113話―たのしいたのしいおあそび
結界を破壊し、帝都の中へ戻ることに成功したアゼルたち。だが、街の様子が何やらおかしい。人々がそこかしこに集まり、バカ騒ぎをしているのだ。
「パーティー最高! いぇーい!」
「はーい、一発芸やりまーす! それっ、腹踊り~!」
「いいぞー、やれやれー!」
屋内のみならず、大通りのあちこちにテーブルが並べられ、どんちゃん騒ぎのお祭り状態。みな浮かれきってはしゃいでおり、その様子を見たアゼルたちは唖然としてしまう。
「……なんなのだ、これは。こいつらは一体何をやっている? 今日は祝い事のある日ではないはずなのだが」
「ええっと……と、とりあえず城に向かいましょう。シャスティお姉ちゃんたちと合流して、何が起きたのか聞かないと」
「それがよさそうですな。……しかし、うっすらとかかるこのピンク色のもや……何やら不可思議な気分にさせられますな。あまり吸わない方がよろしいかと」
堕天神による襲撃が起きているものと思っていたアゼルは、困惑しつつもリリンとヴェルダンディーを伴い城を目指す。先へ進むにつれて、もやが少しずつ濃くなっていく。
それに比例して、アゼルとリリンにもとある変化が起きはじめていた。漠然とした感覚であるが、楽しくなってきたのだ。
「何故だろうな、心が浮き立つような気分だ。……もしや、このもやの効果か?」
「かもしれませんな。ま、我輩は鼻がないので特に何ともありませんが……アゼル殿、斧に刻まれたルーン文字の力を使ってみては如何ですかな?」
「そうですね。このままだと、ぼくたちまでパーティーに参加しちゃいそうですし……。クリアルーン……イビルクリーナー!」
謎の高揚感に支配されつつあったアゼルは、ヴェルダンディーの助言に従い、斧の刃に刻まれた二つ目のルーン文字列の力を解き放つ。
すると、斧の刃が白く輝き、身震いするほどに冷えきった風が巻き起こる。アゼルを中心として、八メートルほどに渡って突き抜けた突風によりもやは霧散した。
「さ、寒い! でも、もやがどこかに行ったおかげで、気分も元に戻りました」
「今しがた使ったルーンには、使用者にとって害となるモノを消滅させる力があります。ただし、範囲を広げればその分魔力の消耗も多くなるので気を付けなされ」
「分かりました。それにしても、凄い能力が付与されましたね」
「ええ。暗域一の名匠の手で生まれ変わりましたからな。凍骨の大斧改め……『魔凍斧ヘイルブリンガー』は」
アゼルは嬉しそうに頷き、歩みを再開しようとしたところで……刃に刻まれたルーン文字のうち、二列が明滅していることに気が付いた。
どちらも、つい先ほどアゼルが使用したルーンマジックに対応している文字列だ。一つは赤く、もう一つは白く光ったり消えたりを繰り返している。
「そうそう、言い忘れておりましたが……ルーンマジックは一度使うと、魔力の補充のためしばらく使えなくなりますぞ」
「えええっ!? そんな大切なこと、もっと早く言ってくださいよ!」
不思議そうに刃を眺めていたアゼルに、ヴェルダンディーはそう告げる。再使用に制限がかかっているなど知らなかったため、想わず抗議の声が出る。
「不便なものだな。その名匠とやらの力でもどうにもならなかったのか、それは」
「意図的に付けられたモノなのですよ、これは。ルーンマジックは、用いる度に使用した者に大きな負荷をかける。我輩たち闇の眷属ならば問題ありませんが、貴公ら大地の民にその負荷は……強すぎる」
リリンの疑問に、ヴェルダンディーは何故リミッターが掛けられているのかを説明する。ルーン文字を利用した力を行使するのは、一筋縄ではいかないようだ。
「再使用までのクールタイムを設定せず、連続で何度も使用していれば……最悪、死ぬことになります。なので、魔力の補充というリミッターを掛け、肉体にかかる負荷を軽減しているのですよ」
「なるほど、ちゃんとした理由があるのですね……。ところで、再使用出来るようになるでどれくらいかかるんですか?」
