133話―乙女・ウォーズ
リリンとアイージャの邂逅から数分後。本来なるば厳かな気配に包まれているはずの霊園は、血と汗と雷と盾が飛び交う戦場と化していた。
流石に罰当たりなためか、墓石は全て地面の下に引っ込み攻撃が当たらないよう配慮はされている。が、二人の攻撃があまりにも激しすぎてそんなに意味はない。
「くたばれアバズレ! サンダラル・アロー・スペシャル!」
「ハッ、かようなもの妾からすれば蚊に刺されたほどにも感じぬわ! お返しじゃ、ムーンサークルブーメラン!」
凄まじい規模の弾幕となって襲い来る雷の矢の中を、アイージャは強引に突っ切っていく。彼女が身に付けている白銀の鎧には傷一つなく、本当に効いていないようだ。
アイージャの右腕に装着されたラウンドシールドの表面に描かれた黄金のリングが浮かび上がり、猛烈な回転を始める。腕が振りかぶられると、リリン目掛けてリングが飛ぶ。
「なんだ、くだらん手品だな。そんなもの、我が鞭で叩き落としてくれるわ!」
そう叫ぶと、リリンは魔力の鞭を作り出し左手に持つ。すかさず勢いよく振りかぶり、飛んでくるリングを叩き落とそうとするが……。
「!? 曲がっただと!?」
「クハハ、バカめ! 妾の月輪の盾をそう易々と攻略出来ると思うでないわ、単細胞めが! その間抜けなツラを滅茶苦茶に切り裂いてやろうぞ!」
「チッ、忌々しいなこの一万年ババア!」
「キィィィィ!! 貴様またしても妾をババアと言ったな!! この腐れババアめ!」
互いに罵声を浴びせながら、二人は互いをブチのめそうと猛烈な攻撃を加える。変幻自在に軌道を変えながら飛んでくるリングに辟易したリリンは、反撃に出た。
「いい加減鬱陶しい! バイドチェーン!」
「む、これは……」
自分の方へ飛んでくるリングの軌道を先読みし、タイミングを合わせリリンは拘束の魔法を放つ。鎖に絡め取られたリングは地に落ち、輝きを失い沈黙した。
これでもう、リリンが執拗な追尾攻撃に悩まされることはなくなった……が、その程度で攻め手が無くなるほどアイージャは間抜けではない。
「ほう、なかなかやる。じゃが、次はどうじゃ? 出でよ、残影の盾!」
「なんだ? 盾の形が変わった……?」
アイージャの持つ月輪の盾の形状が変化し、奇妙な形となる。例えて言うならば、二つの黒い二等辺三角形の底面同士をくっつけたような形だ。
「なんだ、その珍妙な形の盾は。そんな攻撃も防御もしにくそうなもので私を倒せるとでも?」
「ハッ、見た目にばかり目を向けるなどド三流のすることよ。よぅく見るがよい、千年ババア。残影の盾の力を!」
敵意を剥き出しにして叫んだ後、アイージャは走り出す。すると、一定の間隔で残影の盾がアイージャの腕から剥がれ落ち、走る動きに合わせ残像のように空中に固定される。
それとはまた別に、アイージャの腕にはまだ残影の盾が残っている。どうやら、残影の盾には自分自身を残像として複製する能力を有しているようだ。
「何をしている? あちこち走り回っているだけではないか」
「ククク、確かにそうじゃな。じゃが、これは貴様を地獄へ落とすための前準備に過ぎぬ。妾を侮辱したこと、後悔させてくれるわ!」
果たして、アイージャの言葉通りにリリンは思い知ることとなる。さっさと残影の盾をバイドチェーンで封印していればよかった……そう思うようになるのに、五分もかからなかった。
「っつぅ! この盾、フチが刃物になっているのか!」
「左様じゃ。妾が移動する度に、あちこちにこの残影の盾が設置される。無論、妾はこの盾には当たらぬ。すり抜けるでなぁ。つまり……切り刻まれるのは貴様だけ、というわけよ」
仲間にすらも見せたことのない、邪悪極まる笑みを浮かべアイージャはそう口にする。すでに二人の周囲は無数の残影の盾で囲まれており、蟻の這い出る隙もない。
完全に固定されて動かないというのも、リリンからすれば都合が悪いことこの上ない。動かすことさえ出来るならば、鞭を使って吹き飛ばせば済むからだ。
が、空中に固定されているのではその手段も使えない。ならばバイドチェーンで……といきたいところだが、増え続ける残影の盾全てを封印するのは不可能だ。
「フン。これが魔神の力か……。どうやら、私はかなりお前の力を見誤っていたらしい。ここまで厄介だとはな」
「なんじゃ今さら。言うておくが、この程度まだ序の口よ。妾にはまだ切り札……獣の力が残っておるでな。降参するなら今のうちじゃぞ? 無様に土下座すれば、非礼を許してやらんでもない」
