはこれは。なかなか面白い提案をするものだ。その案、余は気に入ったぞ」
アゼルの作戦を、ディアナもアーシアも評価する。リリンたちも、話を聞けば賛同するだろう。後は急ぎ、迷宮の入り口があるフォルドビア山を目指せばいい。
「そうと決まれば、のんびりしてはいられないですね。荷物を纏めて、出発しましょう!」
「ああ、待つんだアゼル! まだパンツを履いていないぞ!」
着替えが途中だったことも忘れ、アーシアの制止も聞かずアゼルは広場の方へすっ飛んでいく。その後、広場にて色々な意味で悲鳴がこだますることとなるのだった。




