108話―ネクロ・リターン
「お前、何でここにいんだよ」
「いや、そりゃこっちのセリフだっつの。こんな人っ子一人いねーとこで、何やってんだ?」
ダーネシアの動きが止まっている間に、リリンたちはカイルと合流を果たす。互いの口から飛び出したのは、もっともな疑問であった。
「いや、オレは闇霊どもを追ってあちこち移動しててな。今度はエルプトラ方面に行こうと思って、この辺を突っ切ろうとしたら……ってわけよ」
「なるほど、そちらの事情は分かった。こちらの事情も説明したいが……」
「ゴルアアァァァ!!」
「……生憎、その時間はなさそうだな。済まぬが、手伝ってくれ。千年前の獣を眠らせるのを、な」
カイルが何故ここにいるのかを聞いたところで、ダーネシアの四肢が再生を完了させたようだ。痛みを感じる能力は残っているらしく、唸り声をあげている。
狙いをカイルに切り替え、ダーネシアは攻撃を再開する。翼を消し、今度は背中全体に鱗を纏いつつ身体を丸め、アルマジロのように転がりながら突進を行う。
「へっ、またオレの魔弾で貫いて……」
「させぬわああぁ!! ビッグアーム・ナーグル!」
「まずい、ハッ!」
「おあっ!?」
銃へ弾丸を装填し、迎え撃とうとするカイル。しかし、そこへ復活したガローが襲いかかる。頭上から不意打ちのパンチを放ち、叩き潰そうとしてきたのだ。
リリンはシャスティと共に退避しつつ、魔力の鞭を伸ばしてカイルを絡め取る。そして、力任せに鞭を振るい、強引にカイルを攻撃範囲から逃がした。
「な、なんだこのデカブツは!?」
「簡単に言うと、ソイツは神だ。堕天したヤツだけどな。で、あっちのはむかーし死んだすげえ獣だ。それだけ覚えとけ」
「はあ? シャスティ、そりゃどういう……」
「このクソ【ピー】どもめが! よくもオレサマの●●●を抉ってくれたな! オレサマが神じゃなかったら一生【ピー】になるとこだったじゃねえか!」
カイルたちの声がかき消されるほどの大音量で、ガローは怒りをブチ撒ける。興奮し過ぎるあまりところどころ滑舌が悪くなっており、辛うじてワルい言葉は聞こえなかった。
「だー、もう復活しやがった! でも……ま、三対二ならまだなんとかな……」
「グルガァッ!」
「……りそうもねえこりゃあよ! お前ら、逃げるぞ!」
ダーネシアの身体がまたしても変化し、全身を装甲のような鱗で覆いつつ、再び背中に翼を生やす。それに加え、両手がドラゴンの頭部へ変化した。
開かれた口からは、元気に炎が吹き出している。本物同様、ブレスを吐く能力まで備えているようだ。これには流石に太刀打ち出来ず、逃げるより他はない。
「よーし、いいぞダーネシア! お前の中に眠る千の獣の遺伝子をどんどん解放しろ! オレサマの●●●を抉りやがった【ピー】どもを、同じ目に合わせてやれ!」
「グル……グ……あぁ……」
「チッ、不具合か! こんな時に面倒な!」
……と、思われたその時。突如ダーネシアの動きが止まり、よろめきながら苦悶の声を漏らす。額に装着しているサークレットの中央部にある、宝玉が赤く輝く。
「なんだ? 突然どうしたというのだ、アレは」
「突然苦しみ始めたぞ、あいつ。どうしたってんだ?」
「ありゃあ、もしかして……いや、とりあえず今は離れるぞ。このままじゃ手が打てねえからな」
突然の事に、リリンとシャスティは驚く。一方、カイルは何か思い当たるフシがあるらしい。が、まずは自分たちの安全を確保するのが最優先。
サークレットの整備を始めたガローを無視し、三人は一度戦場から離脱する。数キロ離れた場所にある岩山に逃げ込み、洞窟の中に身を隠す。
「はー……ここまで逃げりゃ、そうそう追い付いてはこねえだろ。にしても、あの獣野郎はどうしちまったんだろうな」
「……これはオレの推測だが、恐らくアレは理性を取り戻しつつあるんだと思う。屍の使役にしくじったネクロマンサーがよくやらかすんだ、ああいうのを」
「ふむ。流石、アゼルの兄だ。もう少し詳しく聞かせよ」
カイルの言葉から、突破口を見出だせるかもしれないと考えたリリンはそう口にする。カイルは頬を掻いた後、話の続きを口にした。
「ネクロマンサー三派閥のうち、屍肉派の中でも未熟なヤツがやらかすことがあるんだ。屍に理性を宿しちまうようなミスを」
「ふーん。アタシにゃよくわかんねえや。何が問題なんだ?」
「屍に理性が宿るということは、生前の記憶と人格を取り戻すってことだ。物言わぬ死体なら、いくらでも操れる。でも、自我を取り戻されるとそうもいかない。激しく抵抗されるからな」
己自身の死体をいいように操られ、気分を害さない者はいないだろう。術者の支配から逃れ、自由を得るためならどんな暴走も辞さない。
「……つまり、だ。何とかしてあのダーネシアという者に理性を取り戻させれば、私たちの味方に付けられるかもしれない……ということだな?」
「へえ、面白えこと言うな。でもよぉ、実際のところ……こっちに付く可能性はあんのか?」
