第92話 ユーキとルカ、連携攻撃
漆黒の闇の中で、見上げるような巨体が仁王立ちしている。
我らが領主、ルカ・オルカルバラの屈強な背中だ。
俺は数回頭を叩き、呼吸を整えながら立ち上がる。そしてルカの隣に並び立つように踏み出す。
ルカは鬼の形相で対峙する敵――グラーデス・アンディルバルトを睨みつけていた。
「フフ、鋼鉄の魔女ルカ・オルカルバラよ、まだ見苦しく抵抗を続けるおつもりですか? あなたはすでに過去の人材なのだと、先程の戦闘で証明されました。肉体の衰えから来る戦闘継続時間の短さや、魔力変換の遅さ。さらにそれが原因でギフト《鋼鉄刃》もあなた自身への負担と消耗が大きく、戦いが長引けば長引くほど、あなたは弱点を露呈してしまう」
グラーデスは俺と領主様の眼光を受け止めながら、余裕たっぷりに微笑を浮かべている。
「あなたのような英雄が、落ちぶれていく様を私は見たくない。要するに、もう限界ということなのです。本来ならばあなたは、先の戦争で有終の美を飾っておくべき人だったのでしょう。ここで見苦しく藻掻いても、鋼鉄の魔女として鳴らした栄光が、汚れてしまうだけだ」
「ふん、心配ご無用さね。アタシは死後評価なんざどうでもいい」
敵の語る言葉なぞどこ吹く風、と言った雰囲気で、ルカはゴキゴキと拳を鳴らした。頼もしいほどの気合が、隣から漂ってくる。
「醜かろうが情けなかろうが、薄汚れても生き抜いて、自分の周りにいる連中が少しでも幸せになるよう、アタシは藻掻き続ける。それが人の上に立つ者のとしての……」
砂煙を晴らすように、風が吹いた。
「責任だろぉぉがァァァァ!!」
ルカの語る言葉と覚悟に、俺は自分の胸の奥が熱くなるのを感じた。
俺には、こんな理想的な上司がいてくれたとは。
ルカは地鳴りが起きるほどの怒号を上げ、アイアンエッジで身体の前面に巨大な刃を出現させた。そして力任せに地面を蹴り、グラーデスへと突っ込んでいく。彼女はもはや人間大剣、アレを止められる生物がいるのか?
「やれやれ。先ほども力押しが通用せず、魔力が切れて敗北したのを覚えていないんですか?」
「二度目も耐えられるとは限らないもんだからねぇぇ!!」
裂帛の気合で空気を切り裂きながら、ルカの切先がグラーデスへと迫る。
が。
「届きませんよ」
「ちぃッ!!」
瞬時に周囲から集まって来たゾンビたちが、刃の前に折り重なるようにしてグラーデスを守った。すでに皆、腕や脚などどこかしらの部位を失い、人の形からは程遠い状態だった。
「さあ、次はこれです」
「うぐぁぁァァ!?」
「領主様っ!!」
次の瞬間には、ゾンビたちは全身を燃やしてルカを巻き込んだ。言うなればゾンビ爆弾である。元は人間だったはずの肉片が、惨たらしく飛び散った。
グラーデス……どこまで人間の尊厳を踏みにじれば気が済むのだ。
「あぁ、鬱陶しいヤツだねぇ!!」
ルカは爆炎を喰らいながらも、すかさず腕を刃の形状にして炎を散らす。態勢を立て直した直後、再びグラーデスへと突進。
俺はそれをサポートするため、最低級の風魔法――《風球》を発動する。
相手が獄炎のような火を使うと言うなら、俺の最低級魔法では太刀打ちできない。
だが、風魔法ならば炎の流れを乱すぐらいのことはできるはず。
両手の先、激しい空気の流れを持つ風の球を握り込み、ルカがグラーデスと衝突するタイミングに合わせて、投げつけた。
「領主様、今です!」
「ナイスだ、ユーキ!!
「……小賢しい」
《闇炎帝》とやらを発動し、ルカを焼こうとしたグラーデスだったが、俺が風球で前もって空気の流れを乱しておいたせいで、炎に成り代わった闇が一瞬意に反して揺らめいた。
その間隙を縫うようにして、ルカの鋼鉄刃がヤツの肩口を刺し貫いた。よし、今のは間違いなくダメージが入った!
「即席の連携にしてはやりますねぇ」
「オラァァ! ガンガンいくよぉぉォォ!!」
身体を変幻自在に鋼鉄の刃へ変えながら、領主様はグラーデスへと攻撃を繰り返す。
一方のグラーデスは自分の周囲の闇を炎へと変えて攻防一体の姿勢を取りつつ、素早い動きでルカの斬撃をいなしている。
俺は再度、風球を作りグラーデスへ投げつける。ヤツの近くの空気を乱し続けることで、闇の炎を無効化してやる!
「ドゥオオリャアアァァァ!!」
「領主様! これで決めましょう!!」
回転しながら刃を伸ばし、斬撃を伴う竜巻のようになってグラーデスを追い込むルカ。俺は間断なく、風球を投げつけていく。
「もうゾンビの肉壁もない! 斬り刻まれろ、グラーデス!!」
俺は叫びながら、呼吸が続く限り風球を放ち続けた。
このまま、押し切ってやる!
「クク、なにか忘れていませんか?」
すっかり目が慣れた暗闇の中。グラーデスの切れ長の目が動く。
その視線の先には――シーシャとヒロカちゃん。
なぜかシーシャは立ち上がっており、その手には武器が握られていた。それを驚いた表情で、腰を抜かしてしまったらしいヒロカちゃんが見上げている。
背筋を、悪寒が走り抜けた。
「シーシャァァ!!」
そうだ、シーシャの身体に――刻印があった。
あれがグラーデスの《呪印》なのだとしたら……まずい!
「…………ヒ、ロカ……」
「シ、シーシャさん……?」
「し……死ん、で…………!」
俺は身体の捻り向きを変え、足先に魔力を込めて地を蹴る。
間に合ってくれ――!




