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第85話 アルネスト防衛戦

 完全に陽が沈み、真っ黒な闇に覆われたアルネストの入口門。

 わらわはそこに臨時で建てた物見やぐらに陣取り、眼下で動く者たちへゲキを飛ばしていた。


「火を絶やすな! スキルの使えん者にとっては視界の確保が生命線じゃぞ。今日がヤマ場じゃろうて、絶対に灯りだけは消えぬようにしろ!!」

「「「はい!」」」


 アルネストの皆は、少し前までなんの関係もなかったわらわの言葉に従順に応じ、忙しなく戦いへの準備を進めてくれる。なかなか、胸の奥に熱いものが沸き上がるのを感じる。

 そもそも以前のわらわなら、こんなことには関わろうともしなかっただろう。


「まったく、ユーキの奴は本当に変な影響力がある」


 言うまでもなく、わらわがこんなことになったのはユーキのせいである。

 今回の渦中にいるシーシャとか言う者に、わらわ自身は会ったこともない。だがユーキのヤツはなんの躊躇もなく「ヴィヴィさんも絶対気に入るから!」などと言ってあーだこーだとソイツの話をするもんだから、わらわも若干興味が出てきてしまった。

 それゆえ、大して考えもせず『打倒アンディルバルト商会!』の流れに乗っかってしまっていた。


 じゃが、わらわ自身も商会の黒い噂はチラホラ聞いていた。そのため、アマル・ア・マギカはあそこに頼らず魔石は自前で用意するようにしていた。魔元素が豊かなギレレーシュ大瀑布に居を構えたのも、その辺りを考慮したためだった。

 アマル・ア・マギカは魔法使いの国として、他国以上に魔石を必要としていた。そんな我々にあの商会は幾度となく近付き、商売の話を持ち掛けてきていた。


 が、アマルはそれを拒絶し続けた。

 商売の基本は損得勘定であり、国が大きくなる過程でそのような連中と取引をしてしまうと、そこから利権が生まれ、それを盾にして国からあらゆるものを搾取をしようとしてくるもの。


 できる限り何処にも何にも頼らない国家を目指していたマギカは、その信念を貫こうと抗い続けたのだ。


 アマルのヤツがよく愚痴っていたが、まだ国が弱い時分には商会の腹いせで悪質なプロパガンダを流布されたこともあったらしい。だが、わらわの天才的発明品などを他国に流通させることで、相対的に魔石の需要を増やすことに成功。その恩恵に与った商会の連中は妨害をやめ、今では何事もなかったように静観しているというわけなのだ。


 その頃から、あの商会には悪いイメージが付きまとっていた。

 まぁ、世界中のインフラを牛耳って我が物顔をしているわけだ。悪印象があっても付き合っていかざるを得ないのが人の業なのかもしれぬが、まさかこんな形で正面から事を構えることになるとは。


 アマルが受けたストレスの分も、このわらわが返してやらねばならんのう。


「ふん、そうこうしてるうちに来おったわい」


 遠い祖国に思い馳せていると、わらわの《魔導目視マギカアイズ》に揺れ動く魔力の脈が浮かんだ。おもむろに黒い目隠しを外し、視界をさらに良好にする。


「魔力の質感を見るに、ムコルタ襲撃のときに見た魔力と同質じゃな。……ふむ、やはり支配系のギフトなのかもしれん。心してかからねば」


 魔力の()が一本線ではなく、幾重にも絡まって粘着しているように視える場合は、だいたいの場合、他者を洗脳や支配下に置くギフトの魔力であることが多い。

 少し前にダイトラスで暴れたディルビリアという女の魔力は、他者の魔力そのものを変質させる特異なものだったが、あれも見え方としてはこれに非常に近かった。


 なんにせよ、警戒するに越したことはあるまい。


「――――」

「さぁ、来るがいい。こっちは待ちくたびれておる」


 声もなく、数十の影がアルネストを取り囲んでいた。考えるまでもなく、アンディルバルトからの刺客だろう。


 わらわは欠伸を噛み殺しつつ、手信号で仲間への指示を出し、ゆったりとやぐらを降りた。

 そして、防衛線の最前線へと歩み出る。


「ぎゃッ?!」「ぐお!」「おがぁ!?」

「かかったな」


 そこで、うめき声やら悲鳴やら、野太く醜い声が耳に届く。

 このわらわが準備した()()が、さっそく機能しているようじゃな。


「さぁ、わらわお手製の魔法障壁の威力はどうじゃ? マギカ国で使っているものに迎撃魔法を組み込み、わらわが直々にこの町全体へ仕込んでおいたのじゃ」

「小癪な真似を……! まずはアイツを狙え!!」


 リーダーらしき男の指示で、わらわへ向けて投石、魔法などで攻撃を試みるアンディルバルトの刺客たち。なんとも、あの程度のものでこのわらわの相手ができると思っているのか?


 わらわはあらかじめ存分に練っておいた魔力を使い、魔法のイメージを開始する。


「くっくっくっ、久しぶりに戦場のヒリつきを思い出すのう……さぁて、お前らのような人間じゃ一生味わえないような、とびきりの魔法を喰らわせてやるぞ」


 ここは辺境で、奴らが来るのは外から。視界は開け、都会と違い建物などもない。

 要するに。

 思う存分、大出力の魔法をぶっ放せるということじゃ。


「くらえ――《アンノウンファイア》ッ!!」

「「「ぎゃあああああああ!!」」」


 燃え盛る巨大な火の球が、周辺の草原に焼け跡を作っていく。

 それに続いて、断末魔。


 我がアルネストはもはや、要塞と化した。


「さぁ、もっともっとわらわを楽しませてみろ!!」


 久方ぶりの高揚感を解き放ち、わらわは闇夜へと叫んていた。


◇◇◇


 ギィ……ガチャ。

 倉庫群でのシーシャ捜索をはじめて、はや十五棟目。

 あまり音が出ないよう、静かに後ろ手で扉を閉める。


 肉体的な疲れはあまりないのだが、毎回倉庫内部の確認で神経がすり減るため、若干精神的な疲労感があった。そのせいなのか、自分ではどのくらい時間が経ったのかが正確にわからない。


 ほぼ同じ構造の倉庫は、入り口が一つだけあり、入ってすぐに地下への階段がある。その階段の近くには休憩所のような場所があり、そこで稀に商会の連中がたむろしている場合もあった。そのため、どうしても倉庫の一棟一棟を確認する度、緊張感があるのだ。

 商会の連中がいる場合は《魔眼》で瞬時に黙らせられるのだが、それでも精神的なスタミナをじくじくと削られている感覚があった。


 ヒロカちゃんと領主様のおかげで、こっちの倉庫群にいる人数は確実に減っているのだが、やはり一筋縄ではいかないのだった。


「ん?」


 次の倉庫の入口に近付くと、ずっと片手に握りしめていた魔石が輝き出す。この光度は、今までになかった反応だった。


 もしかしたらこの倉庫内に、シーシャがいるかもしれない。


 俺は逸る気持ちを必死で落ち着かせながら、重い扉を開けた。



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