ライオネルの思い
感想をたくさんいただいておりまして、ありがとうございます! 大変恐縮なのですが、余裕がなくなってまいりましたのと、返信するうちに今後の展開のネタバレに繋がってしまいそうなこともあり、しばらく執筆に専念させていただければと思いますm(_ _)m いただいた感想はすべてありがたく読ませていただいています、本当にありがとうございます。
また、誤字報告をありがとうございます。修正しております。
エディスが昼食の食器を片付け終えて、ライオネルの車椅子を押しながら中庭を歩いていると、ライオネルがエディスを振り返った。
「どうしたんだい、エディス? どことなく、いつもよりも口数が少ないようだが……」
勘の鋭いライオネルに驚きながら、エディスは微笑みを返した。
「少し、考え事をしておりまして。……よく、お気付きになりましたね」
「エディスとは、最近誰よりも一緒に過ごしているからね。何かあったのかい?」
気遣わしげな眼差しをエディスに向けたライオネルを、エディスは見つめ返した。
「ライオネル様に隠すようなことではないと思いますのでお伝えしておきますが、先程クレイグ様とお会いして、ユージェニー様から預かったというお手紙をいただいたのです。お茶のお誘いでした」
「……そうか」
思案気な表情を浮かべたライオネルに、エディスは尋ねた。
「私がこんなことを伺ってよいものか、わかりませんが。ユージェニー様は、ライオネル様たちの幼馴染みでいらっしゃるのですよね?」
「ああ、そうだよ。僕たちが避暑のために使っている別荘があるのだが、スペンサー侯爵家の別荘がそこと近くてね。母が体調を崩すまでは、毎年夏にその別荘に行っていたのだが、その度に、クレイグも僕も、年の近い彼女とよく遊んでいたんだ。その頃はまだ、アーチェは物心つく前だったかな」
過ぎた日を懐かしむように、少し遠い目をしたライオネルは言葉を続けた。
「同じ侯爵家同士で、子供の僕たちの年が近かったのと、家業の関係でも互いの利になりそうだったこともあって、僕たちがある程度の年になったら婚約させようと、親同士でそんな話をしていたそうだ。それで、スペンサー侯爵家の一人娘だったユージェニーと、この家の長男だった僕は、婚約する予定になっていた。……こんな話を君にしてしまって、嫌ではなかったかな?」
今の婚約者であるエディスの気持ちを慮るライオネルの優しさを感じて、エディスは微笑んだ。
「はい、大丈夫です。それに、以前ライオネル様も仰っていた通り、きっと、このグランヴェル侯爵家に置いていただいている私も、いずれ詳細な話を耳にすることになったでしょうから。それなら、ライオネル様から直接お話を伺えた方が、私にとってもありがたいです」
「ありがとう、エディス。後は、君も知っての通り、僕が病に臥せってから、僕ではなくクレイグがユージェニーと婚約することになり、僕は君を婚約者に迎えた。……そんなところかな」
エディスは、少し躊躇ってから、ライオネルを見つめた。ライオネルには珍しく、どこか煙に巻くように、まだ何かエディスに話してくれていないことがあるような気がしたからだ。それに、普段は温厚なライオネルが、ユージェニーには多少他人行儀に見えることも、エディスには少し引っ掛かっていた。
「ユージェニー様は、ライオネル様から見てどのような方ですか? 踏み込んでしまい恐縮ですが、何か、気にされていることでもあるのでしょうか」
ライオネルは、やや苦笑してエディスを見つめ返した。
「……君は聡いね。話の核心を突いてくる。ユージェニーは、繊細なところはあるが、気立てのよい女性だと思うよ。……ただ、少し気になっていることはあるんだ」
じっとライオネルの話に耳を傾けていたエディスに、彼は続けた。
「この前、君も彼女の両親に会っただろう。彼らは、割合と権力志向が強い人たちでね。まあ、貴族家には少なくはない考え方なのだろうが……ユージェニーには、将来的にこの家の後継ぎと結婚させたいという気持ちが滲み出ている。そして、ユージェニーはそんな両親の言いなりになっている節がある」
ライオネルは、少し口を噤んでから、再度ゆっくりと口を開いた。
「元々、長男だった僕と婚約する予定になっていたユージェニーが、僕の病状が急坂を転げ落ちるように悪化し始めてから、婚約する予定の相手をクレイグに変えたのも、それ自体は別に不思議なことじゃない。以前にも君に言った通り、重い病を患っている僕と婚約したいだなんていう女性は、まずいなかったからね。……けれど、あの時、彼女は僕に言ったんだ。以前から、彼女はクレイグに想いを寄せていたのだと」
