124話―異形の襲撃者
しばらくの間、三人はのんびりと世間話をしていた。アゼルとリオは、交互に自分たちが行ってきた冒険について語り、絆を深める。
しばらくして、アゼルたちは庭園に戻った。創世六神の主席、時空神バリアスによる挨拶が行われるからだ。その中で、メレェーナへの処罰も言い渡されるという。
「メレェーナさん、どうなるんでしょう。あんまり重い罰にならないといいのですけど……」
「さーね。この件に関しては、ファルっちとフィーくんのりょーぶんだし。あーしにゃあんまりかんけーないんよねー」
メレェーナの処遇について気を揉むアゼルに、ムーテューラは対して興味なさそうにそう呟く。かなりドライな態度を見せる彼女に、アゼルは呆れてしまった。
庭園の中央では、何人かの神が演説台の設営をしている。その様子を遠目に眺めていたリオだったが、突如ピンとネコミミが逆立つ。険しい表情を浮かべ、周囲を見渡し始める。
「リオさん? どうしたんですか?」
「……いやな感じがする。アゼルくん、気を付けて。何かがここに来る。穢れたなにかが」
「なにか、って……」
その時、壇上に一人の青年が上がった。神々のリーダー、バリアスだ。そこかしこから拍手が飛び、歓声が沸き上がる。
「諸君、集まってくれてありがとう。今日、千年ぶりにこうして宴を催すこととなった。我らを裏切りし者たちを葬ることに助力してくれた、英雄を讃えるために」
バリアスが話を始めると、皆が口をつぐみ静かになった。壇上にいる神は、群衆の中にいるアゼルを目敏く見つけ、スッと腕を伸ばす。
他の神々は一斉に腕が示す方向へ振り向き、アゼルを興味深げに見つめる。アゼルは突然のことにぎょっとして身がすくんでしまったものの、すぐに冷静さを取り戻す。
「大地の英雄よ、ここへ。みなに、君の顔をよく見せてあげておくれ」
「は、はい。分かりました」
バリアスに促され、アゼルは演説台の方へ向かおうとする。その時――どこからともなく、耳をつんざく雄叫びが響く。同時に、空の一角に亀裂が走り、空間が引き裂かれた。
直前の雄叫びで神々が怯んでいる間に、空間の裂け目から虎に似た異形の魔物が姿を現す。魔物を見た神々は、悲鳴をあげる。
「うわあああ! な、なんだあれは!?」
「き、気持ち悪い……! なんなのよ、あの魔物は!?」
ところどころが腐敗した、痩せ細った身体。一部の皮膚が千切れ、筋繊維が露出した痛ましい四肢。そして、何よりもおぞましいのは……人の赤子そのものな、血の涙を流す頭部。
魔物は呻き声をあげながら、空間の裂け目より身を乗り出して庭園を見渡す。まるで、誰かを探しているかのように。が、すぐに尋ね人は見つかったようだ。
「グゥ……アアアアァァァ!!」
「あの魔物……狙いはぼくか! なら……サモン・ボーンバード!」
アゼルと目が合った魔物は、再び雄叫びをあげる。今度は、嬉しそうに。そして、背中の皮膚を盛り上げ、体内に格納していた翼を広げる。
地上に降りようとしていることに気付いたアゼルは、骨の鳥を呼び出して背中に跨がる。神々を巻き込まないよう、神殿から離れ空中戦をしようと考えたのだ。
「さあ、こっちに来なさい! お前の狙いは、ぼくなのでしょう?」
「ウウゥ……ウァア……!!」
アゼルの挑発に乗った魔物は、翼を勢いよく羽ばたかせ突進を敢行する。ボーンバードを駆り、アゼルは神殿を離れ雲海へと向かう。
が、それで安泰とはいかず、残った空間の穴から黒い身体を持つ小さな悪魔……インプの群れがアリのようにわらわらと溢れ出てきたのだ。
「戦える者は武器を持て! 魔物どもを聖なる神殿に触れさせてはならぬ! じきにイプシロン・ビットたちも来る。それまで持ち堪えよ!」
「ハッ、かしこまりました!」
バリアスの指示の元、冷静さを取り戻した神々は魔法の武器を呼び出しインプの群れを迎撃する。混乱の最中、リオはアゼルと魔物が飛び去っていった方角を見つめる。
(間違いない、さっきの魔物だ! あのいやな感じの正体は! 一体、あの魔物はなんなんだろう。ここまで怖気が走るのは……千年前の戦い以来だ)
