155話―敵と、敵と、敵
アーシアとリジールが仲間に加わり、旅の準備は出来た。二日後の朝、第一次調査隊メンバー選抜の結果が出たため、アゼルとリリン、アンジェリカは確認しに行くが……。
「あれ、ぼくたちの名前がない……」
「本当ですわ。これは一体どういうことなのかしら」
一階ロビーにある掲示板を眺めていたアゼルは、調査隊のメンバー一覧に自分たちの名前がないことに気付き、思わず驚いてしまう。
ジェリドとも縁が深く、ほとんどの階層を踏破した実績もあるアゼルが選ばれなかったことに、アンジェリカも仰天しているようだ。
「何故アゼルの名がない? 私たちはともかく、アゼルは凍骨の迷宮を攻略する上でのキーマンと言っても差し支えないだろうに……アゼル、グランドマスターに聞いてこよう」
「そうですね、メルシルさんに聞いてみましょうか」
三人は選抜されなかった理由を尋ねるため、ギルドマスターの執務室へ向かう。部屋の前まで着くと、室内から言い争う声が聞こえてきた。
「ラズモンド卿、本当に今回の選抜に不正はないのだな?」
「あなたもしつこいですな、グランドマスター。なんべんも申した通り、今回の選抜はギルド幹部による厳正な投票の結果によるものです。不正などありませんよ」
「そうかね? 一部の幹部からは、君個人の悪感情からアゼルくんの票を操作したのではないか、という疑惑もあるのだが。何せ、君はあのグリニオの父親だからな」
アゼルたちの耳に、とんでもない話が飛び込んできた。どうやら、かつてのアゼルの仲間……グリニオの父親が、不正に選抜投票の結果を歪めた可能性があるらしい。
もう少し話を聞くため、静かにしていようとアゼルは仲間に伝え……る前に、リリンとアンジェリカは執務室に突撃していってしまった。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか! 事と次第によっては、タダでは済まんぞ?」
「その通りですわ。不正など許されませんわよ!」
「ああ、行っちゃった……」
突如飛び込んできた二人を見て、メルシルは目を丸くして驚き、ラズモンドと呼ばれた男は不愉快そうに鼻を鳴らす。あまりにも豚そっくりの顔だったため、リリンは思わず吹いてしまう。
「なんだ、貴様らは。特にそこのお前、人の顔を見て笑うとは何事だ!」
「ああ、済まん済まん。あまりにも愉快な顔をしていたからな、つい」
「フン、不愉快な女だ。まあよい、ワシはこれにて失礼しますぞグランドマスター。選抜の結果はもう変わらん、例えあなたの権限でもな。受け入れてくだされよ、現実を」
忌々しそうに吐き捨てた後、ラズモンドは早足に執務室を去っていった。去り際に、わざとらしくアゼルにぶつかっていきながら。
「いてて……」
「大丈夫か、アゼル。あの豚め……わざとぶつかったな。許されるなら、今すぐ焼き豚にしてやるものを」
「まあまあ、怪我はしませんでしたし気にしないでください。それより……メルシルさん、さっきの話……」
憤るリリンを宥めつつ、アゼルはメルシルの方へ顔を向ける。深いため息をついた後、彼は話を始めた。
「どうやら、聞かれていたようだね。もう察しはついているだろうけど、今回の調査隊選抜投票に不正の痕跡があってね」
「先ほどのラズモンドという男が、アゼルさまへの票を不正に消した、という疑惑ですわね?」
「そうだ。私も調べてはいるが、はっきりとした証拠がない。ラズモンドが何かをしたことは確実なのだが……それを証明出来ねば、投票のやり直しも出来ん」
そう言うと、メルシルはまたため息をついた。本来ならば、第一次調査隊のリーダーにアゼルを選抜し、迷宮攻略に挑んでもらう予定であったのだという。
だが、ラズモンドが一部の幹部と手を組み、不正に票を操作してアゼルとその仲間が選ばれないよう細工をしたのだと、メルシルは睨んでいた。
「何故、そのようなことを。わたくしには理解出来ませんわ」
「……いえ、ぼくにはある程度分かります。メルシルさん、さっきの人は……グリニオさん、いえ……グリニオの父親なんですよね?」
「そうだ。恐らく、息子の凋落の原因になった君への嫌がらせが目的なのだろうな。本当に、幹部としての矜持はどこに行ったのやら……。アゼルくん、本当に申し訳ない」
グリニオの末路は、誰がどう見ても自業自得、自分で撒いた種だ。だが、親であるラズモンドからすれば違うのだろう。アゼルを怨み、ここぞというところで嫌がらせに出たのだ。
