109話―獣王の帰還
リリンたちの必死の抵抗により、千の獣の王はついに自我を取り戻した。が、かつて盾の魔神と戦い、その果てに死んだはずの自分が何故生きているのか分からず、混乱していた。
「……一体、何がどうなっている? 見たところ、ここは……キュリア=サンクタラムではないようだが……」
「何とか、なったな……。ひとまずは安心……だけど、もうダメだわオレ。毒で死ぬ……」
ギリギリのところで意地を見せつけたカイルだったが、既に全身に毒が回りつつあった。このまま放置すれば、ガローが追い付く前に死ぬ。
状況をほぼ理解出来ていないダーネシアでも、倒れている三人を自分が傷付けてしまったことだけは理解していた。腰にサソリの尾を生やし、もう一度カイルを刺す。
「おうふっ!? お前、何しやが……あれ? なんかスッキリしたな」
「解毒用の体液を注入した。これでもう、安心だろう。済まないことをしたな、大地の民よ。……出来れば、何が起きているのかを教えてもらいたいのだが」
「それなら、私から話そう。とはいえ、当事者ではないからあまり詳しくは話せないがな」
一連のやり取りをしている間に、ある程度体力が回復したリリンが身体を起こす。そして、ダーネシアにこれまでの一部始終を話して聞かせる。
「……なるほど。かの魔神との戦いに敗れ、己が死んでからはや千年。堕天神なる者どもに、手駒として蘇生させられた……ということか」
「ああ。だいたいそうなるな」
「そうか。……そういえば、お前たちから……僅かだが、懐かしい匂いがする。もし知っているなら、教えてくれないか。我が宿敵は……健在か?」
「ピンピンしてたぜ、アタシらがあった時は。ネコミミのガキんちょだろ? 闇の眷属ども相手に大立ち回りしてたぜ」
口の周りに付いた吐瀉物を拭いつつ答えるシャスティを見て、ダーネシアは嬉しそうに微笑む。ゆっくりと目を閉じ、遠い過去を思い出しながら呟く。
「……そうか。息災であったか。喜ばしいことだ。……さて、知りたいことは知れた。次は……後始末をするとしよう」
ピクピクと耳を動かしながら、ダーネシアはそう口にし……背後を振り返る。洞窟の奥から、ガローが現れ……何が起きたのかを、即座に理解した。
ダーネシアが自分のコントロールを離れ、かつての己を取り戻したことを。不機嫌そうに顔をしかめながら、ガローはリリンたちを順に睨む。
「余計なことをしてくれたようだな。せっかく用意してもらった駒を解放しやがって」
「貴様か、己をいいように操っていたのは。……覚えているぞ、貴様が鎮魂の園に押し入り、眠りに着いていた己の魂を連れ出したのは」
「フン、そのおかげでまた生を謳歌出来るんだ。感謝されこそすれど、恨まれる道理はないなぁ」
「あるさ。我ら闇の眷属には、こんなことわざがある。『死者は闇に、キカイは歯車に。終わりし者と赤子は眠らせよ』。貴様は禁忌を犯した。無理矢理に死者を蘇らせるという禁忌を」
次の瞬間、ダーネシアの身体から凄まじい殺気が放出される。ソレを向けられていないリリンたちですら、あまりの恐怖に発狂してしまいそうになる。
「ガローと言ったな。貴様には裁きを与えねばならぬ。死せる虎の眠りを妨げた罪、贖え」
「ぐわっはははは!! こりゃ面白いことを言うもんだ。言っておくが、いくらお前がかつての強豪とはいえ、神に勝てる道理などないぞ。オレサマの筋肉の前に滅び去るのがオチだ!」
「……そうかな? 本当にそうなのか……試してやる。そこの娘、済まぬが貴君の鎚を借りてもよいか?」
「え、ん、あ? あ、ああ、別にいいぜ。ほら」
すっかりフリーズしていたシャスティは、ようやく我に返る。ハンマーを呼び出し、ダーネシアに手渡す。数回素振りをしたあと、獣の王はニヤリと笑う。
「やはり鎚は良い。しっかりと手に馴染む。さあ、来るがいい。神を名乗る者よ。己を殺してみせるがいい」
