第51話 大賢者の凄み
アマル・ア・マギカの入国門の前で、俺とヒロカちゃんとエデンダルト王子は、ソワソワしながらヴィヴィアンヌさんの帰りを待っていた。
今ヴィヴィさんは、単独でマギカ国へ入り、関係各所と調整をしてくれている。彼女を信じて待つ以外に、今の俺たちにできることはなかった。
あぁ、一刻を争う事態の中でただ待つことしかできないというのは、なんとも気が休まらないもんだな。
落ち着かず、何度目かわからないストレッチをしようとした俺が首を傾げた途端――見上げるようなゲートの扉が、ゴゴゴ、と音を立てて動き出した。
「待たせたな。入って参れ」
中から、新しい目隠しと三角帽を装着したヴィヴィアンヌさんが、従者を引き連れやってきた。どうやら問題なく話はついたようだ。
彼女に促されるまま、俺たちはゲートを抜け、マギカ国内部へと足を踏み入れた。それと入れ替わるようにして、黒い装束を着た者たちが集団で出て行くのが見えた。
「ヴィヴィ、今のって……?」
「うむ……。王子、今の者たちがそなたの仲間の亡き骸を弔い、供養したうえで、ダイトラスへと移送してくれる手筈となっておる。ひとまず安心せい」
「……恩に着る。ヴィヴィアンヌ殿」
どうやら、彼らが騎士団の皆をしっかりと弔い、祖国へと送り届けてくれるようだった。
……王子の横顔に、安堵の色が滲んでいた。
「よし、ではこっちじゃ。ついて参れ」
言われ、俺たちはゲートへと向けていた視線を前へ戻す。
すると、そこに飛び込んできたのは。
「わぁ……」「なんと……」「すげ……」
圧倒的な、アマル・ア・マギカの街並みだった。それを端的に表現するなら――絵に描いたような魔法都市そのもの。
俺、ヒロカちゃん、王子の三人全員が、その景色に圧倒され、息を飲んだのがわかった。
街の中央にはオブジェのような魔法塔がそびえ、それを取り囲むように芸術作品のような建造物が所狭しと乱立している。建物の隙間を縫うように走る舗装路では魔法馬車のような乗り物が行き交い、もはやその様相は、俺が元いた日本の景色よりも未来の都市のようにすら感じられた。
「ねぇヴィヴィ、外からだとこんなにすごい街並みは見えなかったけど、なにか仕掛けがあるの?」
ヒロカちゃんが先を歩くヴィヴィアンヌさんに訊ねた。
「うむ、アマル・ア・マギカの国土――面積自体は見た目ほどないのじゃが、国のはじまりはギレレーシュ大瀑布にいくつかある渓谷地形を利用した街じゃ。谷であるが故、外界からでは視界に捉えにくいというのと、今は街の上辺、つまり天井となるような位置に、さらなる防壁として魔法障壁を張るようにしているのじゃ。それによって外界に対して、二重の防御網を張っている形となるわけじゃな」
「すごい……なんという技術力と魔法の運用法だろうか。発想力も並大抵では真似できぬものだな」
話を聞いたヒロカちゃんと王子が、感嘆の声を漏らした。かく言う俺も、言葉にならないほど感動している。まるでゲームの世界ですよこれ……!
