第54話 ダイトラス城潜入
「おぇ……おげげぇ」
「大丈夫ですか、先生? はい、我慢しないでー」
弾丸魔法車でかっ飛ばすこと数時間。ヴィヴィアンヌさんの珠玉の作品である魔法車は、本来ならば三日程度かかるダイトラス~マギカ国間の旅程を、文字通り弾丸のような速度で走破した。
すでに俺たちはダイトラス王国近辺におり、人目に付かない森に停車し車を降りていた。俺は案の定、ひどい乗り物酔いを起こして、出発前に食べたものを大自然へと返すこととなった。
あぁ、こうしていると自然の循環を感じるなぁ。
じゃなくて。
「あ、ありがとうヒロカちゃん……情けないところを見せてしまって、申し訳ない」
「いいんです。先生が私にしてくれたみたいに、私も先生の力になりたいんですから。他人に見せたくないところも、私には見せてくれていいんですよ?」
優しい言葉をかけてくれながら、俺の背中をさすってくれるヒロカちゃん。あぁ、この子は本当にイイ子だ。……が、待て。今そんなに優しくさすさすされるとまた吐き気が…………おえぇぇっぷ。
俺はまたも盛大にリバース。うぅ、教え子に吐いてるところ見られるというのは、なんともつらい。指導者としての威厳が地に落ちていく。ハナからそんなものない? うっさいわ!
「先生、お水です。さ、飲んでください」
「あ、ありがとう……」
差し出された水筒に口をつけ、喉を潤す。あーこりゃ生き返る。こういうときの水ってなんでこんなに美味いんだろう。ふぅ。おかげでようやく意識が冴えてきた。
「ユーキ殿、大丈夫か?」
「あ、王子。ええ、ヒロカちゃんのおかげで、だいぶ良くなりました」
そこで、背後からエデンダルト王子が声をかけてきた。
ヒロカちゃんも王子もそうだが、さっきまで同じようにグロッキーな感じだったのに、俺と違って回復が早い。なんでなの? これが若さ?
俺だってまだ身体は二十代前半(中身は還暦)なんだけどなぁ。
「くそ、無理させ過ぎたか。動かん」
まったく酔いもせずむしろ元気いっぱいで楽しんでいたヴィヴィアンヌさんは、一人魔法車を点検していたのだが、どうやら故障してしまったようだ。不貞腐れたように車体をポンと叩く。
聞いたところによると、火魔法を爆発させて推力を得ていたようだが、そのための魔力循環装置が破損してしまったらしい。さらにここでは修理もできないようだった。
まぁそりゃあんだけ乱暴に操縦したらそうなるよね……。
「まぁよい、ここからは歩いて向かう予定だったからの。皆、いくら深夜とは言え油断せず行くぞ。王子、では案内を頼む」
「ああ、任せてくれ」
俺たちは魔法車を隠した森から、王子を先頭にして歩き出した。まだ若干気分が悪いが、程よく涼しい夜風のおかげで紛れる。
「王子、ちなみにじゃが伝書バトの伝えるくん三号は、誰に飛ばしたのじゃ?」
「セスナという、僕が一番信頼できる者に向けて飛ばした。彼は常に二手、三手先を読んで僕をサポートしてくれる優秀な者。すでに受け入れ態勢も整っていることだろう」
背後からの問いかけに、エデンダルト王子が歩みを止めぬまま答えた。声音から察するに、そのセスナという人を深く信頼しているのがわかった。
「あ、皆さん! 見えてきましたよ」
そこでヒロカちゃんが、いの一番にダイトラスの城塞を見つけた。『空気を読む』ギフトには、どうやら夜目を利かせる力もあるらしい。
これに加え、今は任意の相手のギフトと、さらにその特性まで見抜けるのだ。無能と蔑まれて追放されたとか意味わからん。
「比較的人の少ない南西側の入口から入ると伝えてある。そこへ行こう」
王子の指示に従い、城壁を回り込むように移動する。
少し歩くと、正門に比べると明らかに小さい入口があった。あらかじめその存在を聞いていなければ、下手したら見逃してしまうような造りだ。おそらくは敵の目を欺くためのカモフラージュといった側面もあるのだろう。
エデンダルト王子を先頭に据えたまま、扉を開けて中に入る。最後尾の俺は、静かに扉を閉めた。入ってすぐに人気はなく、門番なども一切配置されていなかった。
「うむ、手筈通りのようじゃな」
「ああ。さすがセスナ――」
と、そこで。
目も眩むような明かりが、煌々と俺たちへ差し向けられた。この光量、高価な魔法照明だろうか?
「エデンダルト王子、さすがにお痛が過ぎますね」
光の中から、王子の名が呼ばれる。その声は馴れ馴れしくも、居丈高なニュアンスが含まれていた。目元に手を添え、眼を守りながらよく見てみると……銀髪を後ろに撫でつけ、一つに結んだ美丈夫が立っていた。
「セスナか!? これはいったいどういうことだ? 納得のいく説明をしろッ!!」
同じく人影を確認したらしい王子が、憤懣やるかたないといった声で叫ぶ。
「構うことはない、捕らえろ」
「「「はッ」」」
反して、冷静なままの銀髪男の声。指示に従い、衛兵らしき者たちが取り囲んでくる。王子の出方を窺わざるを得ない俺たちは、反抗の機を逸してしまい、為す術なく捕縛されることとなった。
「く、お前たち! 僕がエデンダルトだとわかっているのか!? やめろ、手荒な真似はよせ!! セスナ貴様ッ! 僕を裏切ったというのか!?」
「裏切る? それはさすがに失敬ですよ、エデンダルト王子。私はいつでもフラットで公平、かつ有利な立ち位置を心がけている、それだけです。時勢を読み、付くべき側に付いた。それのどこが裏切りか」
「屁理屈を抜け抜けと……! 許さん、絶対に許さんぞぉ、セスナァァッ!!」
「王子、あまり騒ぐと国民の迷惑になります、お静かに。まったく、時間帯を考えてください。よし、城へ連行しろ」
銀髪男の淀みない指示で、衛兵たちが俺たちを挟むように隊列を組む。そのまま、城の方面へ向けて歩き出す。
「曲がりなりにも現時点ではまだ王位継承者だ。他の者たちも含め、丁重に扱うように」
そうして俺たちは、ダイトラス城の牢獄へと囚われることとなってしまった。




