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第90話 鉄仮面の正体

 来た道を戻るようにして、俺とシーシャはバルド・バルジへととんぼ帰りした。

 港湾都市であるバルド・バルジは様々な貿易、物流によって大きく発展した街だが、その分アンディルバルト商会の影響を強く受けているのは想像に難くない。

 どこで商会の手の者が見ているかもわからないので、俺はできる限り人気のない道を選んで本店まで進んだ。


 アンディルバルト商会の本店は、繁華街の外れに位置していた。


「見えた。……ん?」


 深夜の真っ暗闇を高速で進むと、すぐに大きなレンガ作りの建物が見えてくる。そこには『アンディルバルト商会』と書かれた看板があるが……どうにも様子がおかしい。

 遠目で分かるほどに建物は派手に壊れており、ほぼ半壊と言っていい状態だった。まるで大きな怪獣かなにかが暴れたような感じである。


 ……まさかとは思うが、我らが領主様が暴れたわけじゃないよな?


「っ!?」


 が、近付いてみて俺は驚愕する。

 我らが領主ルカ・オルカルバラが……あらゆる得物で突き刺され、全身から血を噴き出していたのだ。


 鋼鉄の魔女ルカ・オルカルバラがあそこまでやられるなんて、冗談だろ!?


「ヒロカちゃん、領主様っ!!」

「っ! せ、先生!!」


 俺の呼びかけに応えたのはヒロカちゃんだ。傷だらけで膝をついているルカの傍に寄り添い、その身体に回復魔法をかけている。俺は走っていた勢いそのままに跳び、ルカの周りを取り囲んでいた男たちを《魔眼》で吹き飛ばしつつ、二人の側へ。背中のシーシャに衝撃がいかないよう、できる限り膝のクッションを使って着地。


「領主、大丈夫ですか!?」

「ユーキかい。はん、これだけ血を流したのはいつぶりだろうねぇ」

「先生、先生……!」


 我らが領主ルカはいつも通りの豪胆さだったが、しかしその身体はボロボロだった。さらにヒロカちゃんは取り乱し、いつもの冷静で賢い雰囲気はなかった。シーシャを支える俺の片腕に縋りつくように寄ってくると、その身体を震わせる。


 この二人がここまで追い込まれるなんて、いったい何があったんだ?


「これはこれは、ユーキ・ブラックロックさん。先ほどは私の()がお世話になりました」

「っ!?」


 声のした方を見て、俺は驚愕する。

 目線の先には、さっき死んだはずの鉄仮面が悠然と立っていた。

 ……影、ということは影武者か? まさか、アンディルバルトの首領は複数いる……?


「「「…………」」」

「なッ!?」


 疑問の答えが出る暇もなく、今しがた俺が吹き飛ばした男たちがゆらりと立ち上がった。よくよく目を凝らすと、男たちはルカ以上に傷だらけで、絶命していてもおかしくない者がほとんどだった。光のない目は、すでに事切れているようにも感じられる。

 だが、その肉体は動いている。なにかの意思に操られているかのように、鉄仮面を守り防御するように、その周囲へ寄って隊列を組んだ。


 言うなれば、死者の近衛兵。

 現実離れした光景に、俺は息を飲んだ。


「あなたも驚いてくれて、大変光栄です」

「……アンタ、いったい何者なんだ?」


 ヒロカちゃん、ルカ、そしてシーシャ。全員が自分の背後に入るように一歩踏み出し、仮面の男に問う。


「アンタの周りの連中、死んでるだろ? どうして動いてる? まさか……《死霊魔法ネクロメシア》じゃないだろうな?」

「おぉ、さすが博識で鳴らす冒険者指導員チュートリアラー、よくご存じで」

「……マジか」


 俺の言葉に、鉄仮面は平坦な口調で返す。

 これは博識などではなく、ただ単純に最近読んだ本に書いてあったからというだけだ。魔法の射程と効果範囲についての情報を、手当たり次第に集めていた時。


 太古の昔、《魔族》が使用したとされる禁忌魔法――ネクロメシア。

 これは死者の肉体に魔力を込め、使用者の意のままに操るという凶悪で非人道的な魔法だ。

 確か死者へと長距離かつ安定的に魔力を送り込むために、使用者の魔力で《呪印》をつけると記載があった。これに俺の解釈を付け加えるなら、言わばそれが魔力の受信機のような役割を果たすのだろう。


 この力を使い、仮面を被せた()()をいくつも同時に操っていた、ということなのだろうか?

 しかし、俺が対峙したヤツは喋ってもいた。だとすると、生者に対しても支配が可能ということなのか? さらに言えば、禁忌魔法は一個人の魔力では到底扱い切れないはず。人間一人を操るだけでも、超上級魔法を超える魔力量を必要とするはずだが……。


 まさか、商会の首領は――魔族、なのか?


