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第86話 地下の奥に

「警備はなし……と」


 無音で倉庫の扉を開けて中に入ると、内部は真っ暗闇だった。

 これが十六棟目の捜索だったが、ここまでに二度ほど、内部にも警備の人間がいた。その場合は開けてすぐに灯りがあったので、おそらくここには警備はいないはず。ちなみに全員瞬時に《魔眼》で沈黙させて事なきを得た。


 俺はスキルで夜目が利くので、一切灯りがなくともある程度の視界は確保できるが、やはり夜の人気のない建物内部というのは若干の怖さがある。

 手に握ったレーダー代わりの魔石の輝きだけが、今俺が持っている唯一の光源と言えた。まぁ警備がいない方がシーシャを探すうえでは当然好都合なんだけども。


 俺は倉庫内を慎重に歩みながら、魔石の反応を見る。内部に入ってから、どんどん光が強くなっている。さすがに名前を呼びかけるわけにはいかず、死角になっている場所を一つ一つ調べて周る。灯りがないとは言え、警備をサボってその辺で寝ている野郎がいたりするもんだからな。ちゃんと目視でもチェックしていかなければ。


「上には誰もいないみたいだな」


 倉庫内を一通り周り終え、俺は一度息を吐く。シーシャはいなかったが、同じく警備もいないというのがわかったので、少し安堵した。倉庫を虱潰しに探すのは、このタイミングになるまで安心ができない。なので、かなり精神的に疲労する。

 俺は首の凝りを感じ、ストレッチした。


 よし、残るは地下だな。

 俺は再び緊張感と一層の警戒心を持って、入り口付近の階段からゆっくり地下へと降りていった。


 階段の一段一段を、音が立たないようゆっくり下っていく。

 どこもそうだが、地下はやはりジメジメして陰湿な感じがした。


「あれ……ここ、他と少し違う?」


 階段を降りきり、暗い地下室を見渡す。

 人気が一切ないのは同じなのだが、この倉庫の地下だけ、他と違う点があった。

 

 それは、一切魔石がないということだ。他の棟は地下にも魔石が山のように積んであったのだが、ここはなぜか無機質な壁に挟まれた廊下が、ただ一本道で奥に続いているというだけだった。


 廊下の奥には、いかにも重そうな鉄の扉。

 この地下、ぱっと見の印象はなんというか……拷問部屋のようなところに思えた。しかもただの罪人ではなく、重罪人を閉じ込めるような場所。そんな雰囲気がある。前世の感覚で言うなら、ドラマやアニメなどで見る懲罰房のような印象だ。


 一瞬、背筋に嫌な悪寒が走る。本能的に、あまりここには長居したくないと感じてしまう。

 ふと、俺は手元の魔石を見た。


「こんなところに、シーシャがいるってのかよ……?」


 しかし、レーダー魔石はさらに強く輝いている。

 奥まで行って、確かめてみるしかない。


 俺は恐る恐る、鉄扉へと近付いた。そして念のため、内部の状況を探ろうと扉の表面に耳を当てた。が、やはり気配などは感じ取れない。


「ふぅ」


 静かに息を吐き、ゆっくりと力を込めて重たい鉄扉を開ける。そして少しだけ隙間を作り、もう一度耳を澄ませてみた。念のための確認である。


 誰かの、か細い息遣いが聞こえた。


 ……本当に、シーシャがいるのか?

 再度、手元の魔石を見る。先ほどよりも、爛々と光っている。


 俺は焦燥感に似た気持ちを抱きつつも、余計な音を立てないよう、ゆっくりと扉を開けた。


「…………ッ!」


 扉の先には――ボロボロになったシーシャがいた。


 四肢を拘束され、何かしらの拷問を受けたようだった。

 鞭、縄、裂傷、火傷。それらの痛々しい傷跡が、その白く華奢な身体の各所を覆っていた。


「シーシャ!!」

「……………………」


 俺はいてもたってもいられず、シーシャの身体へ手を伸ばす。気を失っているのか、一切の反応がない。


「誰が……誰がこんなことをしやがった……絶対に許さない」


 スキルを発動させて筋力を上げ、拘束具を外していく。一つ一つ外す度、食い込むほどに手足を締め上げていたのがわかった。悔しくなり、奥歯が割れんばかりに噛み締める。

 どこのどいつだ、シーシャにこんな真似をしたのは……?

 優しくて仲間想いで真っ直ぐな彼女を、よくもこんな目に……!


「………殺してやる」


 目を開けず、力なく俺にもたれかかるだけのシーシャの身体を抱き締めながら、俺は抑えきれない憎悪に掻き立てられていた。これを商会の連中がしたってんなら……全員の息の根を止めてやる。


「シーシャ、行こう。やっぱりここはキミのいるところじゃない」


 ひとまず深呼吸し、今やるべきことを思い出す。

 まずはシーシャの傷を手当しなければと、最低級の回復魔法をかける。ただ、俺が無理矢理に治癒してしまうと傷跡が残る可能性もある。危険な傷と元通りに治せそうな箇所のみ、回復させていく。


「よし」


 ある程度魔法をかけたところで、もう一度身体を検分する。半ば裸だったので、俺の上着を身に着けさせる。


「……ん?」


 その際、臍の脇辺りに見慣れない痣があるのがわかった。どこか刺青のようでもあり、不気味な感じだ。

 以前、時間を間違えてギルドの浴場でシーシャの生まれたままの姿を見てしまったことがあるのだが(ちなみにそのときにフルパワービンタをおみまいされた)、そのときにはこんなものはなかったはず。


 何かの紋様のようにも見えるが、いったい……?


「シーシャ、待ってろよ。もう少しの辛抱だからな」


 考えていても仕方ない。なんにせよ、ここから離れるのが先決だ。俺は声をかけながらシーシャを背負った。


 まだ意識は戻らず、浅い呼吸を繰り返すだけだが、それでも背中を通して感じる温もりは、確実に彼女が生きているのだと教えてくれた。


 それだけで、少し視界が滲んだ。



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