プロローグ
あの日、何故僕はあんな奥地に行ってしまったのだろうか。
――後悔だけが胸にずっと巣くっている。
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辺境地、某所寒冷地帯。
ここは、飛空艇等の乗り物や日常の生活でも使用されるエネルギー物質、スルツニウムの採掘場だ。
そこで採掘屋として生計を立てている両親の手伝いをしながら、飛空艇乗りを夢見る少年がいた。
名をアシェという彼は、退屈な採掘をしながら、いつか空を飛ぶ事が目標であり、希望だった。
そう。
――希望、だった。
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その日は、スルツニウムの採掘があまり捗らなくて、このままでは今日の成果に支障が出ると思ったアシェは、採掘場の奥地に入る事にした。
責任者から、あまり立ち入るなと言われていたが、採掘の成績が良くなければ意味がない。
そう考えて、アシェは奥地に入って行った。
それが、運命の分岐点であったとも知らずに――
(ふう、今日はこっちまで来てみたけど……悪くない選択だったな。けっこうな数のスルツニウムが採れたし)
自身のバケツに視線を向ければ、淡白く光る鉱石……スルツニウムが何個も入っている。
これだけあれば、しばらく生活に困らない。
だが、欲が出たアシェは、最後にもう一度だけ採掘を行う事にし、使い慣れたピッケルを構えなおし、再度採掘を行う。
(あれ? 今、異音がしたような……?)
スルツニウム鉱石の音とも違う音。
その音のした場所を見れば、何かが埋まっているようだった。
よく見れば、この部分だけ埋めなおした形跡がある事に気づいたアシェは、今更ながらおびえ始める。
自分は、何か触れてはいけない物に触れた気がする……と。
だが、そのカンは当たってしまい……その異音の元から脳内に直接声が響いてきた。
【我を目覚めさせし者よ。名をよこせ】
いきなりの要求に、恐怖を覚える。
というのも、この世界においては、名前というのは実に重要な物として教育される。自身を表す、いや、この世界に存在を許す大切な概念であると。
つまり、名を渡すという事は、自分の存在を渡す……つまり、存在しなくなる。
端的に言えば、死ぬという事である。
それを理解しているからこその、怯えであり、恐怖。
【名をよこさぬなら、我と契約するか? 力を得られるぞ?】
この存在が言う力とはなんなのか理解出来ないが、存在を奪われるよりマシだと考えたアシェは、その話に乗るしかなかった。
「わかった……わかったから! 契約って、何を望むんだ!」
【我が望むは、我が名を知ること。俗称を名失せの魔剣と呼ばれている我だが、真の名を知らぬ。故に、その名を知りたい】
「名失せの魔剣……? 聞いた事もない剣の名だけれど……どういう力を?」
嫌な予感を再び感じながらも、アシェは尋ねる。返ってきた答えは、絶句せざるを得ないものだったが。
【我は、名を知り、奪う事で、その者をこの世界から抹消させる事が出来る魔剣なりて】
――それから、魔剣は勝手に埋められていた所から出てきて、アシェの前に全容を現した。
すべてが漆黒の両刃の大剣。
その禍々しさに、自分の愚かさを呪ったアシェだったが……もう手遅れ。
運命は、動き出してしまったのだから――




