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第46話 大賢者ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタ

「貴様に、わらわの――大賢者ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタ様の、先生になる権利をやろうぞ!」

「「…………はい?」」


 生まれてはじめて、わらわは魔法で他者に屈した。

 悔しさと恥ずかしさと憎悪の濁流が、わらわの心をかき乱した。


 ……が、その後わらわの心の中に生まれた感情は、至極シンプルなものだった。

 学びたい。知りたい。突き止めたい。

 ただ一言で表すなら、それはまさに知的好奇心。


 わらわは生まれた時から、常に魔力の()が見えていた。

 光の筋のように見えるそれは、いつも眩しいぐらいにわらわの視界を埋め尽くし、世界を彩っていた。


 幼少の頃は、そんな自分に少しの戸惑いもあった。わらわと違い、他人にはあの美しい光の濁流は、見えていないのだと知ったから。

 他の者たちとわらわは、違う。そう気づいたとき、わらわは自分が選ばれし人間なのだと自覚した。


 わらわはその光の筋――魔力に魅入られ、昼夜問わず様々な書物を読み漁り、魔力や魔法の研究に没頭するようになった。下級貴族の出身だったこともあり、書庫の充実や家庭教師といった環境面に一切事欠くことはなかった。

 わらわ自身、物心がついたときにはすでに息を吐くように魔法を使えたし、赤ん坊が言葉を覚えるかの如く、みるみる上達していった。


 そうして、十代中盤になる頃には、魔法研究における一角の人材として、世間に認知されるようになっていた。わらわは鼻高々で、地域で自分の噂を聞き及ぶたび、言いようのない優越感に浸っていた。


 しかし、それがまずかった。


 わらわの噂が教会の耳に入り、ヤツらはわらわを異端として磔にしようと動き出したのだ。地方の下級貴族であるわらわの家に、世界樹を盲目的に信奉し、世界樹のように世界各地に根を張っている教会組織に盾突くような地盤もコネも力も、ある訳がない。


 保身に走った両親により、わらわは教会側へ差し出され、ただただ牢屋の中で死を待つこととなった。冷たく湿っぽい牢獄の中で、わらわは人間を呪った。

 両親を含めた周囲の人間の無能さ、思考停止、そしてくだらない慣習や馴れ合いのために自ら進化を止める人類を、わらわは心底から憎み、恨んだ。その時からだ、わらわがほとんどの人間に価値を見出せなくなったのは。


 だがそんな状況の中でも、光り輝く魔力の帯だけは、常にわらわを慈しむように寄り添い、側にいてくれた。


 そしてわらわは、運よく生き延びることができた。全世界を巻き込むような戦争が起こったおかげだった。

 人生とは、かくも皮肉なものだ。人々が忌み嫌う戦争が、わらわの命を繋いだのだから。


 混乱に陥った国の牢獄から這い出て、わらわは名を捨てて傭兵となり、戦場に出た。天性の【魔法系ギフト持ち】以外では、ほぼ魔法を使うことができない時代の戦いだ。戦場においてわらわ以上に魔法の扱いに精通した者はおらず、たちまちわらわの名は各地に轟くこととなった。


 そんな折、共に傭兵部隊で戦った者の中に、新たに国を興そうという野望を抱く者がいた。その者こそ、アマル・ア・マギカの初代国王であり現王、アマル・エル・ウィランドであった。

 わらわはアマルと共に、魔法の強さを競い合いながら、幾多の戦場を駆け抜けた。最強の魔法使いであるわらわたちが死の恐怖を感じることなど、微塵もなかった。


 ……いや、一度だけあった。辺境の、今で言うアルネスト辺りの戦場で、全身から刃を突き出して大暴れする巨女と対峙したときだ。火で全身を焼こうが、暴風で地面ごと切り裂こうが、ヤツは目を血走らせて一心不乱にこちらを滅殺しようと進撃してきた。あのときはさすがに恐ろしくなり、後方に移動し、威力減衰覚悟で遠距離魔法で牽制する作戦を取ったのだった。


 しかし、それ以外の戦場においてはわらわたちは連戦連勝。そうするうちに、わらわと同じように教会勢力によって虐げられた魔法を扱える者や、純粋に環境を変えて人生をやり直したいと考える者などが、わらわたちを慕い、帯同するようになっていった。


 その一団こそが、今のアマル・ア・マギカの母体となった集団だ。


 わらわたちは各自の魔法への知見を活かし、生活の様々な面で魔法を利用しようと考えた。それが功を奏し、ギレレーシュ大瀑布周辺という辺鄙な場所に成立した我が国家は、瞬く間に大きくなっていった。

 なにより、わらわとアマルが率いる強力な魔法部隊の強さに、諸外国は恐れおののき、簡単に手出しをできなくなっていたのだった。


 そうした激動を乗り越え、アマル・ア・マギカは今現在の形を成した。今では一つの列強として、世界に名だたる国家となっている。


 そう、この二十年そこいらで世界を席巻するまでとなった魔法先進国、その頂点に、魔法の力によって君臨している者こそわらわ――ヴィヴィアンヌ・ライヴィエッタなのである。今では教会関係者すら掌を返し、頭を垂れてわらわを【大賢者】として崇め奉っているほどなのじゃ。


 なのに……それなのに、じゃ。

 わらわはどこぞのボンクラ男に、魔法で敗北を喫した。

 考えられぬ……考えられぬのじゃ!!


「しがないチュートリアラーですが」


 貴様は何者なのじゃ、と訊ねたわらわに対して、その男はなんの感慨もなさそうに平然と答えた。この大賢者ヴィヴィアンヌ様が認め、問いかけているのにも関わらず、後頭部をポリポリと掻きながらテキトーに、じゃッ!! なんたる不服、傲慢であるかッ!!


 ……が、そんなことよりも、わらわ自身の中にどうしようもなく、抗い難い大きな感情が巻き起こってしまった。

 わらわは魔法を愛する一人の人間として、これを認めないわけにはいかなかった。


 学びたい、知りたい、突き止めたいッ!!

 そう、何度でも叫ぼう。


 狂おしいほどの――知的好奇心。


 身の内の怒りや嫉妬、敗北感といった感情にいつまでも付き合うほど、わらわは愚かな人間ではない。そこに身を浸し悦に入る思考停止人類などと、同じ目線で生きるつもりはない。


 常に状況は変化し、時は前へと進む。


 であればこそ。

 切り替えて今成すべきことをするのが、選ばれし人間の特権であり義務なのだ。


 自らの魂の叫びに従い、わらわは()()()()()()()()()()()()に言ってやった。


「さぁ、ユーキ・ブラックロックとやら。話してもらうぞ――わらわの魔法を破壊した、あの()()の仕組みとやらを」


 またも男は、後頭部をポリポリと掻いた。

 あの間抜け面を、わらわは一生忘れないだろう。



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