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第50話 反撃の狼煙

「急ぎダイトラスに、戻らなければ!」


 事態に気付いた王子は目に見えて慌てふためき、あろうことか魔法馬車で来た道を、徒歩で戻ると言い出した。


「王子、いくらなんでもそれは無謀です! いくら一刻を争うとは言え、他の方法を考えましょう!」

「止めてくれるな、ユーキ殿! 僕はダイトラスの王位を継承する者として、断じてあの女の横暴を許すわけにはいかないッ!!」

「でもまだ、確証はないわけですし! そんな状況で立場のある人を糾弾すれば、逆に罪に問われるのは王子の方です!!」

「では僕はどうすればいいのだ!? ここで仲間の亡き骸を抱き、ただ途方に暮れていろとでも言うのかッ!?」


 エデンダルト王子は感情的になり、またも冷静さを失っている。


「くそ、なぜヤツが父上に取り入って行くのを阻止できなかったのだ……何度かヤツを排斥するチャンスはあったと言うのに……不甲斐ないッ!!」

「王子……」


 王子は自らの頭を乱暴にかき乱し、怒りの捌け口を探している様子だ。


「僕には、ヤツこそが今回の犯人だという確信がある。……前に一度、ディルビリアの経歴を部下に調べさせたことがあった。上がってきた報告書には、ダイトラスにて入閣する数年前、アマル・ア・マギカで布教活動を行っていたとあった。ディルビリアは元々、教会勢力【樹教じゅきょう】から取り立てられた経緯があり、史上初の女性司祭として樹教内で一目置かれていた存在だったのだ」

「ふむ……その布教活動の際に、魔力爆弾の技術を盗用することも可能、ということか。そう考えれば辻褄は合う訳じゃな」

「しかもそれって、よく考えたらマギカ国の技術を使うことで、マギカ国に対するダイトラス側の心象を悪くすることにも繋がりますよね? そうやって戦争へと焚き付けようとした、とも考えられますよね」


 皆が語るディルビリア・ビスチェルとやらの狙いに、俺は背筋がうすら寒くなった。


「彼女を入閣させたことで、ダイトラスは教会勢力とのパワーバランスを大きく改善させた。それまで樹教とは政治的敵対を余儀なくされていた側面もあり、血生臭い小競り合いが頻発していた。が、ヤツの入閣以降は均衡が取れ、共存路線を取ることができるようになった。その功績は国家として大きいと言わざるを得ず、ディルビリアは父上の寵愛を受けるようになり、瞬く間に宰相にまで上り詰めていくこととなったが……」

「権力を手にして以降、徐々におかしくなってきていた、ということですか?」

「ああ。宰相という立場に就いて以後、税の引き上げや奴隷政策復古へ向けた法案改正など、明らかに国民の意思を無視した動きが頻発していた。ヒロカ殿を一方的に呼び寄せた『勇者召喚』に関しても、ディルビリアの強硬意見が発端だ」


 エデンダルト王子が語るディルビリアの経歴と悪行の数々に、俺は前世の職場を思い出していた。

 小難しい政治のことは俺にはほとんどわからないが、上が腐っていると職場が地獄と化すブラック企業の構造に似ている気がした。なんとしても、全部が腐り果てる前に対処しなければならない。


「ダイトラスの状況はよくわかった。エデンダルト王子よ」


 そこでヴィヴィアンヌさんが、はじめて王子をきちんと呼んだ。


「今回のことに関しては、わらわもムカついておるのじゃ。わらわの大傑作、魔法馬車を二台も粉微塵にされておるのじゃからな。その悪知恵ばかりで地頭の悪そうな女がどんな者かはどうでもいいが、なんにせよいい度胸をしておるようじゃ。……なにせこの大賢者であるわらわに、喧嘩を売ったということなのじゃからな」

「ヴィヴィアンヌ殿……」

「ヌハハハ……彼奴きゃつも馬車と同じく、わらわの魔法で粉微塵になる覚悟は、できておるのじゃろうてなぁ。楽しみじゃ、わらわを舐め腐ったクソ女に、お灸を据えてやるのがな」


 高らかに宣言し、凄惨に笑うヴィヴィアンヌさん。あ、これマジで怒ってるやつですね。マジでやべぇと思います。


「態勢を整えるためにも、一度マギカに入国するぞ。マギカ国と調整を終え、万全の準備を整えてからダイトラスへ行く。そんでもってそのクソ女、ぶっ潰す」


 血気盛んな表情で、拳を自らの掌に打ち付けるヴィヴィさん。

 うおお、なんだか周辺の魔元素が踊っているような気すらする!

 

「でもヴィヴィ、私たちが入って大丈夫かな?」


 と、そこでヒロカちゃんが心配そうに聞いた。確かに、マギカ国から見れば俺たちは、爆発騒ぎの当事者だ。もしかしたら疑われて拘束されてしまう可能性もある。


「まったく問題ない。わらわを誰だと思っておる? 正直政治にはなんの興味もないしどうでもいいが、わらわを怒らせたクソバカを叩き潰すためならば、国でもなんでも動かしてみせようぞ」


 口角を上げたまま、ヴィヴィアンヌさんは言い切った。


「王アマルをはじめ、マギカ国の上層部はわらわの威信にかけて黙らせる。ディルビリアとか言う女は、魔法馬車に爆弾を仕掛けることで勝ったつもりだったんだろうが……ふん、甘いな。馬車で来たことでわらわがそなたらと出会うことになったわけじゃ。その失敗を、地獄で悔い改めさせてやる」

「えーっと、ヴィヴィ。あともう一つだけ」

「ん、なんじゃ?」


 と、そこで若干言いにくそうにヒロカちゃんが手を上げた。


「ユーキ先生の魔法ライセンス、発行できる?」

「いやヒロカちゃん、今はそんなこと――」

「なんじゃ、そんなことか。わらわに任せい」


 止めようとした俺に先んじて、ヴィヴィアンヌさんが頼もしく言い切った。


「ライセンスなんぞ、わらわの権限でどうとでもなる。このわらわの先生が魔法を使えないのでは、格好がつかんしのう」

「ありがとう、ヴィヴィ! さすが、私の自慢の後輩っ!!」

「よ、よせい暑苦しい! 乳圧で苦しいッ!!」


 抱きついてきたヒロカちゃんを、小さな手でぐいぐいと押し退けようとするヴィヴィさん。二人のやり取りが、束の間緊張をほぐしてくれる。


「では、一先ず行くとしよう――マギカ国へ」


 王子の合図で、俺たちは入国門ゲートへの道を歩き出した。



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