153話―同志との邂逅
次の日。冒険者ギルド本部に、早くも凍骨の迷宮の情報がもたらされた。アークティカ帝国の西に聳える、フォルドビア山の中腹に入り口が出現したらしい。
幹部たちの会議が行われ、その結果フォルドビア山ふもとにある町、メイオンのギルドに本部から実力者を派遣し、現地の冒険者と共に攻略に当たることとなった。
「というわけで、調査隊募集の用紙に登録してきた。ま、アゼルなら確実に選ばれるだろう」
「そうだといいんですけど……まあ、抽選に漏れても自分たちで行けばいいだけですしね」
調査隊に選ばれれば、リクトセイル~メイオン間の旅費等の諸費用を全額ギルドに負担してもらえる。節約のためにも、是非とも調査隊に選ばれたいとアゼルは思っていた。
「にしても、だいぶ辺鄙なトコに出てきたもんだな。フォルドビア山っていやぁ、旧神聖アルトメリク教国との国境沿いだろ? 帝都からはだいぶ遠いぜ」
「だからこその調査隊派遣なのでしょう。個人での移動はお金がかかりすぎて、行く気力が削れる方のほうが多いですもの。金銭面の問題さえクリアすれば、皆やる気になりますわ」
ギルドに併設された酒場で団欒を楽しんでいたアゼルたちは、そんな会話を行う。シャスティの言葉通り、フォルドビア山は帝国の西の外れにある大山脈だ。
帝都からでは、飛竜便を利用しても十日、馬車なら軽く一ヶ月はかかる距離にある。とてもではないが、並みの冒険者では旅費を負担しきれない。
「そうですね。ぼくたちもある程度お金に余裕はありますが、五人分となると……リリンお姉ちゃん? どうしたんですか、さっきからぽけーっとして」
「……ん? ああ、いや……なんでもない。少し考え事を、な」
話をするなか、ふとアゼルはリリンの様子がおかしいことに気が付いた。どこから上の空で、時折ぼーっと遠くを見ながら考え事をしている。
「なんだ、珍しいな。もしかしてアレか? オンナの日ってやつか?」
「違うわ、たわけ。もっと大事な……いや、今は言うべきではないか」
「えー? なになに、そう言われると気になっちゃうよー。ねぇねぇ、教えてよー」
思わせ振りなリリンの言葉に興味を持ったのか、メレェーナの教えて攻撃が始まった。ひっついてくるメレェーナを適当にあしらっている姿は、まるでじゃれあう姉妹のようだ。
「ねぇねぇ、おしえ……む、この気配は……」
「メレェーナさん、どうし……」
その時だった。冒険者ギルドの中に、肩にオウムを乗せた一人の女性が入ってきた。黒いシルクの服を着て、羽根つきのハットを被っている。
まさに、『男装の麗人』という言葉がピッタリ似合う格好だ。その姿に、酒場を含めギルド内にいた者たちは皆目を奪われる。
「失礼、レディよ。ここが冒険者ギルドで合っているかな?」
「え……? あ、は、はい! ぼ、冒険者ギルドへようこそ! 今日はどのようなご用件でしょうか!」
コツコツとヒール付きのブーツを鳴らし、女は受け付けカウンターへ向かう。受け付け嬢は相手の容姿に見惚れてしまい、しばしぼーっとしてしまっていた。
「人を探していてね。生憎、名前しか分からないが……ここに所属していると聞いた。もし来ているなら、呼んできてもらえないだろうか」
「冒険者の方ですね? では、お名前を聞かせてください」
「……アゼル。アゼルという名前の者だ」
「アゼルさんですね。それなら、そこの酒場にいるはずですよ。左目にドクロの模様が刻まれた男の子で……」
「いや、そこまででいい。見つけたからね。ありがとう、麗しきレディ」
女はアゼルを見つけたらしく、受け付け嬢に礼を言いカウンターを去る。ちょうど、カウンターから見える場所にアゼルたちがいたのだ。
「いい女だなぁ……やっぱ、英雄にはあんな美人が寄ってくんだろうな」
「くそー、羨ましいぜ……」
周囲から聞こえてくる羨望の呟きに、アゼルはどこか居心地の悪さを感じ小さくなってしまう。そんな彼の元にやって来た女は、優雅な仕草で一礼する。
「ごきげんよう、小さな戦士よ。貴殿がアゼルで間違いないね?」
「は、はい。そうですけど……あの、お姉さんは一体どちら様でしょうか?」
「余のことは、ここではちと話しにくい。もっと静かで……落ち着いた場所で、聞かせてあげよう。済まないが、移動しようか」
戸惑うアゼルの耳元に顔を寄せ、女は意味ありげな声でそうささやく。それが気に入らなかったようで、即座にリリンがアゼルを抱き寄せる。
他の三人も、警戒心と対抗心を剥き出しにして女を睨み付ける。メレェーナに至っては、実際にうーうー唸り犬のように威嚇していた。
「いきなりなんだ、貴様は。私たちのアゼルにちょっかいをかけるのはやめてもらおうか」
