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第81話 アルネストの団結

「――以上が、ムコルタが文字通り命懸けで調べてくれた、シーシャ・アンディルバルトに関する情報だよ」

「…………」


 シーシャについての話を終えたルカ・オルカルバラは、静かに手元の紅茶を飲んで喉を潤した。俺はルカの語ってくれた話の数々に、絶句することしかできなかった。


 今、俺と領主様は、ギルドの一番奥まった部屋にて会議を行っていた。

 まずは情報共有が先決ということで、俺が領主様からシーシャについての情報を聞いていたところなのだった。


 まさかシーシャが、アルネストに来る前までは殺し屋をしていたなんて。

 さらに、あのアンディルバルト商会が、裏では犯罪シンジケートのような真似をしていたとは……正直言って、まだ信じられないし実感も湧かない。


 ただ一つだけ、確かなことは。

 ……過去になにがあったとしても、俺はやっぱりシーシャとの日常を取り戻したいと感じている。


「あの子はアンディルバルトの暗部を担ってきた、凄腕の殺し屋だったというわけさね。まぁ元を辿れば、幼少期にあの商会が行っていた人身売買の被害者であり、常識すらもわからない段階から『そうすることでしか生きていけない』人間として()()()()と言った方が正しいかもしれないがね」

「俺は……絶対に許せません。そんな搾取構造は」


 改めて聞き、怒りが沸々と湧いてくる。

 なにもわからないうちから間違った道を歩ませ、それが当たり前だと錯覚させた上でその人生を搾取し続ける。そしてそれに従わなくなったり逃げようとすれば制裁を加えるなど、なんという不条理であり理不尽だろうか。

 前世の感覚で言えば、右も左もわからない若者を口当たりの良い言葉で入社させ、身体を壊すまで酷使するブラック企業みたいな搾取構造である。


 いや、マジで許せねーだろ、アンディルバルト商会。


「あの商会の起源は、かなり古いとされてる。大昔、魔族との抗争が起きた際、教会組織内に編成されたエクソシスト部隊が母体となったと言われているそうさね。だからまぁ、その教会との関係や情報網を使い、魔石関連の商売を成功させて、今の権力と影響力、莫大な富を手にしたと言われている。組織の首領はずっと同じ名前の人物だそうだが、顔を分厚い鉄の仮面で覆い隠しているそうだ」

「不気味ですね」

「ああ。誰も顔がわからないのをいいことに、何度か代替わりをしているというのがもっぱらの噂だね」

「要はそれだけ、裏のボスは得体が知れないってことですか」


 ルカの言う通り、敵は強大だった。

 現在のアンディルバルト商会は、ルカも話した通り魔石関連の事業で成り上がった商会とされているが、おそらく()()()も行っていたからこそ、ここまでの影響力を獲得したのだろう。

 シーシャが前宰相のディルビリア・ビスチェルを暗殺したとヒロカちゃんは言っていたが、ここまでの話を踏まえればそれにも納得がいく。


 ただ怒りに任せて飛び込めば、間違いなく返り討ちに遭う。

 しっかりとやり方を考えなければ、敵の強大な影響力の元、捻り潰されるのがオチだ。


「が、アタシはもう引く気はない。ムコルタを傷つけられたんだ、タダじゃおかない」

「俺も同じです。大切な仲間を、連れ戻す」


 それでも、我が領主様は力強く言い切った。俺もそれに同意する。

 お互い、迸るほどの怒りを抱いてはいるが、頭は至って冷静だった。聖魔樹海で召喚勇者の悠斗と相対したときもそうだったが、極限の怒りを抱くと俺は逆に頭が冷えてくるのかもしれない。


「相手は裏家業を生業としてる組織だ。完全に息の根を止めるつもりでいかないと、報復を受ける恐れがある。さらに言えば、アタシたちの決起が発端となり、アルネストが血で血を洗う抗争に巻き込まれちまう可能性すらある。そこら辺は理解しているね?」