「そうですな、ルーンマジックを行使した規模によって変わりますが……今回の規模ならば、シールドブレイカーは一日、イビルクリーナーなら二十分ほどで再使用可能になりましょう」
「……かなりバラつきがあるな。まあ、あれだけ大きな結界を破壊したのだからそれくらいは……む、何か来る。二人とも、気を付けよ」
城まで残り数メートル、というところまで到達したその時。城の方からナニカが近付いてくるのを、リリンが察知した。アゼルたちが身構えると、羽ばたきの音が近付いてくる。
「あー、まだ楽しいことしてないのはっけーん! キャハハハハハ!!」
「貴様だな? 街をこんなににした原因は」
現れたのは、豊満な肉体を真っ黒なラバーボンテージで包んだ美女であった。腰にはコウモリのような羽根があり、尻の付け根には細いしっぽが生えている。
相手の姿が視認出来る距離になると、リリンはアゼル目の目を素早く手で覆った。幼いアゼルには、相手の姿は刺激が強すぎると判断したらしい。
「キャハハハハハ、そーだよぉ? あたしはメレェーナ。千変神ファルティールサマにお仕えしてた、元伴神だよーん。『快楽』の神能を司ってましたー、あっははは!!」
「……なるほど。もうだいたい分かった。何故貴様がこんなことをしたのかはな」
「リリンお姉ちゃん、何も見えないです……」
ハイテンションで自己紹介する伴神――メレェーナを見て、リリンは帝都で何があったかだいたい察した。彼女の持つ何らかの力により、みなお祭り騒ぎ大好きにされてしまったようだ。
「すごいでしょー? みんなね、やーなこと忘れてぱーっと大騒ぎ出来るようにしてあげたの。この方が楽しいからね!」
「ということは、特段街の住民に危害は加えていない、ということですかな?」
「そーだよー。みぃーんなみんな、あたまあっぱらぱーのぺっぺけぺーにしてあげたの」
「おもいっきり危害加えてるではないか、貴様!」
さらっととんでもないことを言い出すメレェーナに、リリンはすかさず突っ込みを入れる。それが面白くなかったらしく、メレェーナはぷうっと頬を膨らませた。
「ふーん。なにさなにさ、自分たちだけのけ者にされたからって拗ねちゃって。心配しなくても、仲間に入れてあげる。そっちのちびっこは別だけどね! それっ!」
「ぬおっ!? くっ、面倒な!」
メレェーナは遥か上空に舞い上がり、がちゅっと投げキッスすると、ピンク色のハートが二つ生成される。すると、地上にいるアゼルたちの元に流星のように落ちてきた。
慌てて飛び退き、三人は迎撃体勢を整える。リリンは魔力の鞭を、ヴェルダンディーは炎に包まれたレイピアを呼び出す。アゼルは一瞬相手を見てはずかしがるも即座に、斧を投げる。
「それっ! 戦技、トマホークウィング!」
「べー、そんなの当たんないよー……ひゃあっ!?」
「いいえ、絶対に当たりますよ。バインドルーン……キャプチャーハンド!」
ヘイルブリンガー自体は避けられてしまったものの、アゼルは慌てることなく第三のルーンマジックを発動する。刃が緑色に輝き、柄の先端に穴が開く。
そこから緑色をしたスライムのような不定形のナニカが現れ、大きな手に変化する。その手がメレェーナを掴み、身動きを封じてみせた。
「でかしたぞアゼル! 食らえ! サンダラル・アロー!」
「我輩も続きましょう。炎の牙!」
そこへすかさず、リリンとヴェルダンディーが追撃を放つ。雷の矢と、狼を模した炎の塊がメレェーナ目掛けて飛んでいく。攻撃は、見事メレェーナに直撃した。
「よし、決まったな。これなら……何!?」
「ぜ、全然傷が付いてない……!」
「なかなかやるじゃーん。でも、効いてないんだよねー」
多少ボンテージがこげた程度で、メレェーナ本人は全くの無傷であった。手を振りほどき、堕天神は妖艶な笑みを浮かべる。
「それじゃあ……もーっと、楽しいことしよっか?」
遊びの時間は、まだ……始まったばかりだ。




