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121話―楽園への誘い

 ジルヴェイドを倒し、暗域より帰還したアゼルたち。戦いから七日が経ってなお、カルーゾは動きを見せない。アゼルは日々、襲撃に備え帝都の見回りを行う。


 が、ずっと見回りをしていては疲れてしまうということで、休みを貰ったアゼルは一人、久しぶりに霊獣の森を訪れていた。ムル親子のもふもふを堪能しようと考えたのだ。


「さーて、ムルさんたちは元気かな……。最近は守護霊として呼ぶ機会がありませんでしたし、元気にしてるといいんですけど……」


 そう呟きながら、森の中を進むアゼル。森には穏やかな気配が満ちており、動物たちがのんびりしていた。それだけで、ムル親子が健在だとアゼルは理解する。


「今日も森は平和みたいですね。うん、いいことで……ん?」


『おお、誰かと思えば。アゼルではないか、久しいな。息災にしているか?』


「ムルさん! お久しぶりです、ぼくは元気ですよ」


 のんびり森を散策していると、動物たちがサーッとはけ、道を開ける。直後、ムーとルーを伴った鎮守の獣ムルがアゼルの前に姿を現した。


「くーん、くーん」


「きゅう、きゃうん」


「わあ、ムーとルーも大きくなって……。立派になりましたね、かっこい……わぷっ!」


 最初に会った時は小さかったムルの娘たちも、今では体高がアゼルの身長を超え、次代の鎮守の獣に相応しい体格へと成長しつつあった。


 ……が、甘えん坊な性格は全く変わっていないらしい。二頭は千切れんばかりにしっぽを振りつつ、アゼルにまとわりついて揉みくちゃにする。


『これ、ムーにルー。あまり揉みくちゃにしてやるな、お前たちももうすぐ大人になる。あまりじゃれ過ぎると、怪我をさせてしまうぞ』


「くーん……」


「きゅん……」


 ムルに諌められ、二頭はしぶしぶアゼルから離れる。その際にペロッと顔を舐めていったため、アゼルの顔面はべたべたになってしまう。


「久しぶりに味わいましたよ、もふもふの洗礼……」


『済まないな、身体ばかり大きくなっても頭の中はまだまだ子どもなのだ。……ところでだ。ここ最近、何やら森の外が騒がしかったが、何かあったのか?』


「ええ、実は……」


 木漏れ日が差し込む広場に場所を移し、アゼルはこれまでに起きた出来事をムルたちに語って聞かせる。カルーゾ率いる堕天神の襲来、ベルドールの魔神たちとの出会い。


 十日程度の短い時間に起きた、あまりにも密度の高い出来事の数々を聞き、ムルはしっぽを振る。ムーとルーは、とうの昔に飽きて寝ていた。


『なるほどな。それにしても、ガルファランの牙との戦いが終わったと思えば次は神、か。そなたも、休まる暇がなくて大変であるな』


「ええ。でも、それがぼくの役目なので。この大地は、ぼくにとってかけがえのない故郷ですからね」


『……そうか。そなたは偉いな。どれ、褒美に我の腹に埋まって昼寝でもさせて……む? この気配……アゼルよ、何か来るぞ』


 その時。アゼルたちから少し離れた場所に、白い光の柱が降り注いだ。あまりの眩しさに、アゼルとムルは耐えきれずまぶたを閉じる。


 少しして、光が集束し柱が消えた。一人と一頭がゆっくりとまぶたを開くと、肩と腰に垂れ布が付いた、白い鎧を身に付けた中性的な容姿の少年が立っていた。


「あなたは……どちら様でしょう?」


「はじめまして。あなたがアゼルさんですね? 僕はフィアロ。カルーゾの後任として、審判神の座に着いた者です」


「カルーゾの……」


 少年――フィアロの言葉に、アゼルは思わず身構えてしまう。すると、フィアロは両手を上げ、敵意がないことを示す。


「ご心配なく。僕はカルーゾとは違って、あなたたちに敵対するつもりはありませんから」


「そうですか。それで、カルーゾの後任の神様が、一体何の用でしょうか?」


「はい、実は……あなたにこれを渡そうと思いまして。どうぞ、お受け取りください」


 そう言うと、フィアロは懐から一枚の封筒を取り出しアゼルに手渡す。封筒の表面には、創世六神の象徴たるオーブを象ったマークが刻まれていた。


「これは……招待状、ですか?」


「はい。我々に代わり、堕天神たちの討伐を進めてくれているあなたたちに、お礼をしたいと考えまして。そこで、僕たちの世界に招待し、おもてなししようと思った次第です」


「神様たちのおもてなし、ですか……」


 そう呟きながら、アゼルは封筒を見つめる。後ろからムルが覗き込み、興味深そうにくんくん匂いを嗅いでいた。


『ほう、名誉なことはではないか。神々の世界に招かれるなど、まずあり得ぬことだからな』