「何か勘付いた顔ですね。ただ、おそらくあなたの辿り着いた結論とは少し違います。私はわかりやすく言えば……そうですね、魔族としての前世を持った者、とでも言いましょうか」

「魔族としての……前世?」


 鉄仮面の語る言葉に、俺の背筋がヒヤリとする。


「魔族というのは、言うなれば『意思を宿した魔力の塊』みたいなものなんですよね。大気の魔元素が、自然の循環の中で魔力へと変質することがありますが、その際、極めて稀にそこに意思のようなものが宿る。それこそが魔族の()()()なのです」

「……よくわからんが、その魔族の記憶をお前は持ってるってことか?」

「ええ。この身体に宿っている魂に、魔族だった記憶が存在している、ということです」

「じゃあ今のお前は人なのか? 魔族なのか?」

「規定するだけ無意味ですが、強いて言えば両方ですね。人間でもあり、魔族でもある。もう少し詳しく言うなら、生物学的には魔族と人間、半々の特徴を持っている状態といった感じでしょうかね」

「だからネクロメシアを使えるうえに――」

「ええ。魔力も人間の何倍もの量を体内で生成できる、というわけです」


 古い文献内で語られていた魔族の特徴として、体内で生成できる魔力量に限界がないというのがある。一方人間は体に溜めておける魔力量が一律で、その上限値以上に魔力を溜め込むと身体に異常をきたし、最悪死に至る。


「ただ現状、私は完全なる魔族ではありません。あくまでも魔族の知識や教養、身体機能を()()()()備えているというだけです。まぁ、だからこそ人の世界に順応することができたとも言えますが」


 一切の抑揚なく、自分語りを続ける鉄仮面。

 そこへ俺は、疑問を差し挟む。


「じゃあどうして、魔族の前世を持つお前がアンディルバルトを支配してる? 元々商会は、お前ら魔族を狩るエクソシスト集団が発祥だったんだろ? なら普通は相容れないもんだろ」

「それはいかにも人間的な思考ですね。魔族は人間以上に合理主義です。自分たちを討とうという組織があるのなら、それと真っ向から敵対するのではなく、敗北し従順になったと見せかけて内部へ入り込み、支配してしまう方が色々と都合がいい。人間は敵や他者が自分にへりくだると、嬉々として勝ち誇り油断するものですからね。その心理を突いて全てを手中に収めるのは割と簡単だったみたいですよ。まぁ、今の私はただ前世の記憶に従って、この地位に収まっただけなんですけれどね」

「……その言い方だと、人間より魔族の方が賢いって言ってるように聞こえるな」


 俺は不快さを隠そうともせず、意見をぶつける。

 後ろでは、ヒロカちゃんが領主様へ向けて回復魔法を繰り返し使っている。


「ええ、そうです。人間はかくも間抜けです。死体一つとってもそうです。なぜこんなにも有用な()()を、ただただ土に埋めて大地へ還してしまうのか。魔族の合理性を持ってすれば、人間の死体は食料にも、魔法の実験体にも、そして今のように従順な兵士にもなり得る。なぜ襤褸切ぼろきれになるまで使い回さないのか、理解ができません」

「人間にはお前らと違って……尊厳ってものがあるんだよッ!」


 ヤツの語る不愉快極まりない論理に、俺は声を荒げる。

 人間の尊厳を、コイツはなんだと思ってるんだ? ただだからこそ、暗闇に立つ鉄仮面が、本当に()()()()()()()()()()のだと、本能が悟りはじめていた。


「フフ、そういうものですか。勉強になります。そのお礼と言ってはなんですが……あなたの肉体も、私の『次の器』の候補にしてあげましょう」

「は? 何を言ってる?」


 急な話の転換に思考が追い付かず、俺は思わず悪態をつく。


「言ったでしょう? 私は完全な魔族ではない。今の状態から完全体へと成るためには、もっともっと長い時間と鍛錬が必要なんです。その時間を過ごしていくには、今の肉体は少し歳を取り過ぎていましてね。そろそろ()()()だなと考えていたのです。ほら、前に話したじゃないですか。――『ちょうど今、商会の配置転換を行っている時期で。同時に人員整理なども行われていて』、と」


 言いながら鉄仮面は、その仮面の顎に手をかけ、一気に剥がし取った。


「お、お前……!」

「さぁ、その肉体の持つ可能性を、私に存分に見せてください。あなたの背後にいる《《三体》》を含めて、より良い器を私のものとしますから」


 ――アルネストに魔石を回収に来ていた、総白髪の男が、笑っていた。



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