第88話 各所、制圧
「全員、動くな……ッ!」
鉄仮面の眼の位置がわかったタイミングで、俺は裂帛の気合で《魔眼》を放つ。相手が相手だ、一切の容赦は必要ない。
「ごはぁ!?」「な……っ!」「ぐぁ?!」
集団の中央に陣取っていた鉄仮面をはじめ、散開せんと踏み込んでいた黒装束たちも、漏れなく全員が膝から頽れた。
我ながら強力だな、魔眼は。こんなタイミングだけど自画自賛。
「き、貴様……いったい、なにを…………!?」
「そこで這いつくばってろ。今楽にしてやる」
立ち上がれず、はじめて苦しさの滲んだ声を出す仮面の男。平伏した姿勢のせいで、その重そうな鉄仮面が地面に擦れて歪な音を立てる。
俺はそれを見下ろすように、シーシャを背負ったままでトドメを差しに行く。
恐ろしい犯罪シンジケートの首領の最後にしては、呆気ない幕切れだ。
「う……」
「シーシャ!」
敵全員を沈黙させたことを確認したタイミングで、背中から苦しそうな呻きが聞こえた。シーシャである。傷が痛むのだろうか? それとも、俺が身体を動かしてしまったせいだろうか?
「っ!?」
と、そこで鉄仮面へと視線を戻すと……すでに事切れていた。
ど、どうして? 俺はまだなにもしていない。
まさか、魔眼で? いや、そんな殺傷能力はないはずだが……?
「い、行こうシーシャ」
事態を飲み込めないまま、俺はシーシャを休ませるためにその場を離れることを優先した。
◇◇◇
「まったく、張り合いがないねぇ」
「で、ですね」
ひとしきり大暴れして、再びソファにどかっと腰を下ろしたルカさんがため息交じりに言った。私は冷や汗をかきつつ、ただ肯定することしかできない。
私たちはまだ、アンディルバルト商会の本店にいた。ただし、すでに建物は半壊状態で、応接室は天井、側面の壁が半分以上無くなっていて、見上げると暗い夜空に浮かぶ星が見えた。
そして方々には、ルカさんに返り討ちにされた商会の人たちが、鏡餅みたいに折り重なって積み上がっていた。まさに死屍累々って感じ。
ルカさんの強さ、凶暴さ、そして暴れっぷりを間近で見ていて思った。一番ヤバいのはルカさんなのでは……? だってもうこの人怒らせたら、たぶん国の一つや二つ吹っ飛ぶ気がするもん。
「これだけのデカい組織だ、少しは骨のあるヤツもいるかと期待したんだけどねぇ。見掛け倒しもいいところだ」
「は、ははは。そうですねぇ」
内心では『ルカさんと張り合える人なんてそう簡単に見つかりませんよ!』と思っていたけど、言わない。こういうとき、余計なことは言わないのが一番!
と、そこで。
ジャリ、と靴底が瓦礫の粒か何かを踏んだ音がした。
素早く視線を向けると、やけに特徴的な人物が立っていた。
――鉄の仮面で顔を覆った男。
「お初にお目にかかります。ルカ・オルカルバラ。そしてヒロカ・エトノワ。歴戦の英雄と史上最速の勇者と手合わせできるなんて、光栄の至りです」
「ふん、少しは骨のありそうなやつが来たねぇ」
ぐわ、とソファから立ち上がり、狂暴な笑みを浮かべるルカさん。
これ以上ないほど力強く頼りになる味方なのだけれど、私は一抹の不安を抱えていた。
私は今、『空気を読む』のギフトを全開にしている。この状態なら《恩恵読破》が発動し、相手がギフト持ちかどうか、そのギフトの性能が読めるはずなんだけど……あの仮面の男からは、なにも読めないのだ。
仮面の人、不気味だ……言いようのない不安感を払拭したくて、私はダガーを構え直した。
妙な寒気が、背中を駆け巡っていた。
◇◇◇
「ふん、他愛ないもんじゃ」
吐き捨てるように言い、わらわは肩を回した。二、三発魔法をぶっ放したら、アンディルバルト商会の刺客らは全員沈黙し、アルネスト周辺には深夜の静けさが戻っていた。
この町の防衛を任されているわらわとしては、このままユーキらが帰ってくるまで防御態勢を続けていかなければならないわけだが、いかんせん張り合いがなさすぎる。
あの程度の強さの刺客など、はっきり言って魔法障壁と警備兵程度でどうとでもなる。わらわの魔法で迎撃してやるなど、ある意味ではもったいなかったかもしれん。
まったく、こんなことならわらわも観光がてらバルド・バルジに行っておけばよかったのう。
「ヴィヴィアンヌさん、王国から派遣された一団から連絡が届きました。いかがしましょう?」
「む、そんな話もあったのう」
連絡係を担当してくれているギルド職員が近寄ってきて、判断を仰いでくる。そういえば、エデンダルト王がアルネストの支援として、極秘に魔法騎士団の一部隊を派遣してくれたと誰かが話していたのう。だが、それもそもそもいらぬ世話だったかもしれんな。
「まぁ、せっかく向かってもらっているんじゃ、来るだけ来てもらえ」
「了解しました」
指示を出し、もう一度肩を回して凝りをほぐす。
すでに今は夜も深く、気が緩んだせいか欠伸が出てくる。
「ふわぁ…………おん?」
大欠伸のすぐ後、妙な魔力の蠢きを感じた。
闇の中で、意思を持った何かが動いたような……いや、違うな。突如として、闇それ自体が魔力に変質したかのような、そんな感覚。
いつもなら魔力は眩いぐらいに光り輝き、光線のようになってわらわに幻想的な景色を見せてくれるのだが、今感じたのは、『黒い輝き』とでも言うような、今までに見たことのないものだった。
肌感覚として一番近いのは、シーシャとやらが残していった妙な魔力の残滓だ。あのまとわりつくような不気味な魔力が、一番近い気がする。
言うなれば――黒い魔力。
これをそもそも魔力と呼んでいいのかもわからないが、漆黒が蠢く、濁った力。
「……これは、騎士団の連中を追い返さなくて正解だったかもしれん」
わらわは欠伸で涙の浮かんだ目尻を拭ってから、再び魔力を練りはじめる。
――ユーキらも油断しておらぬとよいが、果たして。