「ああ、済まないね。まさかここまで可愛らしい顔立ちとは思わなかったので、つい。さて……時間もない、悪いが早速移動したいのだが」
女に促され、アゼルは文句を垂れるリリンたちを説得しつつ自室として使っている部屋に向かう。部屋に戻ると、女は改めて一礼した後、防音の魔法を使った。
ソファに座り、アゼルたちと対面しながら話を行う。
「さて、これでよしと。どこで誰が聞いているか分からないからね。……自己紹介が遅れたね、余はアーシア。アーシア・ディ・バルバトリア。大魔公の一人だ」
「大魔公……!? まさか、あなたは闇の眷属……!?」
「その通り。今は肌の色を貴殿らと同じものに変えているが……本来は、こんな姿だ」
アーシアは己の正体を明かしつつ、パチンと指を鳴らす。すると、肌の色が艶やかな紫へと変わっていく。唖然としているアゼルたちを見ながら、くすくす笑う。
「驚いたようだな。ま、無理もないか。貴殿らは、完全なヒト型の闇の眷属を見たことがないらしいからね」
「……それ、誰に聞いたんです?」
「ヴェルダンディー殿だ。貴殿らとは旧知の間柄だと聞いているよ」
まさかヴェルダンディーの名前が出るとは思わず、アゼルたちはまた目を丸くして驚いてしまう。一足早く我に返ったリリンは、アーシアに問いかける。
「……で、その闇の貴族が一体何の用だ? 我々はしばらく、暗域のゴタゴタには付き合いたくないのだが」
「余の用件は二つ。一つは、貴殿らへの警告。そして……もう一つは、貴殿らへの協力だ」
「警告と協力、だと?」
リリンの言葉に、アーシアは頷く。それと同時に、これまでうっすらと浮かべていた艶やかな笑みを引っ込め、真剣な顔つきになる。
「つい先日、暗域にてとある動きがあった。この千年、空白だった王の玉座が埋まった。新たに座ったのは……この大地にとっての宿敵、ラ・グーだ」
「ラ・グーが、王に……」
忌まわしき単眼の蛇竜の名を聞き、アゼルたちの間に緊張が走る。すでにかの者が動き出していることはジェリドから聞いているが、まさか王になっているとまでは思っていなかった。
「奴は最初の務めとして、再びこの大地を支配せんと目論んでいる。強大な軍団を率い、攻め入ってくるだろう。貴殿らとて、そのような事態は見過ごせぬだろう?」
「もちろんです。そんなこと、絶対に許しません」
「ふむ、やはりそう言うと思った。そこでだ、余も協力しようと思ってな。こうして、遠路はるばるやって来たというわけだ」
そう言われたアゼルは、首を傾げる。ここまでの話を総合しても、アーシアが自分たちに協力を申し出る理由を掴めなかったからだ。
「何故貴女が協力を? 理由を聞かせていただいてもよろしいかしら?」
「よかろう。包み隠さず言うが、余はラ・グーの前任である元魔戒王……グランザームの娘だ。父の後を継ぐのがあのような者などと、認められぬのだよ」
アンジェリカが問うと、アーシアはそう答える。もう何度目か分からないが、またしてもアゼルたちは驚き目を丸くしてしまう。
「グランザーム!? それって、昔リオさんたちが戦ったっていう伝説の……」
「む? なんだ、かの者たちと知り合いだったのか。なら話は早い。我が父の逸話、聞いているだろう?」
魔王グランザーム。千年前、リオたちベルドールの七魔神との間で、『魔王戦役』と呼ばれる戦争を行った存在だ。長い戦いの末に、魔神たちに討たれた……アゼルが知っているのは、そこまでだ。
「は、はい。一応は」
「余はな、常に父の背中を見て育った。強く、聡明で、偉大な王だった父の背中を。だからこそ、ラ・グー程度の小者が後継など断じて認められんのだ!」
アーシアは語気を荒くし、忌々しげにそう吐き捨てる。
「奴は卑劣な手段を用い、王の地位を手に入れた。ありとあらゆる汚い手を平然と使うような者が王になっても、民は幸福になれない。故に、余は決めた。ラ・グーを追い落としてやると」
「……確かに、ぼくたちとしてもラ・グーを倒したいのは事実です。アーシアさんが力を貸してくれるなら、心強いです」
ヴェルダンディーの友人なら……と、アゼルはアーシアとの共闘に乗り気なようだ。一方、リリンたちはアーシアを完全には信用せず、警戒を続けている。
「ふん……まあよい。言っておくが、アゼルを裏切るようなことをすれば……どうなるか分かるな?」
「暗域の闇に誓って、裏切りはしない。共通の目的を果たすために……余の力、貴殿らのために使おう。よろしく頼む、アゼルよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして、ひとまずアゼルたちとアーシアの同盟が成立した。が、その直後……アゼルは、予想もしなかった人物との再会を果たすこととなるのだった。