大胆不敵な提案をするリリンに、シャスティはそう尋ねる。仮にダーネシアをガローの支配から解放し、理性をよみがえらせたとて、味方に着くとは限らない。
最悪、全員の敵に回り三つ巴の戦いに発展してしまう可能性もあるのだ。そうなれば、いよいよリリンたちに勝ち目はなくなってくる。
「いいや、案外あるやもしれんぞ? 文献では、ダーネシアは高潔で思慮深い戦士であったと記されている。理性さえ取り戻させれば、味方にはならずとも不要な戦いは避けてくれるはず」
「そんなことはまずねえなぁ! お前らはここで死ぬんだからよぉ! やれ、ダーネシア!」
「グガァオオォ!!」
その時。リリンたちの匂いを追跡してきたダーネシアとガローが、とうとう三人に追い付いたのだ。洞窟の外から、中に向かって灼熱の炎がほとばしる。
「げっ、もう来やがった!」
「チッ、なら! バレットスキン……アクアウォール! 今のうちに逃げるぞ!」
迫り来る炎に向かって、カイルは四発の弾丸を放つ。途中で弾丸が弾け、分厚い水の壁となって炎を遮断する。どうにか難を逃れた三人は、洞窟の奥へ逃げ込んだ。
「フン、ムダなことを。どこに逃げようと無意味だ! 千の獣からは逃げられんぞ、絶対にな!」
「ググウゥゥ……」
ガローが合図すると、ダーネシアの身体が縮み始めた。しばらくして、黒光りする小さなサソリへと姿を変えたダーネシアは洞窟の奥へと進んでいく。
「さぁて、狩りの始まりだ。どうせ逃げ場などないのだ、ゆっくりと追い詰めてから殺してやるとしようか」
リリンたちを追跡するダーネシアを追いながら、ガローは歪んだ笑みを浮かべる。一方、辛くも奇襲から逃れた三人は洞窟の奥深くにて作戦を練っていた。
「さて、どうやって理性を取り戻させるか……決めねえとな」
「ああ。だが、生憎私とシャスティはそういう類いの知識を持ち合わせていない。カイル、お前に一任しても大丈夫か?」
「いいぜ。オレだってネクロマンサーの端くれだ、カルカロフの名にかけて……やってやるよ」
幸いにも、洞窟は岩山の反対側と繋がるトンネルになっていたため追い詰められることはない。三人は奥へと移動しつつ、議論を交わす。
「オレとしては、あのサークレットが怪しいと睨んでる。多分だが、あれでよみがえりつつある理性を抑え込んでるんだろうな」
「とすれば、サークレットを破壊すればチャンスはある……ということだな?」
「恐らく、な。ま、それで無理なら、オレのネクロマンサーとしての技術でなんとか……!? いてっ!」
話が纏まりかけたその時、カイルの脚に痛みが走る。見ると、一匹のサソリが針を突き立てていたのだ。――ダーネシアが変じた、あのサソリが。
「カイル! だいじょ……くっ、もう追い付かれたのか!?」
「しょうがねえ、こうなったらもうやぶれかぶれだ! やるしかねえ!」
カイルの身体が崩れ落ちるのと同時に、ダーネシアが元の姿に戻る。濁りきった両の瞳でリリンたちを見つめながら、ゆっくりと歩き出す。
もはや、他に手はない。望みをかけ、二人はダーネシアの頭部に装着されたサークレットに全力で攻撃を叩き込む。
「うおらあっ!」
「ガル……ルァッ!」
「うぐっ……げえっ!」
ハンマーを呼び出し突進するシャスティだったが、みぞおちに拳を叩き込まれ吹き飛ばされる。うずくまって嘔吐している仲間に変わり、リリンが立ち向かう。
「これ以上は進ませぬ! バイドチェーン! からの……サンダラル・アロー!」
「ガルッ……ガフゥッ!!」
「かた……くあっ!」
鎖で相手の身体を縛り、動きを封じつつ雷の矢を放つ。矢はサークレットに直撃するも、宝玉に僅かにヒビを入れただけで終わった。
直後、鎖が砕け散り、リリンの身体に蹴りが打ち込まれる。シャスティの元に飛ばされ、仲間と激突してしまう。
「くっ、げほ……ここまで、か。私たちの、戦いは……」
「ゴルルルルルル……」
倒れ伏す二人を見下ろし、ダーネシアはゆっくりと腕を振り上げる。鋭い爪で肉を、骨を引き裂くために。――が、その腕が振り下ろされることはなかった。
「待てよ……ケモノ野郎。まだ一人……仕留め損ねてるぜ」
「ガル? ガァッ!?」
直後。空気を切り裂き、一発の弾丸がサークレットに嵌め込まれた宝玉を砕く。全力を振り絞り、毒に犯されながらもカイルが一発を見舞ったのだ。
「戦技……六重奏の弾丸。六発分の弾丸を、一つに纏めた。こいつは……キクぜ?」
「グぅ、お、おおぉ……」
呻き声をあげ、額を押さえながらダーネシアは後ろへ数歩よろめく。片膝を突き、頭を垂らしたまましばしの間沈黙を保つ。
「……やった、のかよ?」
「分からん……だが、成功していなければ……ここで、私たちが死ぬだけだ」
シャスティとリリンがそんなやり取りをしていると、ゆっくりとダーネシアの頭が上がる。顔を覆っていた手が離れると、そこには……理性を宿した、瞳が見えた。
「ここは、どこだ? なぜ……己は、生きている? お前たちは……何者なのだ?」
誇り高き獣の王が、帰還した。




