ライオネルの休息
ライオネルの楽しげに笑う顔を見ながらも、彼の瞼が少し眠そうに重くなって来たことに気付いたエディスは、ライオネルに向かって優しく微笑み掛けた。
「ライオネル様、そろそろ少しお休みになられた方がよいかもしれませんね。昼食もしっかり召し上がられましたし、しばらく睡眠を取られたら、きっと気分も良くなると思いますよ」
「ありがとう、そうだね。……ただ、これから君がこの家にいてくれることはわかっているのに、君との時間を切り上げるのが、何だか名残惜しくてね」
微かに寂しげな表情を浮かべたライオネルに、エディスは再度温かな笑みを浮かべた。
「では、ライオネル様がお休みになられるまで、私もこの部屋におりますね。それに、また、ライオネル様の目が覚めたら、いくらでも私はお側におりますから」
頷いたライオネルに手を貸して、彼の起こしていた上半身を丁寧に毛布に滑り込ませると、エディスは彼の枕元に、座っていた椅子を近付けた。一度は瞳を閉じたライオネルだったけれど、落ち着かない様子で幾度か目を開けてエディスを見上げた彼の姿を見て、エディスは彼の痩せ細った手をそっと握った。
「ふふ、大丈夫ですよ。私はここにおりますので」
エディスは、熱が出るとどこか心細く感じた幼い日に、身体に触れられていると安心したことを思い起こして、彼の骨張った手を握ったのだった。ライオネルは、また頬を赤く染めたけれど、エディスの柔らかな手を感じながら、大人しく頷いた。
「……僕にここまでしてくれて、どうもありがとう、エディス」
「いえ。またライオネル様の目が覚めたら、少しでもお元気になっているようにとお祈りしておりますね」
安堵の表情を浮かべたライオネルは、エディスの手を小さく握り返すと、程なく穏やかな寝息を立て始めた。
馬車の中で聞いた彼の寝息とは異なり、今度は規則正しい安定したリズムで寝息が聞こえてきたことに安心しながら、エディスはライオネルの安らかな寝顔を見つめた。そして、音を立てないように気を付けながら、二人分の空いた皿を鍋と共にトレイに乗せて、片付けるためにキッチンへと向かった。
エディスが小さなキッチンで皿と鍋を洗っていると、ライオネルの父が彼女の様子を見にやって来た。
「何から何まですまないね、エディス。もっと使用人を使ってくれても構わないのだよ」
「いえ、すぐに片付けも終わりますから」
「……ライオネルの様子は、どうだろうか?」
息子と、家に来たばかりの息子の婚約者のことが気になってならない様子で、そわそわと落ち着かずにいたようだったライオネルの父に向かって、エディスは静かに微笑んだ。
「今は、ぐっすり眠っていらっしゃいます。きっと、オークリッジ伯爵家に連日お越しいただいた疲れが出たのでしょうね。薬草粥もしっかり召し上がってくださいましたし、きっと、お目覚めになったら、少しは元気になられるのではないかと思います」
「そうか、それなら良かった」
ほっとした様子で、彼は胸を撫で下ろすとエディスを見つめた。
「病は気からというが、ライオネルを見ていると、あなたと婚約してから心に希望の火が灯ったように見えるんだ。息子があんなに楽しげにしている様子は、彼が病に臥せってから初めてのことだからね。食事を十分に摂れたのも、久し振りのことだよ」
「そのように言っていただけて、嬉しく思います。……ライオネル様が、ご家族の皆様と同じものを召し上がれるようになるまでは、ライオネル様の胃に優しいものを作って、私も一緒に食事を摂ろうかと考えているのですが、いかがでしょうか? もちろん、ライオネル様が首を縦に振ってくださればですけれど」
ライオネルの父はエディスの言葉に目を瞠ると、一度口を開き掛け、逡巡するようにまた閉じた。そして、躊躇いながら、彼は再度口を開いた。
「あなたの提案は願ってもないことだが、彼がそこまで回復するまで、どのくらい時間がかかるのかはわからない。エディス、あなたにそこまでしてもらってもよいものだろうか? かなりの負担を掛けてしまうかもしれないが……」
エディスは、息子の喜ぶ顔が見たい一方で、エディスの重荷にならないかと躊躇するライオネルの父の様子を目にして、あえてにっこりと笑った。
「私自身が、そうしたいと思っているのです。私は料理も好きですし、優しいライオネル様と一緒に過ごしていると楽しくて、先程も時間が経つのを忘れてしまうほどでしたから。ですから、負担になるなどということはありませんわ」
エディスの言葉は、彼女の本心からのものだった。ライオネルの笑顔を見る度に、エディスの心は温まったし、彼と話す度、彼の聡明さや忍耐強さを感じて、彼への尊敬も深まっていった。身分は違っても、彼との会話は自然と弾み、彼が時折見せる少年のような表情も、エディスには何だか可愛らしく思えていた。それに、義父母や義姉に厄介者扱いされていた、オークリッジ伯爵家にいた時と比べて、自分が必要とされているということ自体も、エディスには嬉しかったのだ。
「……恩に着るよ、エディス。ライオネルと婚約してくれたのがあなたで、本当に良かった」
しみじみと、感慨深げにそう言ったライオネルの父は、思い出したように再度口を開いた。
「ライオネルの弟のクレイグも、もうすぐ婚約する予定なのだが、エディスは、ライオネルから聞いているだろうか?」
「はい、そのようなご予定だとは伺っています」
「……そうだったのだね。何か、具体的に聞いているのかな?」
「いえ、それ以上は何も伺ってはおりませんが」
「そうか……」
彼は思案気に腕組みをしてから、エディスに続けた。
「クレイグが婚約を予定している令嬢が、近いうちにこの家に挨拶に来ることになっているんだ。エディスのことも、その時に彼女に紹介するよ」
「そうなのですね、ありがとうございます。クレイグ様が婚約なさるご予定のお相手の方とも、お会いするのが楽しみです」
微笑みを浮かべたエディスだったけれど、目の前のライオネルの父が、珍しくどこか言葉を濁した様子に、内心で首を傾げていた。




