151話―王からの請願
魔神たちとの別れから、三日後。故郷へと帰還したアゼルたちは、再び冒険者としての活動に精を出していた。
「今日も一日、頑張りましたね。疲れちゃってへとへとです」
「お疲れ様ですわ、アゼルさま。たくさん寝て、明日の活力を養いましょう」
「はい。みんな、おやすみなさい」
その日も、一日の活動を終えたアゼルたちはもはや自宅と化した冒険者ギルドの客室に戻り寝る支度を整えていた。カイルは何か用があるらしく、外に出ていたため今日は皆同じ部屋だ。
久しぶりにたくさんの依頼をこなしたため、アゼルは疲れからすぐに深い眠りへと落ちた。が、しばらくしてアゼルは自分が真っ白な空間にいることに気が付く。
「あれ? ぼくは寝てたはずなのに……。ここは、もしかして……」
『アゼル……アゼルよ。私だ、ジェリドだ。久しいな、我が子よ』
どうやら、久しぶりにジェリドがアゼルにコンタクトしてきたようだ。あまりの珍しさに、アゼルは思わず目を丸くしてしまう。
「お久しぶりです、ジェリド様」
『ああ、久しいものだ。さて、済まぬが本題を切り出させてもらう。時間もないのでな。アゼルよ、私と君が初めて会った時のこと、覚えているか?』
「……はい。忘れませんよ、あの出来事は」
ジェリドの言葉に、アゼルは力強く頷く。かつての仲間、グリニオたちに裏切られ……死にかけていたところを、ジェリドとディアナに救われたのだ。
感謝の思いこそあれ、忘れることなど出来ようはずもない。そんなアゼルに、ジェリドはさらに問いかける。
『では、あの時……今は言うべきではないと、もう一つの願いを告げなかったことも覚えているか?』
「……そういえば、そうでしたね。もしかして、ぼくがここに呼ばれたのは」
『そうだ。今こそ、あの時告げなかったもう一つの願いを託す時がきたのだ。我が子孫アゼルよ、心して聞いてくれ』
その問いかけで、アゼルは思い出した。あの時、ジェリドはこう言った。『いつかアゼルが大成した時、もう一つの願いを伝える』と。
ならば、今がその時なのだろう。居ずまいを正し、アゼルは真剣な表情を浮かべジェリドの言葉を待つ。そして、彼の口から……驚くべき言葉が告げられる。
『我がもう一つの願い、今こそ伝えよう。アゼルよ、もはや燃え殻となったかつての王から……『生命の炎』を受け継ぐのだ。新たなる炎の守り手として』
「生命の、炎を……」
生命の炎。遥か昔、単眼の蛇竜ラ・グーとの戦いに打ち勝ち、大地を取り戻した四人の王たち……『太陽の王』ギャリオン、『凍骨の帝』ジェリド、『闇縛りの姫』エルダ、『金雷の竜』ヴァール。
彼らの為した偉業に胸を打たれた創命神、アルトメリクより授けられしモノ。大地に結界を作り出し、闇の眷属たちを退ける力を持った聖なる炎だ。
『少し前、暗黒の世界で動きがあったのを感知した。私の勘が鈍っていなければ……また、奴がやって来る。この大地を奪還するために、あの単眼の蛇竜がな』
「……ラ・グー。奴が、戻ってくるのですね」
かつてアゼルたちが戦った邪悪なる組織、ガルファランの牙。自らの分身を首領に据え、彼らを裏から操り大地を取り戻そうとしていたのもラ・グーだ。
『そうだ。本来ならば我ら聖戦の四王が立ち向かわねばならぬのだが……もう、それは無理だ。我らは、老い過ぎた。もはや、かつてのように戦うことは出来ぬ』
「それなら、ぼくたちが戦います。あなたがそれを望むというのなら、どんなつらく苦しい戦いにも! 身を投じます!」
物悲しそうな声で語るジェリドに、アゼルはそう力強く答える。アゼルにとって守るべきモノが、この大地には数多くあるのだ。
『……そうか。ありがとう、我が子よ。ならば、より詳しく伝えねばなるまい。かつてギャリオンは炎を授かった後……火がかげることを恐れ、六つの炎片へ切り分けた』
アゼルの言葉に微笑みながら、ジェリドは右手を前に突き出し手のひらを上に向ける。すると、手の上に六つの小さな炎が揺らぎ始めた。
『エルダに託した、縛姫の炎片。ヴァールに与えた、逆鱗の炎片。己の娘たる王女へ渡した、月光の炎片。ギャリオンの配下、暗滅の四騎士へ下賜された暗滅の炎片。私に譲られた、凍骨の炎片。そして……ギャリオン自身が持つ、太陽の炎片』
手のひらの上でたゆたう炎は、円を描くように動いた後消えた。ジェリドは真っ直ぐアゼルを見ながら、さらに話を続ける。
『ギャリオンは聖礎と呼ばれる地に身を隠し、炎の守り人となった。彼に会うためには、残る五つの炎片を集めなければならない。だから……まずは、我が元に来るのだ。アゼル』
