第71話 城でのパーティー
「はぁ……はぁ……わ、私とし、したことが……くや、しい……ッ!」
突っかかってきた挙句、まともな一太刀すら繰り出せないまま敗北を喫したイルミナ・ドナさんは、切れんばかりに唇を噛み締めつつ、俺を睨んできた。その瞳は潤み、今にも涙がこぼれそうだ。
そのせいなのかはわからないが、微妙に顔が上気していてなんかエロい感じ。
てかこの人さっきからなんかエロいのマジで困るんだけど。俺がくっ殺好きみたいじゃないかよ。いやそりゃ嫌いじゃないけどさ? でもまぁもう還暦(中身)ですし色々と控えないとね、ええ。……何の話をしてんだ俺は。
「しかと見たであろう、皆の者。これこそが特別講師ユーキ・ブラックロック殿の凄さである。彼は、相手と剣を見える前から敵を弱体化させる技を持っているのだ。それを諸君らが伝授してもらえるかどうかは皆の取り組み次第とは思うが、以後、彼に失礼な態度は決して取らぬように」
そして次は、エデンダルト王のドヤ顔である。
いやいやいやいや、このためにこの人止めなかったんじゃないだろうね!? 騎士団の有望株の一人が、プライドへし折られて辱められちゃってますけどそれはいいの!?
「ふふん、これで皆さんも理解できたと思います。この私の先生が、どれだけの実力を隠し持っているのかを。なので今後は、黙ってこの人の指導を受け入れていきましょう。いちいちこんな反抗をされていては、時間がいくらあっても足りませんからね。これだけの実力差を見せつけられておきながら、もしまだ納得していない者がいるのなら――私が相手になりますよ?」
「「「…………!」」」
で、挙句にはヒロカちゃんまでもドヤ顔。騎士団の皆が強張る。
マジでこの二人、俺を買い被り過ぎ。あとどんどんやりにくくなってるっつーの。
「こらヒロカちゃん。あんまり『威圧の空気』を出さないように」
「あ、すいません!」
それとは別に、俺は教え子に先生としてしっかり苦言を呈す。
彼女は先ほど、魔法騎士団の面々へと『威圧感』を放った。そうして彼らをビビらせにかかったわけなのだろうが、あの技術はあんまり多様させたくない。なのでぺし、っと頭に手刀をかます。すると彼女は、舌を出して笑った。
まったく、こういうときは可愛さで誤魔化すんだもんなぁ。
実は最近ヒロカちゃんは、ギフトである『空気を読む』に俺の魔眼の仕組みを応用し、自分の意図した空気を周囲へと影響させる訓練を行っているのだ。
簡単に言うと、今のように場にいる者たちへと圧力を与えたい場合は、身の内の怒りなどで威圧的な空気を自分の周囲に作り上げ、それを場にいる者たちへと発散することで、皆が物怖じし場を制圧できる、というような具合だ。
要するに、威圧感の具現化、みたいなものだ。
この他にも本人曰く、穏やかな気持ちで作った空気を周囲に出したりすると、ピリピリした空気を和やかにできるんじゃないか、などと話していた。うん、交渉事に活きそうな使い方だな。
というかもうチートすぎて、もはや俺なんか足元にも及ばないじゃん。
はぁ、遠い目しちゃうぜ。
「ヒロカのやつ、いい感じにイキっておるのぉ。ぬふふふ」
「ヒロカ、どんどん力を磨いているいるな。ボクも負けていられない」
「…………」
しかも、大賢者ヴィヴィアンヌさんと現役最強勇者レイアリナさんのお墨付き。
ふぅ……マジでなんで俺みたいなのが、こんなすごい子の先生なんでしょう?
◇◇◇
イルミナ・ドナ氏との試合終了後、俺たちは予定されていたダイトラス魔法騎士団の懇親会に主席していた。城の絢爛豪華な大広間に、所狭しとテーブルや椅子が並び、豪勢な料理、さらにダンスを嗜む人もいるのか楽器演奏まで行われている。
俺はこういうパーティーは苦手中の苦手なので、隅っこでひっそりと一人酒と料理を楽しんでいたのだが――
「ユーキィ、きしゃま、あの奇術のやり方教えろぉぉ! 私はぁ、悔しいぃぃ!!」
「いやキャラ変わりすぎぃ!?」
件のイルミナさんがワイングラスを片手に、馴れ馴れしく絡んできたのだ。騎士団の面々は鎧を脱ぎ、皆正装となっているため、彼女も艶やかなドレス姿となっている。すでに結構飲んでいるのか、顔が赤い。
「私はなぁ、今まで男に負けたことなどなかったのだぁぁ。きしゃまがぁ私のはじめてをぉぉ、奪ったというわけだ! 責任とれぇぇ!!」
「うん、言い方。言い方気を付けようね、勘違いされるから。あとお水飲もうか」
肩を組んできてゼロ距離で文句を垂れるイルミナさん。いや胸当たってるし。つかうわ、酒くさ! どんだけ飲んでるんだよこの人。俺は顔を背けつつ、給仕係の人からお水をもらう。
「ほら、水」
「んー。悔じいから、飲みすぎちゃったの……んぐ、んぐ、んぐ……ぷっはー!」
一度酒をテーブルに置き、俺と肩を組んだまま水を一気飲み干すイルミナさん。マジでコイツ酒癖わりータイプだぞ。
「ユーキぃ、私は悔しい……」
「わかった、わかったっつの」
「この悔しさを鎮めるにはぁ、やっぱりユーキをメチャメチャにするしかないと思うのだぁぁ……」
「だから言い方。言い方な、気を付けような」
この人、俺が特別講師だってこと忘れてない? 今後も顔を合わせる機会は結構あるのよ?
そんとき気まずくないのかしら?
「ちょちょ、ちょちょちょちょっと! イルミナさんッ!? 近いです、近すぎますッ!! 今すぐ先生から離れなさいッ!!」
と、そこで目敏く俺を見つけたヒロカちゃんがカットインしてくる。さっきまで騎士団の面々やお偉いさん方に囲まれていたのに、なんと素早い。
ヒロカちゃんは俺とイルミナさんの間に無理矢理割り込むと、酔っ払い(イルミナさん)を引き離してから、俺と腕を組むようにして密着した。うん、今度はキミが近すぎると思うよ?
「ふぇ? お、ぉぉヒロカ様、これは大変申し訳ぇぇ……ォエ」
「ああああ!? だ、大丈夫ですかぁー!?」
が、ヒロカちゃんに身体を揺らされたせいで酔いがひどくなったのか、イルミナさんが粗相発射前(?)といった感じで口元を抑えた。それを慌ててヒロカちゃんが支え、窓の方へと導いた。
はぁ。ギリギリだったな……。窓下の植物がすくすく育つことだろう。
「相変わらずモテモテのようだね、ユーキ」
「わ、領主様」
そこで現ダイトラス王国宰相、我らがルカ・オルカルバラがやってきた。
相変わらず、圧倒的な威圧感を放っていた。




