文化祭前夜
「よしっ、これで準備完了だねっ」
「ええ、会場設営はこれでばっちりですわ」
「お疲れ様です、センパイっ。……特に晃センパイ」
文化祭前日。写真展の会場である教室の準備がようやく終わり、俺は思わず床に座り込んでしまった。それくらいに疲れたのだ。
「あはは……。力仕事はほとんどあっくんがやってくれたもんね……。間宮さんに言って家の仕事はお休みにしてもらおっか」
「いや、それは流石に間宮さんに悪いよ……。大丈夫、ちょっと休めば復活するから……」
「そんなに息を荒げながら言われても説得力ありませんわね……。明日が本番なんですから、無理は禁物ですわよ?」
「大体、アタシたちは手伝う気満々だったんですけどね……。女子相手だからって遠慮しないでいいんですよ?」
そうは言われても……。写真を飾る為の大きな間仕切りなんかを皆に持たせるのはちょっとね……。それに写真を飾ったりとかの繊細な仕事は皆にやってもらったから、俺ばっかり忙しかったわけじゃないし。
「では、今日のところはここで解散としましょうか。明日も早いですしね」
「りょーかいです、センパイっ」
まあ、開会式もあるし朝は早いけど、写真部としての仕事はそこまで多くない。なにせ別に当日になにかするタイプの企画じゃないからね。受付にだれか一人残しておけば基本はオッケーだろう。ゆっくり文化祭を見て回ることもできそうで楽しみだ。
「じゃ、また明日ねー!」
*
「その、なんかすいません。また仕事任せてしまって……」
「いえ、構いませんよ。前にも言いましたが、南雲さんの本分は学業ですから。学校行事が優先なのは当たり前ですよ。それに、お嬢様を近くでサポートしてくだされば、十分仕事をしていますから」
「そう言っていただけると助かります……」
家に戻った俺は、クリスによって半ば強引に今日の家事仕事をお休みにさせられてしまった。別にいつもやってるんだし、今日もできない訳じゃなかったんだけど……。今見たように間宮さんも普通に了承してくれたので、結局仕事はお休みとなった。ただ、そもそも最近は文化祭の準備やらクリスとのあれこれやらで前より仕事を手伝えてないのでちょっと罪悪感が……。
「ふふっ。真面目なのは南雲さんの良いところですが、偶には力を抜くことも大事ですよ。お嬢様との仲もありますし。最低限のことは十分にしていますから、あまり気を張らないで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。じゃあ、今日はよろしくお願いします」
「ええ、ゆっくりお休みください。……あ、一つだけお仕事をお願いしてもいいですか?」
間宮さんはなにやら思いついたようで、珍しく悪戯っぽい表情をしている。……なんだろう?
「ええ、もちろんです。どんな仕事ですか?」
「簡単ですよ。お嬢様の部屋に夕食を持っていって、お二人で食べて来てください。今日は旦那様も奥様もいませんから、広間で食べるのもなんですし」
「了解です。じゃあ、夕食も自分がつくりますよ」
「よろしいのですか? ではお願いしますね。その方がお嬢様も喜びそうですしね」
「それは……、どうですかね? まあ、とりあえず作りますね」
どんなメニューを作るかを考えながらキッチンへ向かう。仕事とはいうけれど、クリスが喜びそうな物を作るということはやっぱり楽しい。同時に少し緊張もするけれど。
「あら、気合い十分ですね」
「はい。やっぱりクリスの為ですから。美味しいって言ってもらいたいですし」
いつもは朝食しか作ってないから、クリスに夕食を作るのは合宿の時以来だ。やはり、食べて欲しい相手に食べて貰えるとなると自然と気合いも入るというものだ。
「……本当、お嬢様は幸せものですね」
「え? 間宮さん、なにか言いましたか?」
「いえいえ。なんでもないですよ」
間宮さんの小声のつぶやきの内容は、残念ながら聞き取れなかった。でもまあ、いつも以上に優しい笑顔をしているし、きっと良い内容だったのだろう……多分。
*
「んー! 美味しいっ! 流石あっくんだねっ!」
「ふぅ、よかった……」
思い描いていたクリスの反応が見れて一安心。今回は普段あまり作ったことのない料理に手を出してみたのでちょっと心配だったけど良かった。
「あっくんてば、もう美味しく作れないものなんてないんじゃない?」
「いやいや。今日のだって間宮さんには及ばないし、まだまだだよ」
間宮さんから合格判定は貰ったけど、おそらくは合格ギリギリ程度のレベルだ。もっと精進しなければ。
「でも、懐かしいね。これ」
「そう言うと思った。せっかくだから、じいちゃんのレシピを思い出しながら作ってみたんだ」
今日の夕食のメニューは肉じゃがだ。じいちゃんは洋食屋をやっていたから店で出してはなかったけど、和食も大得意で肉じゃがも美味しかった。クリスが昔好きなメニューだったこともあって、あの頃じいちゃんにお願いして作り方を教えて貰ったのをよく覚えている。ここに来てからは洋食ばかり作っていたから作る機会がなかったけれど、せっかくだからと今日はじいちゃんに教えて貰った作り方を思い出しながら作ってみたのだ。
「……でも、結局仕事しちゃったんだね。ま、あっくんらしいと言えばらしいけどさ。せっかくだから休めばいいのに」
「うっ……。いやでもなんか、逆に仕事しないと寝れそうになくってさ」
「うわー、それあれだよ、社畜ってやつだよ。休みだって言われたら逆に仕事が気になっちゃうっていうアレだよ」
そこまで言うほどじゃないつもりだけど……。ない、よね?
「ま、あっくんが嫌じゃないんならいいけど。でも明日は文化祭なんだからね。一緒にいろいろ見て回りたいし、万全にしておいてよ?」
「分かってるって。俺だって見て回りたいし。……でもクリス、学校の中だからちゃんと気を付けてね?」
いつものテンションで見て回る訳にはいかないので、一応釘をさしておく。
「分かってる分かってるっ。せっかくの文化祭だし、ちょっと残念だけどね」
「まあ仕方ないよ。その分、今度のデートは思いっきり遊べるようにするからさ」
「うんっ、そっちも楽しみにしてるね。さっ、早く食べて早く寝よっ」
そう、デートの件も無事に皆から了承を貰えたのだ。来週末に二人だけで軽井沢に行くことになっている。間宮さんも旦那様も奥様も、話してみたら二つ返事でいいよといってくれたのが印象に残っている。
「文化祭、最高に楽しくしようねっ」
「うん。見て回るのも、写真展も、どっちも楽しいものにしよう」
「もちろんっ! 頑張ろうね、あっくん!」
とまあ、二人揃ってそんな決意をしながら、この日の夜は足早に更けていくのだった。




