157話―二人の心
「……正直に言うと、今でも分かりません。ダルタスさん……いえ、ダルタスの時は、ガルファランの牙の一員でしたから、躊躇なく倒せましたが……」
リジールの問いかけに、アゼルはそう答える。彼自身、リジールたちを恨んだことがないかと言われればないとは言えない。手酷い裏切りを受けたのだから、当然のことだ。
「たぶん、リリンお姉ちゃんたちに出会えずにいたら……ぼくは、ずっとリジールさんたちを恨んで、憎み続けていたかもしれません。それこそ、居場所を見つけて殺してしまうほどに」
「……あたしは、それでもよかった。苦しみの中で生きるくらいなら、いっそあなたに殺された方が……楽になれたかもしれない」
心の内を語るアゼルに、リジールはそう答える。思い出すのは、迷宮の底で受けた凄惨な拷問の数々だ。身も心もズタズタにされた屈辱が、リジールの中によみがえる。
ジェリドとディアナによって付けられた、永遠に癒えることのない傷跡。醜く歪んだ己の顔を見る度に、リジールは思い知らされるのだ。
今の顔のように、醜悪だったかつての自分を。
「そう、ですか。でも、ぼくは憎しみのままにリジールさんたちを殺さなくてよかったと思っています。もしそうしていたら……例えリリンお姉ちゃんたちと会えていたとしても、今のぼくにはなれませんでしたでしょうから」
しかし、アゼルはリジールの言葉を否定した。確かに、憎しみのままに力を振るうのは簡単だ。だが、一度負の感情に身を委ねれば、そのままずるずると落ちていく。
アゼルが最も嫌う、グリニオやカルーゾのような者たちの同類に。
「リジールさん、あなたは言いましたね? ぼくに償いをしたいと。なら、約束してください。死ではなく、生きて償いをすることを。あなたを殺したって、そんなのは自己満足に過ぎませんから」
「……あはは、アゼルは強くなったね。昔のあなたとは、すっかり別人だよ。……生きて償え、か。分かった、約束する。あなたやその仲間たちに許してもらえるまで、あたしは」
『警告! 警告! 闇霊『渇きの爪』ゼリゴル接近! 警戒セヨ! 警戒セヨ!』
二人が和解しかけたその時。アゼルが携帯していた黒ドクロの水晶が、長い沈黙を破りけたたましい叫び声をあげる。ここ数ヶ月姿を見せていなかった、闇霊が攻めてきたのだ。
「闇霊……!? もう、こんな時に! リジールさん、気を付けてください。敵がどこから……リジールさん?」
「あ、ああ……うう、いや、いやぁ……来ないで、来ないで……」
警戒するようリジールに促そうとしたアゼルは、彼女の異変に気が付いた。リジールは恐怖に震え、アゼルの言葉もロクに届いていないようだった。
「……そういえば、ディアナさんも一種の闇霊でしたっけ。もしかして、トラウマになってる……?」
肉体と魂を分離するか、融合させるか。その違いこそあれど、ディアナも霊体派のネクロマンサーと同じ力を持っている。彼女に痛め付けられた経験が、闇霊へのトラウマとしてリジールに刻まれているのだろう。
「しょうがない、リジールさんをテントの中に……」
「その必要はないぜ、ガキ。全員纏めて始末させてもらうからなぁ」
「! いつの間に……!」
このままではリジールが危ないと、アゼルはテントの中に押し込もうとする。が、それよりも早く敵が姿を現した。鋭い爪を持つ、肥大化した右腕が特徴的な男が、アゼル焚き火の向こうにいた。
「今忙しいので、出来ればお引き取り願いたいのですが……どうです?」
「それは無理な相談だな。総帥直々のご命令なんだ。お前を血祭りに上げろっ……てよ!」
「サモン・スケルトンガーディアン!」
闇霊――ゼリゴルは、素早く腕を振りかぶり先制攻撃を仕掛けてきた。アゼルはスケルトンを呼び出して盾にしつつ、リジールを抱えテントの方へ移動する。
「さあ、今のうちにテントへ……」
「そうはいかねえな。まずはお前たちから死んでもらうぜ! さあ、闇の世界へ引きずり込んでやる!」
しかし、ゼリゴルとしても二人を逃がすつもりは欠片もないようだ。左手をコートのポケットに入れ、何かの種のようなものを取り出す。
そして、ソレをアゼルたちの方に向かって放り投げた。二人に着弾する直前、種が破裂し濃い闇の塊が吹き出してくる。アゼルとリジールは、その中に呑まれてしまう。
「わああっ!?」
「きゃああ!」
「ククク、捕らえたぞ。他の者どもは後でじっくりと狩ってやる。邪魔をされぬように、より深く眠らせてやろう」
