第53話 言うなれば弾丸ツアー
支度を終え、俺たちはマギカ国の入国門付近に再集合していた。ゲート前の広場には、ヴィヴィアンヌさんお手製の試作機『弾丸魔法車』が停まっている。
マギカ国の技術者らしき人達が、彼女から指示を受けつつ、車体の周りでなにやら作業をしている。聞いた話によると、元は二人乗りだったところを、無理矢理に席を増やして四人乗りに改造するらしい。
果たして、あれはいったいどんな乗り心地なのだろう。俺、乗り物酔いしやすいから正直心配です……。
「ユーキさん。どうかヴィヴィアンヌを、よろしくお願いします」
と、そこでいきなりアマルさんが頭を下げてきた。まずい、俺は一国の主に頭を下げさせていいような立派な人間ではないぞ!
「い、いえいえこちらこそ、ヴィヴィアンヌさんには色々とお世話になりっぱなしで」
そもそも彼女がいなかったら、こうしてマギカ国のサポートを受けることなどできなかったかもしれないし、旅程を短縮する方法もなかったかもしれないのだ。
「ふふ、緊張なさらないでください。ヴィヴィアンヌから『あなたの元で魔法を研究し直してくる』と聞きました。あの子が楽しそうにしていると、わたくしも自分の事のように嬉しくなります」
言いながら、本当に嬉しそうに微笑むアマルさん。その笑みには大人っぽさと可憐な幼さが混在していて、どんな相手に対しても好意的に受け取られる愛らしさがあった。マジで年齢不詳だなこの人。
「ヴィヴィアンヌはこれまで、あまり人を信用せずに生きてきました。信頼するなぞもっての外です。そんな彼女が、あなた方に興味を持ち、共に行動しようとしている……それを見るだけで、わたくしはあなた方を信じるに足ると思えるのです」
「そんな、恐れ多いですよ……」
実際のところ、俺がたまたま魔法で勝ったのと、ヒロカちゃんのギフトが興味の対象になったってだけだしな。
俺が魔法で勝ったのだって、ただみんなが気付いてなかったところをねちっこく考えて研究してたからってだけだ。
「ふふふ、あくまで謙遜なさるのですね。王子が話していた性格の通りです」
「はぁ……」
アマルさんとエデンダルト王子が二人で話すタイミングがあったので、おそらくその時に俺の話をしたのだろう。うーん、謙遜というか、ただ事実をありのまま受け取ってるだけというか。
「今回のことはある意味、マギカ国とダイトラス王国の今後の国交に深く関わることとなるでしょう。……言うなれば、わたくし共は、皆様方に賭けたと言えます。王子やユーキさん達が、今回のダイトラスでの内乱を丸く収め、また必ずやマギカへ来てくれることを、わたくしは願ってやみません」
「は、はい!」
アマルさんから伸ばされた手を、思わず握り返す。やば、すげー偉い人と勝手に握手しちゃった。
冷静に考えてみれば確かに、アマルさんの言う通りこれは一種の賭けなのかもしれない。
マギカ国としても王子を助けたということが後々になって知られれば、現宰相側に対しては敵対したということになる。もし宰相側が今回の争いで勝利するようなことがあれば、マギカ国としても具合が悪いだろう。
しかしだからこそ、アマルさんは王子を信じると決めた。彼がダイトラスの争いに決着をつけ、ゆくゆくはマギカ国と正常な友好関係を築いてくれると、そう信じたのだろう。
……俺はそこで、ヴィヴィアンヌさんと話をしている王子の横顔を眺めた。
実父の病状を憂い、さらに苦楽を共にした仲間を失い、それでも気丈に今成すべきことを成そうと前を向くエデンダルト王子。
そんな人を助けずして、俺はのうのうと生きていくことなどできない。
俺も俺なりに、王子の力になる覚悟を新たにした。
「エデンダルト、出発前にこれを使えい」
「なんなのだ、これは?」
王子とヴィヴィさんが、こちらに近付きながらなにやらやり取りをしていた。ヴィヴィさんの手には……鳩? あら、目がクリっとしててカワイイ。
「これはわらわの試作品、『ハイパー伝書バト:伝えるくん三号』じゃ。彼は魔力でスペックを強化された、つよつよな鳩。かなりの速度で飛べるうえ、目的地を間違えることもない。わらわに似て、超優秀な伝書バトなのじゃ」
俺の視線に応えて、色々と説明してくれるヴィヴィさん。
てかこの人、ネーミングセンスねぇ。
「さて王子。この伝えるくん三号を使い、おぬしが一番信頼し、かつ口が堅い者へと今の状況を伝え、ダイトラスに到着した瞬間に行動できるよう手筈を整えろ」
「……了解した。それならば、考えられるのは一人だけだ」
促され、王子が一筆したためはじめる。書き終えた紙をすぐさま折り畳み、伝えるくん三号の脚に結び付けた。
「よし、ほら行けぃ!」
「トゥルットゥー」
景気よく鳴いて、伝えるくん三号はすぐに飛び立っていった。ヴィヴィさんの言う通り、物凄い速さで飛んでいく。
「さぁて、わらわたちも行くとするかのう――ダイトラスの女狐退治になぁ!!」
ヴィヴィアンヌさんの宣戦布告を合図に、俺たちは弾丸魔法車に乗り込んだ。
いよいよ、作戦開始だ。
◇◇◇
「うぎぎぎぎぎぎぎ!?」
「ぐぅ……ッ!」
「きゃああああああああああ!?」
三者三様、それぞれの悲鳴が車内に木霊している。
今の状況を一言で表すなら――拷問。
「ヌハハハハハハ!! 予想以上のスピードじゃのう! さすがわらわの開発品、たまらなくイカレておるわい!!」
俺たちはヴィヴィさんの運転する弾丸魔法車に乗り込み、その加速と揺れに弄ばれながら、帰路を爆走していた。行きと違い、景色を楽しむ余裕なんて一切ない。というかもう外は魔法車の照明が照らす先以外は真っ暗闇である。誰か助けて。
アゲアゲな感じで叫びながら、ハンドルをぐいんぐいんと操っているヴィヴィアンヌさんのみ、なぜか上機嫌だ。馬鹿なのあの人?
「うぎぎ、ぎぎぎぎぃ……!?」
俺は即席で作られた簡素な席に身体を押し付けられたまま、呻く。
マギカ国を出たとき、すでに陽が落ちつつあったのだ、今はもう本来なら寝ていてもおかしくないような時間なのではないだろうか。うん、もうこのまま眠ってしまいたい。
「できれば日付が変わる前には到着したいところじゃな! 出力的にはまだ余裕がある……よぉし、もっと飛ばすぞ!! しっかり捕まっておれい!!」
「「「っ!?」」」
「ヌハハハ! このスピード感は癖になってしまいそうじゃ! 事が済んだら、もっともっとこいつを改良してやらねばのう!!」
ヴィヴィアンヌさんはそんなトチ狂ったことを言いながら、楽しそうに操縦を続けていた。俺は薄れゆく意識の中で、ヴィヴィアンヌさんの先生として、最初の仕事を心に決めた。
それは『これ以上危険な乗り物は作るな』と、厳しく指導することである。