「……いーや、断る。むしろ、意欲が出てきた。絶対に、お前をぶっ倒してやるとな!」
自信満々に降伏を勧めるアイージャに、リリンは不敵な笑みを浮かべながらそう答える。魔神の力を目の当たりにし、敵意以外の感情が芽生え始めているようだ。
……が、まだ本人にその自覚はないらしい。
「ほう、大きく出たのう。なれば、絶望させてやる。妾の真の力を見るがよいわ! ビーストソウル、リリース!」
闘志を燃やすリリンに追い討ちをかけるべく、アイージャは切り札を解放する。盾が納められた青色のオーブを作り出し、体内に取り込む。
「ぬうううおおおお……!!」
「これは……! くっ、ならばこちらも……切り札を使うしかない、か!」
凄まじい冷気が吹きすさび、アイージャの身体を覆う。全身を透き通った青い氷の鎧で包み、両肩に巨大なラウンドシールドを装着した姿へと変わっていく。
それを見たリリンは、当面使う予定ではなかった切り札を解禁することを決めた。四の五の言っている場合ではないと、本能で悟ったのだ。
(出し惜しみすれば負ける。ただでさえ押されているのだ、少しでも躊躇すれば……一気に、潰される)
冷や汗を流しながら、リリンは魔力を練り上げる。雷の魔力が膨れ上がり、リリンの全身にみなぎっていく。少しして、冷気が収まると――二人は、相対する。
「特段、身体に変化はないのだな。魔神の中には、大きく姿が変わる者もいると聞いたが」
「妾とリオは肉体の変化よりも装具の変形と強化に力を割いておる。故に、見た目自体はそこまで変わらぬ。……で、貴様も何かするつもりなのだろう? 魔力を全く隠せておらぬぞ?」
「……バレたか。ならば見せてやる。アゼルたちと別れ、行動していた時に……密かに編み出した、切り札だ! 出でよ、ヨルムンガンド!」
リリンがそう叫ぶと、彼女の背中に巨大な雷の塊が出現する。塊はすぐに形を変え、巨大な蛇の姿となった。電撃で出来た大蛇は、真っ赤な瞳でアイージャを睨む。
「ほう、これは面白いものよ。かようなもの、維持するだけで多量の魔力を使うだろうにのう」
「ああ。切り札とは言ったが、まだまだ未完成な代物だ。だからこそ、これまでの戦いには投入してこなかった。仲間を巻き添えにする可能性があるからな」
二人の言及した通り、雷の蛇は今にもリリンの制御を外れ、暴れ出しそうな気配を覗かせている。だが今のリリンにはこれ以外にアイージャに対抗するすべはない。
例え自爆することになろうとも、アイージャを仕留めねば自身の気が収まらないのだ。ヨルムンガンドを見上げ、アイージャはニヤリと笑う。
「ほっほっほっ。結構結構、こうでなくてはつまらぬ。妾と貴様の戦いなのだ、これくらい派手でなくばクライマックスとは言えぬでな」
「……ああ。仕留めてやるぞ、お前を。我が雷で身も心も! 焼き焦がしてやる!」
「ほっ、大きく出たの。なれば、妾は貴様を凍らせてやろう。永遠に溶けることのない、氷壁の中に封じてくれるわ!」
互いに啖呵を切り、二人は走り出そうと一歩足を……。
「はーい、そこまで! 二人とも、それ以上はダメだよー」
踏み出すことはなかった。突如、二人の間に界門の盾が出現し、ひょっこりとリオが顔を出したのだ。
「リオ、何故止める? これからが良いところだと言うに」
「ごめんねー、ねえ様。でも……来ちゃったんだよね、招かれざる客が。しかも、結構な大人数で、さ」
アイージャに抗議されたリオは、謝りつつ懐から水晶玉を取り出し映像を映し出す。そこには、魔神たちの居城……グランゼレイドに近付く者たちが映されていた。
空に空いた巨大な亀裂の中から現れる、無数の飛行戦艦。そして、二人の人間を無理矢理融合させたかのようなおぞましい姿をした、一体の魔獣。
カルーゾの配下たる大艦隊が、アゼルたちを滅ぼすべく攻撃を仕掛けてきたのだ。
「なんとまぁ、これは。ううむ、仕方あるまい。リリン、一旦休戦じゃ。まずはカルーゾの手下どもを潰すぞよ」
「チッ、まあしょうがない。ヨルムンガンドの牙は、連中に向けるとしようか」
渋々ながらも、二人は一時休戦することにした。が、闘志はまだ潰えてはいない。カルーゾの配下たちを撃破したその後は……。
「首を洗って待っていろ、アイージャ。必ずお前に参ったと言わせてやる」
「ハン、若造めが吠えよるわ。寝言は寝て言うがよい」
ライバル心の芽生えた二人の、クライマックスが待っているのだ。




