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第65話 チュートリアラー、流行る?

 ダイトラス王国での大騒動が終息し、愛しのアルネストへと魔法馬車で戻った俺は、身の丈に合わないオルカルバラ領の代官補佐として、これまでとは比べ物にならない忙しい日々を過ごすことに…………ならなかった。


 俺はこれまでとなんら変わらぬ、穏やかな毎日をのんべんだらりと過ごしていた。というかむしろ、前より悠々自適になったと言ってもいいぐらいの安穏とした日常が待っていたのだった。


「あぁ。俺のスローライフが戻って来たな」


 仕事終わり、アルネストの町を散歩しながらその喜びを噛み締める。

 なぜ、俺はこんなに暇……じゃなくて、平和な生活を過ごせているのか。

 理由は、まさに単純明快である。


 元々の領主であるルカ・オルカルバラの部下たちが優秀すぎて、俺がやることがほぼないのだ。スカウティング力とか人材育成力とか、マジであの人、バケモン領主ですわ。


『ユーキ様はヒロカ様の心配でもしてあげてください』


 公務とかなんとか、そんなことが立て込んでくるのではないかと心配していた矢先、使いの人にそんな風に言われ、俺は結構拍子抜けした。

 が、個人的に忙しくないのは万々歳なので、俺はこれまで通り冒険者指導員チュートリアラーの仕事をこなしつつ、業務終了後にはこうしてヒロカちゃんの帰りを待つという日々を過ごしていた。


 ヒロカちゃんは今日も相変わらず、近隣ダンジョンへせっせと魔石を採りに行っている。

 いつだったか、もうそこまで懸命に働く必要はないのでは?と言ったら『いつ何があるかわからないのはいつどこでも一緒ですから、できる限り貯えを作っておきたいんです』なんて、どっちが大人かわからないようなことを言われてしまい、俺が反省することになったっけ。

 あぁ、教え子が優秀かつ立派すぎて、ダメ人間な先生は劣等感に苛まれています。


「あ、帰って来た。おーい、ヒロカちゃーん!」


 夕方の風に吹かれながら他愛ないことを考えていると、黒髪ポニーテールの人影が森から出てくるのが見えた。今日はアルネスト大森林に入っていたのだろうか。

 俺の声かけに対してヒロカちゃんは、ぺこり、と一度会釈した。うーん、前はもっと元気いっぱいで、飼い主を見つけた子犬みたいな感じの反応だった気がするけどな。やはりダイトラスでの一件から、あまり元気がないような気がする。


 ……やっぱり、シーシャが戻っていないことが気にかかっているのかもしれない。

 かく言う俺も、さすがに心配になってきていた。


 まさかシーシャ、このままどっか行っちゃうなんてこと、ないよな?


「今日はどう? 魔石は?」

「あ、はい。順調です」


 とは言え、大の男が不安を表に出すのは憚られた。平静を装いつつ、声をかける。

 俺とヒロカちゃんはそのまま、中身のない会話をかわしながら、アルネストの町を歩いていく。ヒロカちゃんの声からは、明るさが感じられない。


「ヒロカちゃん」

「はい?」

「冷たいって言われたそれまでなんだけど……俺はさ、あんまり人の悩みとかに首を突っ込みすぎるもんじゃないって思ってる。いくら外野があーだこーだ言っても、その悩みとかに向き合わないといけないのは、結局その人本人だしね」

「…………」

「でもま、こんな風に言っておきながら、俺みたいなのでももし頼ってくれたなら……そのときは必ず全力で応えようって思ってるんだ。だからなんだって話なんだけど、もしヒロカちゃんも悩んだりとか、そういうことがあったら……いつでも言って」

「……先生」


 ヒロカちゃんは一瞬、泣きそうな表情をした。すぐその後、唇を噛んで下を向いた。

 そして。


「――ありがとうございます」


 顔を上げ、柔らかく微笑んだ。

 その笑みは、自然と出たものなのか、無理をして笑ってくれたものなのか、俺にはわからなかった。


 でも、久しぶりに見たヒロカちゃんらしい可愛らしい笑顔だったのは間違いなかった。


◇◇◇


「む、今日も増えてるな……」


 翌日。

 いつものようにギルドの講義教室の扉をくぐると、所狭しと人が押し寄せて来ていた。


 最近、俺の冒険者指導講習チュートリアルの受講生がやけに増えているのだ。ぱっと見でわかるほど、教室内に人がひしめき合っている。

 はじめは『おいおいユーキ、自意識過剰だぜ?』なんて思ったりもしていたのだが、さすがにこれだけ圧迫感があるといい加減否定もできない。なんか後方には立ち見の人もいるようだしな。むーん、なんか日に日にやりにくくなってる気がするぞ。


「はい、立ち見の方はきちんと整列してくださーい」


 俺がうむむ、と考え込んでしまっていると、ヒロカちゃんがすかさず立ち見の人たちを誘導する。今ヒロカちゃんは時折、俺の講義の助手のような動きをしてくれている。


「ふん、先生。早く講義をはじめい。わらわは待ちくたびれておるぞい」


 と、そこで最前列に陣取っていた見慣れた目隠し魔女っ娘ちゃんが、挙手して悪態をつく。

 うん、受講生が増えている要因、これだわ。


 アルネストに戻ってからというもの、ヴィヴィアンヌさんは俺の目立ちたくないという心情など一切慮ることなく「どれ、ユーキの講義から学ぶとするかの!」などとのたまい、一般受講生に交じって毎回俺の講義を受けているのだ。

 そりゃアマル・ア・マギカの高名な【大賢者】ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタ様が、どこぞのチュートリアラーの授業を熱心に受けているなんて知ったら、『どれなんぼのもんじゃい』と冒険者志望や魔法界隈の人材が集まってくるに決まっている。


 あーもう、だから俺は『ヴィヴィさんとの魔法研究は講義とは別で』って言ったんだ。『時間の無駄じゃ』の一言であっさり却下されたけど。あーやりにく。


「おい、あの若さで本当に『紋章』持ちだぜ……」

「やばいな……立ち姿だけでタダもんじゃないってわかる」

「俺、めっちゃ好みかも……!」

「…………」


 と、そこで受講生らの噂話が聞こえてくる。

 うん、もう一つ受講性が増えている要因、あったわ。

 史上最速で『勇者』と認められた、若き才能ヒロカ・エトノワ。絶対これですわ。


「はぁ……」

「?」


 俺がため息交じりに横目でちらりとヒロカちゃんの顔を見ると、彼女は『どうしたんですか?』と小首を傾げるだけだった。まったくカワイイなコノヤロー。こういうときこそ空気読めっつーんだボケー。


 あぁ、ご両人とも、ご自分の影響力に全然自覚がないようです。


「えー、では今日の講義をはじめます。じゃ、挨拶からはじめましょうかね。起立……礼。よろしくお願いします」


 果てしなくやりにくい空気の中、俺はいつものように挨拶からはじめた。

 そんじゃ、自分ができる精一杯で、がんばっていきましょうかね。



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