「……分かりました。あなたにもう一度会い、凍骨の炎片を受け継げばいいのですね?」
『そうだ。だが、いくらお前とてすぐに渡すわけにはいかぬ。炎を継ぐためには、試練を越えねばならん。今一度、凍骨の迷宮にて……『火継ぎの試練』を課そう。見事、乗り越えてみせよ』
「望むところです! どんな試練だろうと、乗り越えてみせます!」
祖先と子孫の間柄とはいえ、簡単には炎片を手に入れることは出来ないようだ。しかし、アゼルは逆に闘志を燃え上がらせていた。
かつての王と……偉大なる己祖先と、戦える。何物にも変えがたい栄誉に与れることが、嬉しかったのだ。
『その言葉、嬉しく思う。だが、気を付けるのだ。いつどこで、ラ・グーの手の者たちが待ち構えているか分からぬ。奴らも、生命の炎を狙うだろうからな』
ジェリドには、一つの懸念があった。六つの炎片に切り分けられたあの日から、ギール=セレンドラクの大地を守る結界が少しずつ弱くなっている。
だからこそ、ガルファランの牙やカルーゾ一味の暗躍を許してしまったのだ。そして、これからは……ラ・グーとその配下が現れるだろう。
『奴らに炎片が一つでも渡れば、もう二度とこの大地に平和は戻らぬだろう。だからこそ……決して油断してはならぬ。ラ・グーは強く、卑劣で残忍だ。かつて、我らも苦労した』
「はい、ジェリド様の言葉……深く心に刻みます」
『そうしてくれると助かる。……そろそろ、夜も明ける。アゼル、私は待っているぞ。深き地の底で……君が、訪れるのを』
その言葉を最後に、アゼルの意識が薄れてゆく。目覚めの時が来たのだ。力強く頷いた後、アゼルの意識が完全に闇へと呑まれていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……我らの懸念した通り、ラ・グーの魔戒王昇格が決まりましたな。さて、我らの主はどう動くのやら」
「どうもこうもないさね、ヴェルダンディー。もう決まっちまったものは覆らない。ま……妨害くらいはやるだろうけどさ」
同時刻、暗域の下層、第十六世界『オストラヴァ』にあるとある城に、二人の魔の貴族がいた。片方は、ランタンの頭を持つ紳士ヴェルダンディー。
もう一人は、半人半馬の女、プリマシウスだ。二人は、つい先ほど行われたラ・グーの戴冠式に出席していた。……もっとも、すぐにバックレたが。
「ラ・グーはまたギール=セレンドラクを狙うんだろ? 懲りないヤツだよねぇ、一回ボコボコにされたってのに」
「あの者からすれば、永遠に忘れられぬ屈辱ですからな。何しろ、一度支配した大地を取り戻されるなど、暗域誕生から一度もなかった大ポカでありますから」
「そうだ。だからこそ、奴はどんな手を使ってでもあの大地を取り戻そうとするだろう。それを黙って見過ごすなど、出来ようものか」
その時、城のテラスにいた二人のところに別の人物が現れた。現れたのは、闇の眷属特有の紫色の肌に、威厳を感じさせる凛々しい顔立ちをした女性だ。
「……む、貴女は。旧王グランザームの娘……アーシア」
「久しいな、ヴェルダンディーにプリマシウス。こうして会うのは、何万年ぶりか……」
アーシアと呼ばれた闇の眷属は、優雅にお辞儀をする。黒曜の輝きを放つ鎧が僅かに軋み、カチャリと音が鳴る。
「あんたがここに来たってことは……首突っ込むつもりなのかい? ラ・グーの侵略に」
「もちろんだ。あのような卑劣な輩が、我が父の跡継ぎだなどとは断じて認められない。あのような下種などよりも、あなた方やかの魔神の方がよほど、王に相応しいというのに」
プリマシウスの言葉に、アーシアはとても悔しそうに顔を歪める。ラ・グーが王位に就いたことが、たいへん不服なようだ。もっとも、それはヴェルダンディーたちも同じであるが。
「なるほど。で、これからどうするのですかな?」
「まずは協力者を募らねばなるまい。余一人で勝てるなどと思うほど、慢心してはいないからな。……ここはやはり、例の聖戦の王の末裔とコンタクトするべきだな」
「ふむ、アゼル殿ですか。なれば、我輩が仲介しましょう。そうすれば、事もスムーズに運ぶでしょうからな」
「……済まない、ヴェルダンディー。力を貸してもらうぞ」
「いえいえ、よいのですよ。今は亡き友のためでもありますからな」
「ありがとう。……待っているがいい、ラ・グー。必ず貴様を、玉座より引きずり下ろしてやるからな」
感謝の言葉と共に、アーシアは固く誓った。こうして、生命の炎を巡る新たな戦いと……王の足跡を辿る、巡礼の旅が始まった。