「……!」
もしも、ライオネルが、婚約する予定だったユージェニーのことを少なからず愛していたのだとすれば、それは病に倒れた彼にとって何と残酷な言葉だったのだろうかと、エディスの胸は痛んだ。
そんなエディスの気持ちを察したかのように、ライオネルがふっと笑った。
「幼馴染みだったユージェニーは、僕にとっては妹のようなものだったから、彼女の言葉に驚きこそすれ、それでどうという訳ではなかったんだ。だから、君がそんな顔をする必要はないよ。それに、クレイグも彼女を想っていたと知ったのは、あの時になって初めてだったから、僕も周りが見えてはいなかったのだろうね」
ライオネルは、当時を思い返すように小さく息を吐いた。
「ただ、グランヴェル侯爵家にとっては、そもそも、ユージェニーが次男のクレイグと婚約したところで、何の問題もなかった。まだユージェニーは僕と婚約していた訳でもなかったし、彼らが将来結婚すれば家同士の縁もできる。僕が病を患う前に彼らの気持ちを聞けていれば、ただ彼らのことを祝福していただけだっただろう。けれど、僕の命が危うくなったあの段階になって初めて彼女がそう言い出したのは、彼女の両親の意向が反映されているからではないかと、僕はそう感じた。クレイグがこの家の後を継ぐことになると、彼らがそう判断した上での、あのユージェニーの言葉だったのだろう」
「そのような背景があったのですね……」
ライオネルは、エディスの瞳をじっと見つめた。
「そうすると、僕の病状がこのまま快方に向かうと、かえってユージェニーの両親には都合が悪いということになりかねない。……エディス、僕にとっての君は、誰より大切で愛しい、なくてはならない存在だ。そんな君を、下手な騒動に巻き込みたくはないと心配しているんだよ」
エディスは、彼の言葉に微笑みを浮かべると、首を横に振った。
「お優しいお心遣いをありがとうございます。でも、私などのことは構いませんから、ライオネル様には、お身体のことだけ考えて、病状の回復に専念していただきたいと思っています」
「そんな人の好い君だからこそ、心配しているんだけれどね。……それに、ユージェニーが本当にクレイグを愛していれば問題はないが、彼の気持ちを利用してはいないだろうかと、その点は懸念しているよ。クレイグには余計なお世話かもしれないけれどね」
「そうでしたか……」
「もしもユージェニーが、僕が世を去るまでもう少し待つことができていたならば、彼女は恐らくその後、何の問題もなくクレイグと婚約し、結婚していただろう。彼女ないし彼女の両親が僕を見限るのがいくらか早かったために、僕は君と出会って救われ、奇跡のような快方に向かっている。……運命とは皮肉なものだね」
しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。ライオネルは、やや苦笑するとエディスを見つめた。
「少し、話し過ぎてしまったかな。だが、これは単なる僕の見解に過ぎない。ある事柄が起こった時、誰しもが自らのフィルターを通して見ているものだと思う。一つの事実に対して、解釈は人の数だけあるからね。……こんな話をしておいて何だが、君がユージェニーと二人でお茶の時間を過ごすなら、エディス、君にはまっさらな気持ちで、彼女と話してみてほしい。僕は、君の感覚を信頼しているからね」
「わかりました、ライオネル様」
エディスは、ライオネルに話をさせ過ぎて、疲れさせてしまっているのではないかと心配しながらも、彼の気持ちに思いを馳せて、胸の中を重いものが揺蕩うのを感じた。病に臥せって辛い状況にある中で、婚約を予定していた幼馴染みに突然、弟が想い人だと告げられたなら、少なからず傷付くのではないかと、エディスには思わざるを得なかった。
ユージェニーがライオネルを見つめていた視線には、その後悔も込められていたのだろうかと、エディスはぼんやりと想像しながらも、やはり一度彼女と話してみたいと考えていた。
(想像するだけでは、わからないこともあるもの。……それに、どうしてユージェニー様がわざわざ私をお茶に誘ってくださったのかも気になるわ)
エディスは、ユージェニーの達筆で書かれた手紙を思い返しながら、ライオネルの車椅子を押す手に再度力を込めた。




