第91話 暗闇を統べる者
「さぁ、私の器に相応しい能力を示してください。これからの向こう百年、アンディルバルトを束ねる大悪党『グラーデス・アンディルバルト』として生きていくのに、相応しい能力を!」
自らの存在を誇示するように、鉄仮面を脱ぎ捨てた商会の首領――グラーデス・アンディルバルトが、高らかに声を上げた。
それを合図とし、ヤツ周辺の闇が蠢き出す。呼吸を合わせたかのようにして、さらに周囲を取り囲む二十人を超えるゾンビ集団も動く。
白目を剥き、全身を痙攣させるその姿は、なんとも不気味だ。
「ヒロカちゃん、領主様とシーシャを頼む!」
「せ、先生っ?」
背後のヒロカちゃんへと目配せしてから、俺はまずシーシャを背中から降ろす。シーシャはまだ目を醒まさない。心配だが、今はグラーデスの魔の手からみんなを守ることが先決だ。
一瞬、ヒロカちゃんの泣きそうな顔が目に入る。俺は念のため『大丈夫、俺がなんとかする』という意思を込めて、頷きを返した。
「…………っ!」
そしてすぐさま呼吸をし、こちらへ向かってくるゾンビ共へ『魔眼』を突き刺す。
声もなくゾンビの群れはその場に頽れ、転がった。それを見ていたグラーデスが、心底嬉しそうに笑い出す。
「それ、それなんですよ、あなたという器の魅力は。魔法でもスキルでもない、正体不明のその眼力。相手を睨みつけるだけで、耐性のない者を無力化できるなんて、素晴らしいものをお持ちじゃないですか!」
先ほどまでの平坦な声とは違い、今度は興奮を含んだ声を上げるグラーデス。コイツはおそらく、人間を商品のようにしか思っていないのだろう。商売のし過ぎでおかしくなってるのか?
「お前のことも、これで黙らせてやるっ!」
俺は全てのゾンビを魔眼で睨みきっちり膝を折ったあと、余裕たっぷりに仁王立ちしているグラーデスへ向け、眼光を飛ばした。
「私は対策済みに決まっているでしょう」
「なに!?」
が、しかし。俺と目を合わせたグラーデスは、腹の立つ微笑を浮かべたままで一切効果がなかった。魔眼が、はじめて防がれた瞬間だった。
「だったら!」
俺はすぐに切り替えて、スキル全開でヤツに向けて突っ込んでいく。
魔眼が防がれた程度、痛くも痒くもない。あれ自体が生徒の疑問を解決しようと思って勉強・研究をした中で見つけたラッキーパンチだ。
言うなれば『初見殺し』みたいなもので、魔眼の仕組みがわかっておらずとも『眼球になんらかの魔力的攻撃が行われている』といった仮説が立てば、防御されてしまうのは致し方ない。
脚力で一気に距離を詰め、俺はグラーデスへと向けてサーベルを振りかぶった。
「ほう、スキル熟練度も上級者ですね。全身強化もお手の物、ですか」
「なっ!?」
が、簡単に躱されてしまう。スキルで強化した俺の初手が躱されたのは、冒険者時代以来だった。
「次は私のを見てください」
攻撃を避け、身を翻したグラーデスがひらりと腕を揺り動かす。
次の瞬間。俺の周囲の暗闇が――炎に変わる。
「がぁあちっ!」
俺は咄嗟に空中で身を捻り、まとわりつこうとする炎をなんとか消す。
急に暗闇が火炎に変わった? あれがヤツの能力なのか?
「フフ、どうですか、この身体の持つギフト《闇炎帝》は。私はこの力があるからこそ、この身体を気に入り長年使っていました。が、さすがに百年以上が経過しているのでね。そろそろ限界が近いのです」
「っ!? があぁぁ!!」
ヤツが踊るように両腕を動かすと、またも俺の周囲の暗闇が爆炎のように変質した。反射でステップを使い避けるが、回避しきれずに腕を焼かれる。
左腕が黒く焦げ、思うように動かなくなっていた。
「……く、くそ……!」
すかさず、自ら回復魔法をかける。
最低級であるため、火傷の痛みは一切引かなかった。が、少しだけ腕は動くようになる。
「闇を操り、自由自在に炎へと変える。それがこの力です。効果は魔力のある限り続きます」
「な……ッ!?」
「人間の比ではない量の魔力を生成可能な私と、《闇炎帝》の相性は最高です。《死霊魔法》と組み合わせれば、いずれは人類皆を私の管理下にできる」
声高らかに、自らのギフトの力を開示するグラーデス。それだけ自分の優位が揺るがないと、心底から確信しているのだろう。
……悔しいが、その確信はあながち間違いではない。
魔力の限り際限なく人体を操り、さらに暗闇を火の海へと変えられる能力など……まるで悪魔の如き能力だ。
対峙する相手との力の差に、俺は背筋がうすら寒くなった。
「この野郎ぉ!」
「ハハ、苦し紛れの攻撃は私には届きませんよ」
「がぁ!?」
「先生ッ!!」
再び俺はサーベルを突き込むが、簡単に読まれてしまい炎の反撃を喰らう。
全ての闇がヤツの支配下なのだとしたら、深夜の時間に勝負を挑んでしまったのは自殺行為に等しい。
「はぁ……はぁ……」
「んー、その程度ですか? あなたには理屈にならない、言うなれば妙な期待感を持っていたのですけれどねぇ」
「はん、お前の期待を、裏切れて……せいせい、してるよ……!」
俺はジクジクと痛む火傷を抑えながら、必死で次の手を考える。考えながら、同時にイヤな声が頭に響く。
――この化物をどうにかする方法なんて、あるのか?
「元々私は、そこにいるシーシャを器にしようと考えていました。彼女が発現したギフトは《影虚》と言い、影と同化したり自在に操ったりできるものでした。まぁ《闇炎帝》の下位互換のような力ですが、鍛え上げれば負けず劣らずな能力へ育つだろうと仮定できましたからね。能力が似ている分、魂の相性もいいだろうという判断です」
「お前なんかに……シーシャはやらねぇ!!」
シーシャの尊厳を踏みにじられ、俺は反射的にヤツへ突進した。
「話は最後まで聞けと教わりませんでしたか?」
「ぁがあ!?」
が、肉体の強さでも圧倒され、俺はヤツにアイアンクローされる。
頭が……潰れる!
「ただシーシャは育ち切る前に、いなくなってしまいました。その間も商会の力を使い、各所で色んな素材を集めて試してはいましたが、やはり彼女ほどの適材はいなかった。ところが、です。シーシャが見つかったと思ったら……フフフ、こんなにも素晴らしい逸材たちが、アルネストには集まっていたんですよ」
「ぅ、ぅがあ……!」
「あなたもそのうちの一体で、大穴ではあったのですが……残念ですが、不合格です」
「ぁあ、あがぁぁ!!」
「では、退場しましょうか」
もうダメだ、頭が、割れ――
「ヌンんんッ!!」
「ッ!?」
――怒号と、轟音。
突如舞い上がった土煙の中、気付けば俺はグラーデスのホールドから逃れ、地面に転がっていた。
失神しかけていた頭を振り、必死に意識を取り戻し、状況把握に努める。
顔を上げると――我らが領主の、デカい背中があった。
「ユーキ、よく時間を稼いだね」
「領主、様……!」
「ここからは、アタシが相手だ。……よくもウチの若手をいじめてくれたねぇ。ただじゃおかないよ。グラーデス・アンディルバルト」
傷の応急処置を終えたルカ・オルカルバラが、グラーデスと対峙していた。