上空から奇襲を仕掛けてくるインプたちを迎撃しつつ、リオはそんなことを考えていた。彼の魔神としての本能が告げているのだ。あの魔物を野放しにしてはいけない、と。
「リーオくん、ちょいちょいこっちこっち」
「なんでしょう、ムーテューラ様」
「さっきの魔物さー、言い方おかしいけど……見覚えある顔してたんだよね。ほら、街の方に迷子の張り紙あったじゃん? あん中の子の一人とさ、似てるんよ」
インプを蹴散らしていると、ムーテューラが声をかけてきた。ステッキでインプたちをド突き回しつつ、女神は真剣な表情でそう語る。
「だからさ、ちょっと助太刀がてら確認してきてよ。あーしの推測が正しけりゃー、ちょっとヤバいことをしでかしてることになるんよ、カルーゾの奴」
「分かりました。あ、そうだ。アゼルくんの仲間たちも一緒に……」
「いやー無理っしょ。あっち見てみ? あんなに囲まれてちゃー連れてけないって」
「……ですね。あそこだけインプの数が桁違いに多い……となると、やっぱりカルーゾが関係していそうですね」
リリンたちも連れていこうとするリオだったが、ムーテューラの指し示す方を見て考えを改める。リリンたちは、他の神々とは桁違いの数のインプに襲われていた。
流石のリオでも、大乱闘状態の彼女たちに事情を説明して連れ出すのは結構難しかった。それに何より、そんな悠長なことをしていたらアゼルの助太刀に間に合わない。
「仕方ありません、僕一人で行きます。あ、そうだ。もし増援が来るようなら、このベルを鳴らしてください。ねえ様たちが助けにくるので」
「およ、あんがと。んじゃ、いてら……あつっ! んのクソインプがァァァァ、雑魚【ピー】の分際で女神の尻を燃やそうとしてんじゃねえぞウルァァァ!!」
「……それじゃ、いってきまーす。いでよ、双翼の盾」
怒り狂うムーテューラを残し、リオはとばっちりを食らわないうちにとアゼルの援護へ向かった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「さあ、こっちですよ! ぼくたちに追い付いてみなさい!」
「アアァァアァァ……」
一方その頃、神殿がある浮遊島から遠く離れたアゼルは、魔物との空中戦を繰り広げていた。ボーンバードを巧みに操り、魔物が放つ粘膜の塊を避ける。
「よし、ここまで離れれば問題はありませんね。ここからは……ぼくが直接戦う! いでよ! ヘイルブリンガー!」
アゼルは得物たる大斧を呼び出し、右手で柄を握る。ボーンバードをUターンさせ、今度は自分から相手へと突撃していく。それを見た魔物は、粘膜の塊を口から吐き出し迎撃する。
毒々しい紫色をしたソレに当たれば、まず間違いなく大怪我をすることになるだろう。アゼルとしても、絶対に食らいたくない、いやーな攻撃であった。
「ウェ……ゴプ、ガパァッ!」
「そんな攻撃、当たりませんよ! ジオフリーズ!」
粘膜弾が迫ってくるなか、アゼルはヘイルブリンガーを掲げ猛吹雪を巻き起こす。粘膜の塊はあっという間に凍り付き、勢いを失い雲海へ落ちていった。
距離があったとはいえど、魔物も巻き込まれずに済んだわけではないらしく、苦悶の声を漏らしながら身悶えしていた……が。アゼルの耳は、微かだが捉える。
「アアァァアァァ……ィ、イタイ……!」
「え? あの魔物、今……はっ、しまった!」
苦悶の声の最後に、小さく掠れた声で、人の言葉を……『痛い』と喋ったのを。呆気に取られているアゼルの隙を突き、一気に距離を詰めてきた。
しかし、不思議なことに魔物はアゼルやボーンバードに攻撃を仕掛けてこず、すぐ脇を通過して背後に回り込んだだけだった。だが、だからこそアゼルは見てしまう。
「今のは……!? そんな、まさか! なんで……」
血の涙を流す魔物の目の奥にいる、肩から下を解体され、魔物の臓器と融合させられている一人の少女を。
「女の子が、魔物の中に? あの魔物は、一体……」
アゼルの問いに答える者はいない。遥かなる雲海の空にいるのは、茫然自失の状態にある少年と……。
「アアァァアァァアアアアァァァ!!」
――おぞましい叫びを放つ、異形の魔物だけなのだから。




