第97話 白日へ
アルネストの入り口から少し先、闇夜の中で大きな爆発のような衝撃があった。
わらわは呼吸を絶やさぬようにしつつ、《魔導目視》で注視する。
「あの魔力の揺れは……レイアリナたちかッ!」
目先で地を抉るような炸裂を起こしたのは。
現役最強と謳われる勇者――レイアリナ・レインアリアの一撃によるものだった。
「ヴィヴィアンヌさん、ボクが来たからにはもう大丈夫」
「ぬはは、よもや最強の助っ人をよこしてくれるとはな! エデンダルトの若造も、少しは気が回るようになったものじゃの!」
敵を蹴散らしながら一気にアルネストへ近寄ってきたレイアリナと、わらわは目線を合わせて頷きあった。
「ヴィヴィ先生! 私もおります!」
「おぉ、イルミナか!」
レイアリナに少し遅れて、イルミナもやってくる。
ヤツはまだまだ未熟者ではあるが、一戦力として考えればありがたい存在と言えた。
「よし……皆の者、諦めるのは早い、もうひと踏ん張りするのじゃ!!」
「「「オオオオォォーッ!!」」」
わらわの鼓舞に、アルネスト守備隊はまた息を吹き返した。
ユーキらがなんとかするまで、派手に藻掻いてやろうではないか!!
◇◇◇
「ユーキ……!」
「先生……せんせぇっ!」
半ばうずくまるようにして身を寄せ合っていたシーシャとヒロカちゃんの隣に、俺は少し胸を張るようにして立った。気付いた二人が、俺を見上げて柔らかく微笑んでくれた。
二人の笑顔……めっちゃ力出るわ。
『またあなたですか。役立たずの分際で、よくのこのこと出てこられますね』
「ま、確かに俺自身はそこまで役に立たんよ」
『ハハ、ならば黙っていてほしいものです』
蠢く闇――グラーデス・アンディルバルトに言われ、俺は思ったことを返す。
そう、俺はいつだってそこまで役に立っていない。凄いのは結局、俺以外の誰かだ。
さっきまでの朧げな意識の中で見ていた、ヒロカちゃんの覚醒状態は本当に凄かった。あれ程に圧倒的な力は、俺なんかには当然ない。
我らが領主ルカ・オルカルバラも強くて立派で、誰よりも責任を持って身体を張ってくれる。心の底から尊敬できる人だ。
そして、シーシャも相変わらず誰よりも優しい。俺やヒロカちゃんを真っ先に心配し、すぐに駆け寄ってくれた。自分のせいじゃないことも、まるで自分事のように心を痛め、自分を責めたりする。本当に優しいヤツだ。
うん、なにも変わっていない。やっぱり俺は、みんながいないとダメなんだって、ここまででよくわかった。だからその日常を守るため、シーシャを連れ戻すため、ここに来たんだ。
「……まぁ、でもさ、役立たずにだって黙ってらんないことはあるわけよ。俺は、ここにいるみんなと一緒に――アルネストに帰りたいんだ」
『残念ですが、それは叶いません。あなた方は死に、死体は有用な資材として保管、もしくは斬り刻んでじっくり調べて、研究材料とでもしましょう』
直接語りかけるように耳に届く、グラーデスの声。
俺はその不快な声を聞きつつ、闇が蠢いている範囲をよく観察する。
「アンタの思い通りにはさせないよ。ったく、みんなが緩く不幸になり続ける世界とか、絶対実現させるわけねーだろ」
『おや、死に損ないの割りにはなかなか強気ですが……あなたになんの手札が残っていると言うのです? ただ足掻くだけならさっきとなんら変わりありませんよ』
俺を見下してほくそ笑んでいるのか、闇がまた蠢いた気がした。
うん、やっぱり予想していた通り、いくらヤツの魔力が膨大とは言え、完全な魔族ではない今のグラーデスの生存領域には限界が存在するようだ。
もしかしたらグラーデスは、人間の肉体という受け皿があるからこそ意思を持っていられるのかもしれない。魔族が人間を狙う理由も、その辺りにあるのではないだろうか。
とにかく、ヤツの本体と言える闇に限界範囲があるなら、考えていた手で、滅却できるかもしれない。
