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第57話 悲しき王子

「「「GRRUUoooo!!」」」

「ど、どうして……人が、オークに!?」


 変わり果てた家臣たちの姿を見て、エデンダルト王子が嘆くような声を上げる。それを見たディルビリアが、妖艶に口元を歪めて嗤った。


「クフフ、良い顔をしていますわね、エデンダルト王子。さぁ、醜い彼らも元々はあなた方に忠誠を誓った家臣たちです。自らのその手で、その剣で! 彼らを殺すことができるかどうか、このワタクシに見せてみなさい!!」


 興奮したように叫び、()()()()()()()オークたちをけしかけるディルビリア氏。それが起爆剤となり、オークたちがこちらへ向けて一斉に襲い掛かって来た。なぜ彼女は、こんなにも混沌を呼び起こそうとするのか。


 理由は一切見当がつかないが、今は降りかかる火の粉を払うのが先決だ。俺は《スキル》によって一気に全身を強化し、戦闘態勢を取る。

 魔力の揺れで、隣のヒロカちゃんも同じようにしたのが感じ取れた。


「く、僕は彼らを……家臣たちを、殺したくない」

「エデン! だがこのままでは王が!」

「……く! どうしたら、僕は、どうしたらいいんだ!?」


 先頭切って突っ込んできたオークの一体を、セスナさんが懐から取り出した鞭で跳ね除ける。王子はただ剣を抜いただけで、戦う意思を決めかねている様子だ。

 一体目に続き、オークたちがどんどん突っ込んでくる。俺は背後のディランダル王のベッドを守るため、オークへの致命傷も避けながら、なんとか一体一体いなしていく。


「先生、皆さん! 耳を貸してもらっていいですか?」

「ああ!」


 俺と同じようにオークをいなしながら、ヒロカちゃんが早口に言った。


「家臣の皆さんをオークにしたのは、あのディルビリアって人のギフトです!」

「な……!? 人をオークにするギフト、ということか!?」

「はい! ギフト名は《授毒粘膜ポイズンベリー》。私が()()限り、あの人たちを元に戻す方法は――ありません」

「そ、そんな……!」


 話を聞いていたエデンダルト王子が、絶望したように肩を落とす。構えていた剣すら取り落とし、片膝をついてしまった。その周りでセスナさんが、必死に戦っている。


「エデン! キミはそれでいいのか!? 王を守ることもせず、ただ絶望に暮れるだけでいいのか!?」

「……セスナ、今の僕には、もう……」


 オークからの攻撃の隙を見て、エデンダルト王子へ声をかけるセスナさん。が、王子にその声は届かない。

 俺はヒロカちゃんと連携を取りつつ、なんとか王のベッドの防衛を続ける。


「先生、念のため共有なんですが……彼らをオークにする方法が、その……ちょっと、言いにくいんですけど……」


 彼らをオークにした方法? それがわかれば、きっと迎撃と反撃に役立つな。

 が、言い淀むヒロカちゃん。俺は足を動かしてオークへ攻撃を加えつつ、待つ。


「その……人をオークにするには、ね、粘膜と粘膜を……接触させる必要があるみたいなんです」

「粘膜? それって、どういう…………あ」


 何体目かのオークをサーベルでいなしてからぶん殴り、ベッドから突き放したタイミングで、気付く。

 粘膜と粘膜の接触――要するに、あの女宰相と何かしらの《《性的接触》》をするのが、ギフト発動の条件ということだ。


 と、いうことは。

 考えたくもないが、ここにいるオーク化した全員が、ディルビリアと性的な関係を持ったということになる。

 それはいわば、エデンダルト王子を裏切り、宰相側に付いたということに他ならない。


 馬鹿野郎どもが! ……王子はこんなにも、アンタらを慮って苦しんでるって言うのによぉ! 性欲に踊らされて、長年苦楽を共にした王子を裏切ってんじゃねーよッ!!