世界の命運を背負う立場にいる彼らからすれば、本当に迷惑極まりないことだ。とはいえ、この程度の妨害で止まるほどアゼルたちはヤワではない。
「いえ、いいんです。調査隊に加われなくても、自分たちで勝手に行けばいいんですから。もちろん、許可は貰えますよね? ぼくたちが、凍骨の迷宮へ行くための」
「ああ、もちろんだとも。グランドマスターとしての権限で、君たちに許可を出す。メイオン支部にも通達しておこう。それくらいしか、今は埋め合わせが出来ないからね……」
冒険者としての活動全般を禁じられたわけではないので、自費にはなるもののアゼルたちが凍骨の迷宮に行くことは出来る。ラズモンドでも、それは阻止出来ない。
仮にそこまで干渉してくるようなら、今度は職権乱用としてラズモンドが幹部としての権限を一時剥奪されることになる。流石にそこまではしてこないだろうと、アゼルは考えていた。
「ま、出費がかさむくらいならどうということはない。金ならいくらでもある。よほど贅沢しない限りは問題ないだろう。なぁ、アゼル」
「そうですね、それにこっちには無料で使える移動手段もありますし」
多少のゴタゴタはあったが、アゼルたちのやることは変わらない。すでにカイルには連絡を入れ、現地で落ち合う約束をしている。
調査隊に選ばれることを前提にしていたため、もう旅の支度も出来ている。そのため、これ以上ラズモンドに横槍を入れられる前に……と、アゼルたちは出発することにした。
「グランドマスター、ぼくたちはもう出発しようと思います。果たさなければならない、使命があるので」
「分かった。後のことは全て任せておきなさい。だが……一つ、注意してほしいことがある。ここ数日、闇霊の活動が確認された。黒ドクロの水晶は、常に持っているといい」
「闇霊たちが……分かりました、そうすることにします」
メルシルの忠告を胸に刻み、アゼルたちは執務室を後にする。新たな旅に出るために。
◇―――――――――――――――――――――◇
「さあさあ皆様、お待たせしました! 本日のオークション最大の目玉商品が、いよいよ出品! 今回を逃せば、もう買える機会はありませんよ!」
同時刻。アークティカ帝国の南、エルプトラ首長国にある闇市にて、オークションが行われていた。盗品や曰く付きの品が取り引きされる、違法なバザー。
そのメインイベントとして、各国の犯罪者たちによるオークションが開催されるのだ。その日も、いつものように商品が並べられていたが……。
「今日イチオシの商品はこれ! かの悪名高い闇霊、『八つ裂きの騎士』ゾダンの全身立像だ! どうだい、かっこいいでしょう?」
なんと、かつてアゼルたちの前に立ちはだかった強敵、ゾダンが出品されていたのだ。リリンによって封印され、像へ変えられた後、紆余曲折を経て闇市のオーナーの手に渡ったようだ。
「こいつを庭に飾っときゃ、厄除け効果は抜群だ! 商売だって大繁盛間違いなし! さあ、金貨二十枚から入札開始だ! さあさあ……ん?」
大勢の客を前に、司会が小気味良く購買意欲を煽っていたその時。オークションの会場に、一人の男が入ってきた。ヨレヨレになったダークグレーのローブで全身を覆い隠し、異様なオーラを放っている。
「お客様、この会場には専用の会員証がないと入場出来ないのですよ。失礼ですが、拝見させ……!?」
「その必要はない。全員死ぬというのに、何を証明するというのだ?」
入り口にいた護衛は男に近寄り、声をかける。が、次の瞬間……護衛はバラバラに切り刻まれ死んだ。客たちは、一瞬何が起きたのか理解出来ていなかったが……少し遅れて、やっと理解した。
けたたましい叫びをあげる、黒水晶のドクロによって。
『警告! 警告! 闇霊『苦痛喰らい』ロマ接近! 警戒セヨ! 警戒セヨ!』
「だ……闇霊だあああ!! 逃げろぉぉぉぉ!!」
恐怖に呑まれたオークションの参加者たちは、我先にと逃げ出そうとする。が、皆その場から一歩も動くことが出来ず……一瞬で、肉塊と化した。
「フン、手応えのない。お前たち、あの像を運び出せ。絶対に傷付けるな、もし傷を付けたら総帥に殺されるぞ」
つまらなそうに吐き捨てた後、男は後から入ってきた部下たちに命じゾダンの像を運ばせる。アゼルたちの知らないところで……邪悪な闇が、復活を遂げようとしていた。