誰にも悟られないよう、俺は腰に下げた革袋の中に手を伸ばす。
『あなたのようなギフトも持たない者が、この高次の戦闘をここまで生き延びただけでも奇跡なのかもしれませんね。さぁ、私という闇に溺れて死ぬがいい、辺境のチュートリアラー風情がッ!!』
一瞬で大きく広がり、俺を飲み込もうと向かってきた蠢く闇。
俺はその闇の真ん中へ向けて――《聖闘気》を放った。
『そんな魔石一つで、この私をどうにかできるとでも……ん?』
さらに正確に言えば。
――エデン王のギフトである《聖闘気》を抽出してある《《ギフト石》》だ。
『な、なんだこの光は!?』
俺が投げたギフト石が発光を開始した途端、グラーデスの声に明らかな焦りの色が浮かんだ。
やはり予想した通り、魔族の闇にはエデン王の聖闘気は効果抜群のようだ。
『貴様、これはいったい、いったいなんなんだッ!?』
「これが俺の、奥の手だ!!」
闇を根こそぎ消し去るように、眩い光が辺りを包んでいく。
『がああぁぁッ!?』
グラーデスの本体、闇の塊がみるみるうちに縮小していく。さらに俺は魔眼を使い、ヤツの身体へ風穴を開けていく。
今のグラーデスは、言わば魔力の靄のような状態だ。
と、いうことは。
魔眼のように鋭利に尖らせた魔力によって、その身を斬り刻むことが可能なのだ。
『な、なんなんだぁぁ、お前のその力はぁぁぁぁ!?』
「教えてやらねーよ、そのまま消えてなくなれッ!」
『ガァァッ!?』
俺は次に、ヒロカちゃんの覚醒時の真似をして、声にも魔力を込めてみた。
声は言わば《音波》であり、それに魔力が乗れば当然大気を揺らすことができる。
大気が揺れれば、それは魔力体となっているヤツへのダメージとなる。
ぶっつけ本番だったが、なかなか上手くいったぞ!
『やめろぉぉ! 私が、私が消えるぅぅぅぅ!!』
さらに輝く光に照らし出され、極小の闇となっていくグラーデス。
今までの低音とは違う金切り声をあげ、白い光に塗り潰されるように消えていく。
闇を牛耳る首領の、最後だ。
『がああああああああぁぁぁぁ――』
闇が、断末魔の叫びに染まった。
「…………終わった、のか?」
辺りに静寂が戻り、俺は確認するように呟いた。
背後でまだ戸惑いの表情を浮かべているヒロカちゃんとシーシャの元へ、一歩ずつ進む。
と、そこで。
――シーシャの呪印が目に入る。
『その身体をよこせ、シーシャァァァァ!!』
「っ!?」
「シーシャさん!」
再び響いたグラーデスのおぞましい声に、俺は振り向く。
見ると、拳大の黒い塊が、シーシャの呪印目掛けて浮遊してきていた。
くそ、間に合わない!?
「バレバレですよ、親玉さん」
『な、なに!?』
「ヒロカちゃん!」
シーシャの身体へと憑りつく直前、ヤツを押しとどめたのはヒロカちゃんだった。
『な、なぜ動かない!? なんだ、この力はぁぁ!?』
「先生直伝の、繊細な魔力操作ですよ。……このまま、お前を空気ごと捻り潰す」
『や、やめろ、やめてくれぇぇ!』
「命乞いは無駄だぞ」
ヒロカちゃんの横に並び、俺は《魔眼》によって闇を視線で釘付けにした。これでもう逃げも隠れもできまい。
『に、逃がしてくれたら商会の権力をくれてやる! だから命だけは!』
「その手に乗るか。お前が自分で言ったんだろ? 『負けたフリして取り入る』みたいによ。合理的がどうとか言っていたが、おしゃべりが仇になったな」
俺はヤツをガンつけながら、ヒロカちゃんと示し合わせたように呼吸を合わせる。
これで本当に、最後だ。
「「くたばれ」」
『ぎゃああああああああああ!!』
聞くに堪えないグロテスクな叫び声が、ハウリングしながら闇夜に紛れるように消えていった。
今度こそ、本当にグラーデスだった闇は、消えた。
その証拠に。
東の空から、朝陽が顔を出しつつあった。
辺りには静寂と共に、薄白い光が差し込んできていた。
大きく息を吐き、俺は言う。
「帰ろう、アルネストへ」




