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第74話 レイアリナvsヒロカ

 練兵場の端で、俺は息を飲んで立っていた。

 視線の先では、ヒロカちゃんとレイアリナさんが距離を取って正対し、会釈し合っている。


「よろしくお願いします!」

「うん、よろしく」


 ダイトラス魔法騎士団、訓練最終日。今日の講義は魔法中心で、講師は主にヴィヴィアンヌさんが担当してくているわけなのだが、それだと手が空く、と騎士団長であるレイアリナさんが言い出した。そこで時間を有効活用するために、ヒロカちゃんに声をかけ、なんと二人が実戦形式で戦うこととなったのだ。


 練習とは言え、いわば最速で成り上がった若手勇者と、現役最強の勇者の手合わせ。

 こんな世界中が注目するような好カードに皆の耳目が集まらないわけもなく、ランニング中の騎士たちも、俄然こちらに意識を向けはじめていた。

 かく言う俺も、かなり気になっている。果たして、史上最速で勇者と認められた者と、現役最強と謳われる勇者、どちらの方が強いのか。


 否応なく緊張感が高まっていた。


「そ、それじゃ、準備はいいですか?」

「「はい」」


 この戦いの審判という、光栄な役目を賜った俺は、少し声を上ずらせながら、ヒロカちゃん、レイアリナさんと順番に声をかけ、状態の確認をする。そして再び、両名へと目配せをしたうえで、右手を上げる。


「では…………はじめ!」

「えいっ!」


 俺の開始の合図と同時、さっそく仕掛けたのはヒロカちゃんだ。俺の魔眼から着想を得た『威圧』をかまし、すぐさまレイアリナさんの懐へと飛び込んでいく。


「むんっ!」


 が、そこは百戦錬磨のレイアリナさん。ヒロカちゃんの初手を読んでいたのか、裂帛の気合で『威圧』を無効化。ヒロカちゃんのアレはあくまで『空気感を飛ばしている』だけなので、空気に流されない強いメンタルを持つ熟練者らには無意味なのだ。

 そういった者との戦いに活かせるようになるのが、今後の課題と言えるだろう。


「やぁッ!!」

「っ!?」


 が、レイアリナさんが無効化してくることすらヒロカちゃんは織り込み済みだったのか、即座に距離を詰め、ダガー(型の木剣)による連撃を繰り出す。

 当然スキルで身体能力を強化しているので、その剣の速度は凄まじく、目にも止まらぬ閃光の如きだ。その圧倒的な勢いに、レイアリナさんも若干驚いた顔をした。

 ただ、それも一瞬。


「前より格段に速くなってるね、ヒロカ!」

「ありがとうございますッ!!」


 レイアリナさんにはまだまだ、声をかけつつ戦う余裕があった。彼女のギフト『超硬化』は、身体中を想像を絶する硬度へと変質させる。レイアリナさんは文字通りその恩恵を受け、攻撃に()()()()()()ような勢いで物怖じせず突っ込み、ヒロカちゃんの攻撃を大胆に躱していく。


「今度はボクからいくよ!」

「くっ!?」


 レイアリナさんはズンと踏み込み、巨大な木剣(愛用武器の斧ではない。ハンデだそうだ)を構えた。ヒロカちゃんはそれを読み、攻撃を躱そうと備える。

 ――が。


「ぁぐっ?!」

「ヒ、ヒロカちゃ——!!」


 思い切り振り抜かれたレイアリナさんの木剣は、ブゴォォン!!という轟音を立てて空気を切り裂いた。

 躱すことができず、ヒロカちゃんは武器で防御するのが精一杯となる。

 しかし、小型の木剣でのガードはいとも容易く砕かれ、その大きな衝撃から、ヒロカちゃんは後方へふっ飛ばされてしまった。


 俺は審判と言う公平な立場にも関わらず、思わず叫んでしまった。い、いかんいかん。

 そう、レイアリナさんの膂力から生まれる超越的な剣速が、ヒロカちゃんの超反応すら上回ったというわけだ。


「と、とんでもねぇ」

「あれが我らが団長か……!」


 ギャラリーから、畏怖にも似た声が聞こえてくる。

 なんと、一撃で勝負を決してしまった。これが現役最強勇者の攻撃力か……!


「しょ、勝者、レイアリナさん!」


 俺は事態を飲み込めないまま、慌てて宣言をする。

 それにしても、なぜ同じ材質で作られている木剣なのに、あそこまで硬度が違うのか。しかもレイアリナさんが持っていた方が巨大で面が長くなる分、強度は落ちそうなものなのだが。


「うん、いけるな」

「レイアリナさん……すごいです! まさか、武器にまでギフトを付与できるだなんて!」


 と、そこで武器を見ながら呟いたレイアリナさんへ、遠くで体勢を立て直したヒロカちゃんが言った。

 そうか、レイアリナさんはギフトをさらに鍛え上げて、武器にまでその効力を与えることができるようになったのか。すごすぎだろ!


「ヒロカ、本当に強くなったね。すごい成長速度だよ」

「いえ、先生のおかげです。あと、やっぱりレイアリナさんは凄いです。また戦いましょう。ありがとうございました!」

「ああ、またいつでも」


 清々しいほどの笑顔を浮かべ、握手する二人。その光景に、俺は思わず拍手をしていた。

 それが伝播したのか、周りにいたギャラリーの皆が、同じように手を叩き出す。


 ヒロカちゃんとレイアリナさんは、どこか照れ臭いような様子で皆の歓声に応えていた。


「あっ」

「あ」


 と、ひとしきりの拍手が止んだあと、輪を離れようとしたレイアリナさんと鉢合わせる。

 やば、またぷいっとされちゃうかな?


「……ユーキ、ヒロカをよくあそこまで育てたね。さすがだよ」

「…………ッ!」

「これからも、がんばって」


 さらりと言い、レイアリナさんはその場を去って行った。


 つぶやくように、目を逸らしつつ紡がれた、短い言葉。

 だけど俺にとっては――とてつもなく嬉しい言葉。


 今までのヒロカちゃんとの時間や、そこに辿り着くまでの苦労などの全てが、肯定されたような気がした。

 込み上げてきたなにかをせき止めるために、俺は少しだけ上を向いた。


 潤んだ視界に飛び込んできたのは、青く澄み渡った空だった。



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