朝食を摂りながら
朝食の席で、エディスは、ほかほかと湯気の立つ作りたての薬草粥を、またライオネルの口元に一口ずつ運んでいた。粥を口にしたライオネルの表情が綻ぶ。
「卵入りで作ってくれたこの薬草粥も、とても美味しいよ」
「ありがとうございます、お口に合ったならよかったです。使う薬草の種類も、少し変えてみました。……先程、この中庭で見掛けた薬草も、手元に煎じたものがありましたので、少し加えています。これで、あの錠剤を改めて飲んでいただかなくても、身体の痛みは取れて来るかと思います」
「優秀な薬師だね、エディスは。君が側にいてくれると、心強いよ」
朝陽に照らされるライオネルの笑顔が、エディスにはとても美しく見えて、彼女はほんのりと頬を染めた。彼の具合が見るからに悪そうだった時には、そんなことを考える余裕はなかったのだけれど、近くから改めて見る彼の顔立ちは、とても整っていた。大きな切れ長の瞳は長い睫毛に彩られ、すっと高い鼻梁と上品な唇と共に、この上ないバランスで小さな顔に収まっている。まだライオネルの目元は落ち窪み、頬も少しこけていたから、彼本来の顔に戻り切ってはいないことは、エディスにもわかってはいた。けれど、彼が回復したらいったいどれほど美しくなるのだろうと、エディスは想像するだけで目の前がくらくらとするようだった。
(そう言えば、お義姉様も、昔見掛けたライオネル様はとてもお美しかったと、そう仰っていたわね……)
そんなことを考えながら、エディスがライオネルの顔をじっと見つめていると、ライオネルは彼女の視線に気付いて目を瞬いた。
「どうしたんだい、エディス。僕の顔に、何かついているのかな?」
エディスは、どぎまぎとしながら彼に答えた。
「いえ。……ライオネル様は美しいお顔をしていらっしゃるなと、近くで拝見して、そう考えていまして」
ライオネルは、ぽかんとしてエディスを見つめると、ふっと楽しげな笑みを零した。
「変わっているね、エディスは。この僕の姿を見ても、そんなことを言うなんて。でも、君にそう言ってもらえたら、当然悪い気はしないよ」
タンザナイトのように澄んだ青紫色をしたライオネルの目が輝いて、エディスは自然と胸が跳ねるのを感じた。少し熱の籠った瞳でエディスを見つめながら、ライオネルがぽつりと呟いた。
「エディス、君と出会ってから、僕はもっと生きていたいと思うようになったよ。少しでも、君と一緒の時間を過ごしたくてね。……君に会う前は、全身は痛むし、呼吸をするだけでも苦しくて、身体の自由もきかない中で、希望と呼べるようなものは何もなかったんだ。でも、君のような素敵な女性が、今は側にいてくれるのだからね。君を、他の誰にも攫われたくはないから、僕も元気にならないといけないね」
「ライオネル様は、必ず回復なさいますわ。ふふ、私はライオネル様が望んでくださる限りはずっとお側におりますから、安心してくださいね」
「ああ。ありがとう、エディス」
嬉しそうに表情を緩めたライオネルに、エディスも目を細めた。
「昨日と比べても、大分お元気そうになられましたし、お父様もきっと喜ばれるでしょうね。昨日も、ずっとライオネル様のことを心配していらっしゃったのですよ」
「……父には、ずっと苦労を掛けてきたからね。母が数年前に他界して、すっかり気落ちしていたところに、続いて僕が病に臥せるようになってしまって、父も辛かったのだろう。父のことも、安心させられるといいのだが」
「ええ、きっと安心していただけますよ。無理はしないように、少しずつ、確実にお身体の調子を戻していきましょうね」
エディスは、そう言って微笑んでから、ふと、昨日聞いたライオネルの父の言葉を思い出した。
「そう言えば、昨日お父様にお会いした時、弟君のクレイグ様が婚約なさる予定のお相手の方が、近いうちにグランヴェル侯爵家に挨拶にいらっしゃると、そう仰っていましたわ」
「……そうか、ユージェニーが来るのか」
ほんの少しだけ、ライオネルの表情が固くなったように見えて、エディスは目を瞬いた。
「クレイグ様のお相手のご令嬢のこと、ライオネル様もご存知なのですね」
「ああ、彼女は僕の幼馴染でもあるからね」
「まあ、そうでしたか」
ライオネルは、しばし思案気に俯いてから、エディスを見上げた。
「きっと、この家にいればいつか君の耳に入ることになると思うから、先に、誤解のないように僕から伝えておくよ。……ユージェニーは、元々、僕と婚約する予定になっていたんだ」
「……!」
ライオネルの言葉に、はっと小さく息を飲んだエディスに、ライオネルは淡々と続けた。
「家同士の都合による婚約を結ぶ予定でいたのが、ただ、彼女の相手がクレイグになっただけのことで、それ以上でも以下でもないんだ。……僕は、君が僕の婚約者になってくれたことを、心から幸せに思っている。そのことだけは、君にも覚えていて欲しいんだ」
真剣なライオネルの瞳を見つめながら、エディスは返す言葉が上手く思い浮かばずに、無言で頷くことしかできなかった。




