第72話 領主への報告
「楽しんでるようだねぇ」
「え、ええ。まぁ」
いつもに比べて穏やかな雰囲気を漂わせる我が領主の問いかけに、俺は少しだけ緊張して応じる。パーティーに合わせたのか、ルカ・オルカルバラも今日は装飾的なドレスを着ており、非常に煌びやかな雰囲気だ。
「代官補佐の仕事の方はどうだい? あんまりアンタたちの負担になっていないといいんだけどねぇ。ヒロカもまだ若いし、急にやってもらうには少し荷が重すぎるかとも思ってはいたんだ」
「い、いやいや! オルカルバラ伯の部下の皆さんが超絶優秀なんで、ヒロカちゃんも俺も、ほとんどお飾りって感じですよ。仕事してなくて申し訳ないぐらいです」
気遣ってくれる領主様の言葉に、俺は慌てて現状を伝える。
俺たちを心配してくれるのは非常にありがたいのだが、むしろこっちとしては恐れ多い。もう少しなにか手伝えることがあれば積極的に貢献させてほしいぐらいだ。
「ハハ、そんな風に言ってもらえると、なんだか部下が褒められているみたいで嬉しいもんだねぇ。アタシも今は忙しくて色々と手が回っていないところもあるが、アルネストも変わりないかい?」
「あー、ええ。つつがなく平和だと思います……たぶん」
問われた俺は、咄嗟にあまり考えず答える。……個人的には、一つのピースが欠けているのだけれど。
パーティー会場に流れる音楽が、どこか悲し気なものに変わった。
「そうかい。まあアンタたちみたいな若者が健やかであることが、土地にとっては一番重要さね。今は少しだけ辛抱をかけちまうかもしれないけどね、どうかよろしく頼むよ」
「は、はい」
領主様のありがたい言葉を受け、俺は考え込む。
若者が、健やかであること……そのうちの一人に、シーシャも入るのだろうか。
いや、入っていてほしい。
「あの、領主様」
「ん、なんだい?」
「えっと……」
声をかけておきながら、俺はシーシャのことを伝えるべきか否か、逡巡する。
アルネストギルドの職員のこととは言え、あくまでも個人的なことなような気がするからだ。
「実はギルドの職員が一人、帰っていなくてですね……」
「帰っていない? ダンジョン内で行方不明とか、違法な逃亡とかではなく、かい?」
「ええ。俺が知る限り、絶対にそんなことするやつじゃないです」
「ほう、誰だい?」
「シーシャです」
「…………あの子がか」
名前を聞いたオルカルバラ伯は、やけに深刻そうな顔をした。眉間にシワが寄り、百戦錬磨の総大将が先陣を切って突撃するかのような威圧感が辺りに漂う。
近くにいた騎士団の面々が、「な、なにごとか?!」とビビり散らかしている。かく言う俺も慣れているとは言え、かなり肝が冷えている。
「ふむ……その件、少しアタシに預けてもらっていいかい?」
「えっ、領主様にお力添えいただけるんですか!?」
「ああ、任せておきな」
俺はまさかの展開に嬉しくなり、思わず確認してしまう。てっきり『一職員ぐらい現場の人員で探せ』とか言われるかと思ったけど、相談してみるもんだな。
というかこういうところがもしかしたら、ルカ・オルカルバラがアルネストで慕われ続けてきた理由なのかもしれない。
「ありがとうございます、領主様!」
「ただし。アンタも色々と気になって独自に動きたくなるところだとは思うけどね、くれぐれも勝手に動かないようにしておくれ。事態がこじれちまうかもしれないからね」
「へ?」
「もう一度言う。とにかく勝手に動かないことだ。わかったね?」
「わ、わかりました」
やけに念押しをされてしまったが、さすがに俺もいい大人だ。中身は還暦だし。
それに領主様の影響力や情報網、人員の力も借りられるとなれば、もはや百人力である。俺のようなちんけな男一人が動くまでもなく、シーシャの手がかりを見つけてくれることだろう。
「それじゃ、アタシはこのぐらいでお暇させてもらうよ」
「あ、はい! ありがとうございました!」
去っていく領主様の背中に、俺はもう一度頭を下げた。
「ユ、ユーキよ」
「ん?」
と、次に顔を見せたのはヴィヴィアンヌさんだった。いつもより派手な色の三角帽子と目隠しをしており、両手に料理がたっぷり乗った大皿を持っている。
が、なぜか小刻みに震え、口をパクパクさせている。口の端から食べてたものが零れてますよ。
「あ、あの……あの巨大女と、し、知り合いなのか?」
「え? あ、ああ。あの人はアルネストの領主、ルカ・オルカルバラだよ。すげー威圧感だよな」
「う、うむ……あの頃から、一切衰えていない闘気じゃ……なんとも恐ろしい」
なぜかヴィヴィさんは、領主様が去って行った方角を見て、ずっと怯えるように唇を震わせ続けていた。
「あのバケモノと懇意だったとは……ユーキ、やはり侮れん……!」
「?」
そしてなぜか、俺の評価も微妙に上がったらしかった。いやなんで?
そんなこんなで、華やかなパーティーはお開きとなった。
イルミナがレイアリナさんにどやされたのは、言うまでもない。