「こんの、ボケナス野郎!!」

「GRUUoooo!?」


 俺は怒りのあまり、オークの一体をぶち蹴ってしまった。


「今の話を聞いたか、エデン?」

「…………ああ」


 同じくヒロカちゃんの話を聞いていたセスナさんが、項垂れる王子へ向けて言葉を紡ぎはじめる。


「今の話で、私が予想していた以上に宰相側に下った者が多かった理由がわかった。フ……人間、その手の欲求には敵わないということなのかな」


 皮肉な笑みを浮かべて、セスナさんは独り言ちた。

 ……性欲が悪いなんて俺は思わない。でも、それよりももっと大切なものがあるとも思う。信頼や愛情、そして誠実。


 なのに、それらを踏みにじってまで、自分の欲求を優先する人は確かにいる。さらにそれに付け込み、場を翻弄して悦に浸るような人間もいた。

 そう、まさにディルビリアのような奴だ。……男なんて、自分の魅力の前では猿同然と見下し、自尊心を満たすためだけに他人を利用する、そんな女。


「エデン! 最早これは覚悟を決めるしかない。家臣だった彼らの尊厳を守り、かつ最後の手向けを渡すのに相応しいのは、キミだけだ!」

「しかし……」

「次代の王に相応しい器を、私に見せてみろ、エデンダルトッ!!」

「…………」


 セスナさんの裂帛の叫びに、王子は取り落とした剣を、ようやく握り直した。


「……わかった。王位を継ぐ者として、彼らの魂を救済する。――聖闘気セイントロア


 覚悟を決めたエデンダルト王子が、ギフト《聖闘気》を開放する。

 月明かりの比ではない明るさを放つそのオーラが、辺りを照らす。その光に、オークたちが怯む。


「ダイトラス王家の名の下に、皆を戦士として語り継ぐことを約束する。そして、皆を守り切ることができなかった未熟な僕を――許せ!」


 言って王子は、目にも止まらぬ速度で剣を振り抜いた。白い光をまとった剣が、オークの胴体を一刀両断した。


「……次ッ!」


 決心した王子は、聖闘気をまとったまま王の間を駆け抜ける。その表情はまるで、血の涙を流しているかのような鬼気迫ったものだった。


「ふん、ようやく腹を決めたようじゃの。ヌフフ、これでわらわも思う存分やれるのう」

「ヴィヴィアンヌさん!」


 今まで戦況を静観し続けていたヴィヴィアンヌさんが、ついに重い腰を上げた。身体に感じる魔力の揺れを見るに、どうやら時間をかけて魔力変換を行っていたようだ。


「いくぞ――ファイアヒュージボール!!」


 間髪入れず、大賢者の魔法が火を噴く。灼熱に焼かれるオークたち。

 俺とヒロカちゃんも、連携した斬撃でオークを打倒していく。


「おや、思ったよりも早く、家臣たちを屠る決断を下したようですね。もっと甘ちゃんで覚悟のないガキだと思っていましたが……曲がりなりにも王の器、ということでしょうかね。フフ」


 俺たちの反撃開始を見たディルビリアには、まだ余裕があった。

 そこへ、聖闘気をまとったままのエデンダルト王子が突進する。


「ディルビリアァァ! 覚悟ぉぉぉぉッ!!」


 が、彼女を守るように折り重なったオークたちにより、王子の剣はヤツに届かない。


「どけ、どいてくれ皆!!」

「あらあら、今にも泣いてしまいそうね、エデンダルト王子。ところで、余所見していてよろしいの?」

「な、なんだッ!?」

「ほら、あっち」


 挑発的に、余裕たっぷりでディルビリアはこちらを指さした。

 ……こちら? どういうことだ?


 と。


「ぐぉぉあッ!?」

「セスナ!」


 一瞬の間の後、セスナさんが突如として吹き飛ばされる。なんだ、いったい何が起こった!?

 状況を確認するため、周囲を見渡してみて、気付く。

 ベッドの上に、巨大な人影がある。

 まさか――ディランダル王が。


「ぬぅぅ……うぐ、ぅおああぁぁ…………WUOOOOoooooooo!!」

「ち、父上ェェッ!!」


 王は、一際大きい大鬼オーガとなって、天蓋を突き破り、咆哮した。



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