「ぐわっははは! 身の程知らずめ、なら望み通りもう一度に鎮魂の園に送ってやる!」
自信満々に叫ぶと、ガローは猛スピードで走り出す。巨体から繰り出される突進は、並の者であれば止めることすら叶わず、轢き潰されるだろう。
そう、並の者であれば。だが……ダーネシアは違う。遥か昔、魔王の片腕の一角として名を馳せた者が、簡単に倒せるわけはない。
「ビーストメタモルフォーゼ……モード・オックス! ……ぬううぅぅん!!」
「ごぶあっ!?」
ダーネシアの姿が変わり、頭部に牛のように立派な二つのツノが現れる。暴れ狂う猛牛のような剛力を以て、力任せにハンマーを振るい……一撃で、ガローを洞窟の外にぶっ飛ばした。
リリンたちがいる場所から、洞窟の入り口までは一キロ近くある。それに、ガローもその巨体に相応しい重量がある。にも関わらず、吹き飛ばされたのだ。
「マジかよ……一瞬で見えなくなったぞ。なんつーパワーだよ……」
「文献にもいろいろ記述されていたが……生で見ると、こう……規格外にも程があるな……」
圧倒的なパワーを目の当たりにしたシャスティとリリンは、思わずそんなことを呟く。単純な殴打の一発だけで対処してみせたことに、脱帽していた。
「この感触……まだ死んでいない。ここは狭い、下手に暴れれば崩落する危険がある。闘るならば外だな。お前たち掴まれ。外に出るぞ。ビーストメタモルフォーゼ……モード・パンサー!」
リリンたちを背中に乗せ、ダーネシアはヒョウの獣人へ変身し走り出す。三十秒もしない間に、洞窟の外に到着する。で、肝心のガローは……岩盤にめり込んでいた。
いや、めり込むというよりほぼ埋まっていた。五十センチメートルくらい。それでも原型を保ち、生きているという事実が、神の耐久力を物語っている。
「よ、く、も……やってくれたなぁ……! たかがケモノの分際でぇぇ……オレサマを吹っ飛ばしてくれたなあ!!」
「御託はいらん、来い。貴様も神の一角なのだろう? なら、その力を見せてみろ。それとも、尻尾を巻いて無様に逃げ帰るか?」
「黙れ! 二度とそんな口を利けぬよう粉々にしてくれるわ! フリッカー・ナーグル!!」
背中からリリンたちを下ろし、洞窟の入り口に待機させつつダーネシアは相手を挑発する。激昂するガローは、目にも止まらぬ速度で走りダーネシアに接近する。
懐に潜り込み、凄まじい威力を誇るアッパーを叩き込んだ。
「どうだ、オレサマの拳は! 貴様の顎など粉々だぞ!」
「ああ、そうだな。だが、その程度で己の反撃を止められると思っているのなら……判断が甘い!」
「! おのれっ!」
直後。顎を砕かれたというのに、ダーネシアは何事もなかったかのようにハンマーを振るう。今度は回避が間に合い、ガローが後ろに下がった次の瞬間。
それまでガローが立っていた場所に、クレーターが現れた。それから少し遅れて、衝撃波が発生しガローに襲いかかる。大地が砕け、土煙が立ち込め視界が遮られる。
「ぬぐうぉっ! ……む、いない!? どこに消えた!?」
「己ならばここだ、神よ。では、そろそろ技を使わせてもらうぞ」
土煙が晴れると、そこにダーネシアはいなかった。周囲を見渡していると、聞こえてきた。死を告げる、羽ばたきの音が。直後、ガローの身体がふわりと浮き上がる。
「モード・ファルコン。さあ、受けてみよ。眠りから覚めし……千の獣の王の技を! シャトルフープ・ドライブ!」
「むおっ……!!」
ハヤブサの力を宿したダーネシアは、何度も縦回転しながら上昇していく。巨大な爪を備えた両足で、ガローの肩をガッチリと掴んだ状態で。
空高く舞い上がった後、今度は急降下する。地面に激突する寸前――もう一度だけ回転し、ガローを大地に叩き付けた。ありったけの、パワーを乗せて。
「ぐっ、がはっ……」
「これで終わるつもりはない。獣の怒りは深く、執拗だ。その事……身を以て知れ」
裁きの時間は、まだ終わらない。




