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第70話 イルミナとの手合わせ

 講堂から少し離れた練兵場へと移動した俺は、イルミナ・ドナさんとやらと距離を取って正対していた。それを取り囲むような形で魔法騎士団の皆が輪を作っているのだが、最前列にヒロカちゃん、ヴィヴィさん、エデン王、そして魔法騎士団団長レイアリナさんの姿が見受けられた。


 あぁ、どうして俺はこういう荒事のど真ん中にきてしまうのだろうか……どっかで厄払いとかやってくれないかな? 由緒正しい厄除けで有名な教会とかないのかな? ないか。


 そんな詮ないことを考えながら、相手であるイルミナさんを観察する。

 まず目を引くのは、豊かな赤髪を頭頂部にまとめたお団子ヘア。そしてともすれば生意気とも取られかねない自信に満ちた表情だ。

 細かい装飾の入った革の軽鎧は魔法騎士団共通のものだそうだが、程よく引き締まった彼女のスタイルによく似合っている。


「よろしくお願いします」

「ふん」


 俺が頭を下げて挨拶すると、不愉快そうに鼻を鳴らした。

 おぉ、すっかりやる気みたいですな。


「いきなり失礼かとは思うが……貴様はいったい何者なのだ?」


 顔を上げた俺に怪訝な目を向け、ぶしつけに言うイルミナさん。かなり疑っている様子だが、これに対しての返答は決まっている。


「しがない辺境のチュートリアラーですが」


 うん、マジでこれ以上でもこれ以下でもないので、他に答えようがない。

 色々と説明することはできなくはないけど、それに耳を傾ける気がない人になにを言っても無駄だしな。


「あくまでそうやって白を切るつもりか。私はな、貴様は敵国の間者ではないかと睨んでいる」

「……はい?」


 どこか得意げに、お門違いかつ素っ頓狂な推理を披露するイルミナさん。この人もしかしてスパイ映画の見過ぎか? あ、そもそも映画がないか。


「そうとでも考えなければ、辻褄が合わないではないか。ダイトラス本国のギルドに勤める冒険者指導員チュートリアラーであれば、百歩譲って仕事ぶりが評価され登用されることもあるだろう。だが貴様は、辺境のアルネストギルドの所属だ。にも関わらず、陛下に見初められて特別に起用されているわけだ。いくらなんでも怪しすぎる」


 うん、まぁわかるよ。全然わかる。

 実際、なんでこうなったのか俺自身が一番納得していないもの。

 でもねぇ、なんか知らないけどあれよあれよとこうなっちゃったのよ!


「そもそも、騎士どころか冒険者にすら舐められるようなチュートリアラーが、剣を持ち、魔法すら扱う我々に指導をすることなどできるわけがないのだ。自分より力のない者に指導されるなど、笑止千万甚だしい! 私がここで、貴様の野望を叩き折るッ!」

「はぁ」


 しゅび、と練習用の木剣の切先をこちらに向け、高らかに宣言を決めたイルミナさん。

 うーん、ここまで言われたら、もはや語るまい。彼女の想像力の豊かさもさることながら、いかんせんやっぱりチュートリアラー、舐められすぎである。


 今後は個人的に、チュートリアラーの地位向上を目標に掲げていきたいと思う。


 話は終わり、と言わんばかりに俺とイルミナさんはほぼ同時に木剣を構えた。

 場が、しんと静まり返る。


 その沈黙の中、エデン王が右手を高く掲げる。

 そして――


「はじめ!」


 ――戦いの火ぶたが切られた。


「覚悟ぉぉッ、チュートリアラーッ!」


 刹那、目をくわっと開いて突進してくるイルミナさん。魔力の揺れから察するに、ほぼ全身をスキルで強化している。

 いやどんだける気だよ。


「はぁ……」


 俺はため息まじりに、彼女との会話中から練り上げていた魔力を蠢かせる。

 目の奥がじわっと温かくなるいつもの感覚があり、一度瞬き。


 そしてすぐに――睨む。


「ぁんっ!?」


 俺と目が合ったイルミナさんは、突進の最中に膝が折れる。たまらず片手をついて転倒を免れるが、スキルも解かれ動きが鈍い。

 全然関係ないけど咄嗟に出た声がちょっとエロい。耳のやり場に困る。


「き、貴様ぁ、い、いったい何をしたぁぁ!?」

「えーっと、一応まぁ俺の固有スキルというか、自衛のために身に着けた技術と言いますか」

「ご、御託はいい!」


 いや説明求めたのそっちやないかーい。

 イルミナさんはなんとか態勢を立て直そうと、木剣を杖のようにして立ち上がる。しかし足腰が立たず、フラフラとしてしまって体幹に力が入らないようだ。


「て、てやぁ!」

「おっと」


 気合で無理矢理に足を動かして、木刀を逆袈裟に振ってくるイルミナさん。が、動きが遅すぎてさすがに当たるわけがない。

 ただ、俺は正直感心していた。彼女の実直なまでの騎士としての忠誠というか、正義感というか。

 なにせ今まで『魔眼』を喰らって足腰を立て直し、俺に向かってきた者はいなかった。しかも今の魔眼はある程度トレーニングも積み、最初の頃より精度も効力も上がっているにも関わらず、だ。


 この事実だけでも、彼女が真のエリートであり、見栄などではなく厳しい自己鍛錬の末に自信のある態度をしているのだということがわかる。


「く、くわぁ!」


 が、さすがに眼球を揺さぶられた後では、まともに剣は振れない。最近では魔力に振れを加え、意図的に眩暈を強烈にすることなども可能になっている。しかも俺も、こう見えて冒険者の端くれだった者。魔技戦における全身・五感を強化した状態で、あんな剣筋にやられるわけがない。


「なぜ、なぜだぁ、くそ! この、この私がぁ!」

「はい、終了」


 若干呂律が怪しいイルミナさんの背後にさっと回り込み、こつん、と首の後ろを木刀で叩いた。これが真剣ならば、どうなっていたか――うん、つまりはそういうことだ。


「そこまで!」


 察したエデンダルト王が、戦いの終わりを告げた。

 周りを囲んでいた魔法騎士団の皆が、息を飲んだのがわかった。


 これで一応、実力は示せた……のか?



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― 新着の感想 ―
……ぉおい……次回、お前ら纏めてかかってきなっ!的な展開に……
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