「……だったら、俺一人でいきます。アルネストの皆を危険には晒せない」

「馬鹿が」

「ッ!?」


 と、そこでルカは、俺の胸倉を掴んだ。

 若干だが、俺のかかとが地面から浮く。


「領主のアタシが、すでに事を構えると決めたんだ。一領民であるアンタ一人に全部背負わせるわけないだろうが」

「で、でも――」

「これはアンタの戦いであると同時に、アタシの戦いでもある。そしてアタシは領主であり、ダイトラス王国の宰相でもある。そしてアンタは代官補佐。今のままアタシたち二人が戦えば、色んなところにしわ寄せがいく」

「……ええ」

「商会は当然、ダイトラスにも根を張っている。そんな大組織と一国の宰相が敵対すれば、色んな迷惑をかけちまうだろう。だからアタシは、商会とやり合う前に……宰相を辞するつもりさ」

「ッ!?」

「いざというとき、ダイトラス本国とアタシの行動は無関係だと言う風にしておかないといけないからね」


 ルカの不退転の覚悟に、俺は息をのむ。

 生半可な覚悟じゃ、アンディルバルト商会に勝ち目はないのだ。


「……じゃあ、俺もギルドに辞意を伝えます。あと、ヒロカちゃんには秘密で、あくまでも俺が単独で勝手をした、と言う風にします。アルネストのみんなを、巻き込みたくないですし――」


 と、そこで。

 乱暴にドアが開かれた。


「なんじゃ、水臭いのう」「…………」


 部屋に入って来たのは。

 ギルド職員、町の皆を引き連れた、ヴィヴィアンヌさんとヒロカちゃんだった。

 ヒロカちゃんは黙って、俺を睨みつけている。


「おぬしら、若干勘違いしておらぬか? 誰にも迷惑かけぬよう、二人でなんとかしようなどと話していたようじゃが……」

「それのどこがいけないんだよ?」


 俺は先頭のヴィヴィさんの前に立ちはだかる。

 ここで折れてしまっては、皆を巻き込むことになってしまう。


「ここは少し前まで、ただの辺境の町じゃったが……今はもう、様々な才能の集結した、あらゆる可能性を秘めた場所になのじゃぞ?」

「……ッ!」


 改めて指摘され、俺はアルネストの()を認識させられる。同じように感じたのか、俺の後ろのルカ・オルカルバラも息を飲んだ気がした。


「大賢者であるこのわらわと、そこにおる前時代の最強戦士ルカ・オルカルバラ。さらに最速で勇者になったヒロカ・エトノワ。さらにおぬし……最速勇者と大賢者の先生、ユーキ・ブラックロックじゃ。どうじゃ、これだけの人材を以てしても、裏で悪行放題の悪徳組織に負けるというのか?」

「それは……」


 ヴィヴィさんの言葉に、俺は思わず気圧されてしまう。


「先生」

「ヒロカちゃん」


 そこで一歩進み出たのはヒロカちゃんだ。

 かなり怒っているように見える。


「私を慮ってくれているのは、わかります。でも、いい加減私も子供じゃないです。何度でも言いますが、いつまでも守られるばかりはイヤなんです。自分の未来や生き方は、自分で決めます。そろそろわかってください」

「いや、でも――」

「それ以上言うと、もう先生を老害認定します」

「うぇ!? マ、マジですか……?!」


 それはかなりショックだった。

 若者や下の者を押さえつけるばかりの老害には絶対になるものかと思っていたが、自分がまさかそうなりつつあったとは……。マジで反省。


「ハハハ……ユーキ、これはアタシらが意固地だったみたいだねぇ」

「領主様……」


 背後にいたルカが、俺と並ぶようにして進み出てきた。


「アタシはね、こんなに強く立派な仲間を持てて嬉しいよ。……アルネストのみんな、覚悟はできてるんだね?」

「「「オオオオォォッ!!」」」


 愛すべき領主の言葉に、部屋に入って来た皆は雄叫びを上げた。


 そこで、ようやく気が付いた。

 俺は……いや、俺たちは最強の町、アルネストの人間なんだということを。


 全員で一致団結して、シーシャを救い出すのだ。



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