「ふん、ほぼすべてこのわらわが考案した技術じゃ。まぁ、まだ魔法障壁は自動化できておらぬので人力なのじゃがな。人件費がかかってたまらんとアマルも嘆いておった。さらなる魔法機械の発展が、今のわらわに課せられた使命と言えよう」
得意げに、その薄い胸を張るヴィヴィさん。それにしてもこの街並みには、他者を圧倒する超越感のようなものがあった。そりゃ列強国が簡単に手を出せなくなるわけだ。見ただけでも兵が戦意喪失してしまうことだろう。
「あまり悠長にしている時間はない。アマルに話を通して、王宮の会議室を使えるように手配した。そこへ行くぞ」
俺たちの感動を意に介さず、ヴィヴィアンヌさんは歩みを早めた。
◇◇◇
「お待ちしておりました。皆様」
会議室へと進んだ俺たちを待っていたのは、魔法先進国アマル・ア・マギカの頂点――アマル・エル・ウィランドその人だった。長い純白の髪を一つに束ね、高貴な白いローブのようなものを纏っている。身体中から発散される神秘性は、まるで後光が差しているかのようにすら感じられた。
……ヴィヴィアンヌさんと魔法で競った人、と言う風に事前に聞いていたので、どんな無法者かと思っていたんだけど。
完全に彼女とは正反対の、まとも極まりないお方だ。
「お初にお目にかかります、アマル・エル・ウィランド殿。僕はダイトラス王国第二王子、エデンダルト・ダイトラスと申します」
「ええ、ヴィヴィアンヌに聞いています。かしこまらなくて結構ですよ、王子。うちのヴィヴィアンヌがあらぬ粗相をしてしまったようで、大変申し訳ございませんでした」
握手を交わした後、軽い会釈をし合う超絶VIP二人。こんな首脳会談みたいな場所に、なんで俺ってば同席してるんだろう? ここに来て大いなる違和感が湧いてきたぞ。
「くぅぉらアマルッ! 貴様また上から目線でわらわを舐め腐ったような態度を取りおって! 今すぐここで魔法でバトっても良いのじゃぞ、おぉん?」
「ウフフ、もうヴィヴィアンヌったら。いつも言っているじゃない、わたくし、そんなつもりはないのよ」
「クソが、いい子ぶってスカしおって! この女狐めがッ!!」
ヴィヴィアンヌさんの悪態に対しアマルさんは上品に笑ったが、あまり目は笑っていなかった。うん、たぶんこの人も絶対怒らせない方がいいタイプの人だ。俺にはわかる。
「アマル王、大切な仲間の亡き骸を丁重に葬ってくださり、本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「いいのです。いくら魔法や技術が栄えようとも、人心を慮ることができなければ、我々は滅びるだけですから。人間として当然のことをしたまでです」
深く頭を下げた王子に対して、アマル王は柔らかい微笑みを返した。
「よし、挨拶はこのぐらいにして、さっそくじゃが女宰相とやらを叩く作戦を共有するぞ」
ヴィヴィアンヌさんが空気を変えるようにして、一度手を叩いた。そして、皆に声が届くようにと室内を歩き出す。
「今回の反攻作戦は、とにかく時間がカギじゃ。そなたらダイトラスの特使団は、全日程として九日程度の予定だと言っていたな?」
「ああ、その通りだ」
「ということは、じゃ。おそらく連中は、あと数日は戻ってくることはないと考えていることじゃろう。もしかしたら、王子は爆弾ですでに死んだと思い込み、今頃祝杯でも上げているかもしれん」
「その隙を突く、ということだね!」
「うむ、その通りじゃ」
ヴィヴィさんの話の流れを読み、ヒロカちゃんが作戦の肝を伝えてくれる。
「念のためですが、情報撹乱のため、急ぎマギカ国側から間者を送り込んでおきました。『エデンダルト王子消息不明。かつマギカ国との会談も失敗に終わった』という風に、偽情報を流布するよう指示してあります」
「さすがアマルじゃ。仕事が早いのう」
そこでヴィヴィさんとアマルさんが、視線を交差してから微笑み合った。うん、二人はきっとこうして戦場を戦い抜いてきたのだろう。
「で、ここで一番肝心なのはダイトラスまでの帰路をどう短縮するか、となってくるが……わらわのとっておきの秘密兵器を、そなたらに貸し出そうと思う。開けぃ!」
ヴィヴィアンヌさんの叫びに反応して、会議室の壁面が左右に大きく開いた。その先の空間には、一台の流線形のフォルムをした乗り物が置かれていた。
ぱっと見の印象はまるで――F1カーだ。
「これが、極限まで速度を出すためにわらわが試作した乗り物じゃ。名付けて――弾丸魔法車じゃ」
「「「弾丸……魔法車?」」」
俺、ヒロカちゃん、王子の驚きの声が重なった。
「先に言っておくが、乗り心地を一切無視した超絶のジャジャ馬じゃ。――心しておけい」
息を飲む俺たちを見て、ヴィヴィアンヌさんは凄惨に笑った。