ニヤリと笑った後、ゼリゴルはリリンたちの参戦を封じるべくテントに眠りの魔法をかける。その直後、アゼルたちを狩るべく闇の中へ飛び込んでいった。が……。
「……ほう。なかなか面白いことになったな。ここはひとまず、見に回るとするか。リジールの覚悟を見定める、いい機会でもあるしな」
アーシアにだけは、魔法が効果を発揮しなかった。むしろ、魔法を感知して目を覚ましたようだ。しかし、アーシアは戦いに加わるつもりはないらしい。
リジールがトラウマを乗り越え、アゼルのために戦えるのかを見極めることにしたようだ。闇の塊がしぼみ、消えていくのを見つめながらあぐらをかく。
「邪魔は入らぬようにしてやる、存分に死合え。この程度の相手など、軽くあしらえるだろう? アゼルよ」
小さな声で、アーシアはそう呟いた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「う……。ここは、一体……」
「ようこそ、深淵の闇の中へ。ここは我ら闇霊の処刑場だ」
アゼルとリジールは、深い闇の中に捕らわれていた。前も後ろも、上も下も……漆黒の闇だけがそこにある。床と壁の区別すら出来ず、距離感が全く把握出来ない。
そんな状況の中、どこからともなくゼリゴルの声がきこえてくる。闇の中に紛れているようで、姿をくらましながら攻撃のタイミングを計っているようだ。
「卑怯な……サモン・スケルトンナイツ!」
「フン、どれだけ骨どもを呼び出そうともムダなこと。この闇の主はこの俺だ。一匹ずつ、ゆっくりと……確実に仕留めるのみ! デッドリー・クロウ!」
八体のスケルトンを呼び出し、アゼルは周囲の守りを固める。トラウマでまともに動けないリジールを守りつつ、ゼリゴルの攻撃も凌ぐ。
アゼルにとっては、さほど困難なことではない。手数は自分の方が上……ならば、相手の姿さえ捉えてしまえば手早く決着を着けることが出来る。
そう考えたが……。
「ククッ、お前は何も知らぬようだな。この闇がどれほど恐ろしいものなのか……その身をもって味わうがよい!」
「……!? なん、だろ……息が、苦しい……。これは、まさか!」
ゼリゴルの声が響いた直後、突然アゼルの身体に強い痛みと息苦しさが襲いかかってきた。まるで、暗域に満ちる闇の瘴気を吸い込んだ時のように。
「気付いたか? そうだ、この闇は暗域に満ちる瘴気を我ら霊体派のネクロマンサーの秘術で変異させ生み出したもの。闇に耐性を持たぬ者には、致命の毒となるのだ!」
そう叫びつつ、ゼリゴルは爪を振るう。直撃を食らったスケルトンは、骨が干からび砕け散ってしまう。どうやら、強大な呪いの力を宿しているようだ。
が、ソレ以上に厄介なのがこの闇そのものだった。暗域の瘴気とは性質が違うようで、魔神たちとの修行で培った耐性がほとんど機能しないのだ。
「ゲホ、ゴホッ! まずいな、早くここを出ないと……このままじゃ、ダウンしちゃう……」
「アゼル……! どうしよう、このままじゃアゼルが……」
長期戦は不可能……だが、ゼリゴルの居場所が分からなければ短期決戦に持ち込むこともままならない。にっちもさっちもいかない状況のなか、リジールが正気に戻る。
「二人仲良くあの世に行くがいい! 貴様に葬られた同志たちが、手ぐすね引いて待っているぞ! クロウバスター!」
「来る……! スケルトンナイツ、防御隊形!」
僅かな気配だけを頼りに、アゼルはどうにか飛来してきた爪を防ぐ。が、スケルトンを使いきってしまい、隙を晒してしまう。それを見逃さず、ゼリゴルが一気に距離を詰める。
「うっ、けふっ……」
「獲った! 死ね、我らが敵よ!」
「……そうは、そうはさせない! ダークメタモルフォーゼ……メタルサラマンダー!」
闇に身体を蝕まれ、咳き込むアゼル。ゼリゴルの爪が叩き込まれようとしたその時、リジールが動いた。償いの約束を果たすために、恐怖を乗り越え……アーシアより授けられた力を振るう。
燃え盛る炎を宿した、巨大なトカゲへ変身したリジールが両者の間に割って入り、アゼルを守った。鋼鉄の表皮と爪がぶつかり合い、ゼリゴルが弾かれる。
「チッ、面倒な。大人しくしていればよかったものを!」
「怖い、けど……でも、戦う。そうじゃなきゃ……あたしがここにいる意味が、ないから!」
リジールにとっての、最初の試練が始まる。