「今すぐに、とは言いません。そちらにも都合があるでしょうから。三日後、返事を聞きにまた来ます。その時に、返事をお聞かせください」


「分かりました。お姉ちゃんたちと相談してみます」


「かしこまりました。では、三日後にまた会いましょう」


 アゼルは懐に手紙をしまい、フィアロにそう答える。深々とお辞儀をし、右手を頭上に掲げる。すると、再び光の柱が降り注いできた。


 アゼルたちが目を瞑っている間に、神は自身の住まう世界へと帰っていった。森に静寂が戻り、心地よいそよ風が広場を吹き行けていく。


『やれやれ、予想だにしなかった客が来たものだ。して、アゼルよ。あの者からの誘い、受けるのか?』


「うーん、皆と相談しないとですね。ぼくたちが留守の間に、カルーゾたちが攻めてくるかもしれませんし。まあ、とりあえず……今は、疲れを癒すとしましょうか」


『それがいい。さ、我の腹を貸してやろう。疲れが取れるまで、ゆっくり眠るがよい』


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ムルはごろんと寝転がり、アゼルへ腹を向ける。あったかふかふかのお腹に寝そべり、アゼルは目を閉じた。あっという間に眠りに落ち、すーすーと寝息を立てる。


 毛布の代わりにしっぽをアゼルの身体に乗せ、ムルは慈愛のこもった声で小さく呟く。


『おやすみ、アゼル。よい夢を』


 鎮守の獣に見守られ、アゼルは穏やかな眠りを堪能するのだった。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……まだ足りぬか。我が血をふんだんに与えたというのに、何故完成しない? 他に何が必要だというのだ」


 その頃。暗域の一角、寂れた研究所の奥深くに、カルーゾがいた。ジルヴェイドの肉体を奪い、闇の眷属の力を取り込みつつかの堕天神はとある研究に没頭していた。


 しかし、納得出来る成果を得られていないらしく苛立たしげに机に拳を叩き付けている。彼の目の前には、ケーブルに繋がれた筒状の装置があった。


 装置の中は特殊な培養液に満たされ、そこに……幼い少女が浮かんでいる。首から下を解剖され、肋骨と臓器が剥き出しとなった状態で。


「これまで様々な手を尽くしてきた……だが、肉体同士がどうしても馴染まん。幼子とはいえ、やはり神に闇の眷属の肉体を融合させるのは困難か……」


「……カルーゾ様、ご報告いたします。つい先ほど、例の大地……ギール=セレンドラクにてファルダ神族の反応を検知しました。恐らく、創世六神の誰かが、あの少年と接触したかと」


「なに? 今動く余裕があるとすれば……チッ、我が後任の者か。面倒なことをしてくれる」


 唯一生き残っている己の配下、伴神からの報告を受けカルーゾは舌打ちする。神々とアゼルが接触する。その意味を理解出来ないほど、彼は愚かではない。


「早急に対策しなければならん。奴らが親睦を深め、連携するようになれば研究どころではなくなる。……仕方ない、()()()を実戦に投入するか」


「よろしいのですか? ()()は、まだ未完成のはずですが」


「未完成でも、実用的なデータは取れよう。幼子は、まだ三人いる。一人失ったとて痛手にはならん。それに……」


 装置の中に納められた少女を見上げながら、カルーゾは邪悪な笑みを浮かべる。つう……と筒の表面を撫でながら、堕天せし神は言葉を口に出す。


「この戦いを通して、足りないモノが何か分かるやもしれぬ。そうなれば、我が研究……『神魔合身』計画の成就に近付くからな」


「かしこまりました。動きがあり次第、また報告いたします」


「任せたぞ。それと、隠密の結界をさらに強化しておけ。ベルドールの七魔神どもに、ここを嗅ぎ付けられては困るからな」


 伴神ドゥノンは主の言葉に頷き、一礼した後部屋を去った。一人残ったカルーゾは、機材を取りに奥の部屋へと向かう。


「さて、続きをしようか。必ず、この研究を完成させてやる。そうなれば……我が野望は叶う」


 そう呟き、カルーゾは部屋を出る。装置の中、深い眠りについている少女の頬を一筋の涙が流れていったのを……知る者は、誰もいない。

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― 新着の感想 ―
[一言] カルーゾの後任も随分と早く決まったな(ΘдΘ) 今度のはキチンと教育出来てんだろうな(。-ω-) しかし件のカルーゾもマッドな研究してるけど以前にも居なかったか?こういう後がヤバイ研究して…
[一言] カルーゾ、首を洗って待っていろ。
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